主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

部屋の隅で、宮廷魔道士が制御装置の準備を進める不穏な金属音が響いている。
黄金の杖を握りしめ、前を向くルミの横顔を見つめながら、アルフレッドの脳裏には、数カ月前の「ある日の記憶」が鮮烈に蘇っていた。

​(……君は本当に、その少年のためなら、どこまでも己を削る男だね、アルヴィーノ)

​あの日も、王宮は今の拠点さながらに凍りついていた。
あの作戦の日、ルミは自分の命を投げ出すようにしてアルヴィーノを庇い、生死の境を彷徨ったのだ。
そうして一命を取り留めたあの日、過労で倒れ数日眠り続けたアルヴィーノは廊下の暗がりに、一人で立ち尽くしていた。
いつもなら傲慢に不敵な笑みを浮かべているはずのアルヴィーノが、その時は、己の両手を凝視したまま、見たこともないほど激しく絶望に震えていたのだ。

『アルヴィーノ? こんなところでどうしたんだ? まだ君も本調子じゃないだろう?』
​『……兄上。私は、“慈悲なき軍師”などとおだてられ、世界を滅ぼすほどの魔法を持っていながら……私を庇って死にかけているあの子を、何一つ、自分の手で救うことができなかった』

​アルヴィーノの絞り出すような声は、血を吐くように昏かった。
彼の持つ魔法は、重力、雷霆、業火――すべてが敵を蹂躙し、破壊し、傷つけるための「攻撃系」のみ。
禁術である極大魔法ですら攻撃系しか取得していない。
命を繋ぎ止め、癒やすための術を、彼は何一つ持ち合わせていなかったのだ。
自分を庇ってくれたルミがまたいつ、自分の届かないところで傷つき、死の淵に立たされるか分からない。
その時に、また自分はただ見ていることしかできないのか。
その無力感が、傲慢な彼のプライドをずたずたに引き裂いていた。
​だからこそ、アルヴィーノは行動を起こした。

​数日後、アルフレッドの執務室の扉を叩いたアルヴィーノは、信じられないことに、その美しい頭を兄の前に深く垂れたのだ。
​絶対に頼りたくないと全身のオーラが拒絶しているにもかかわらず、アルヴィーノはプライドを全て投げ捨てて言った。

​『……兄上。私に、貴方の得意とする「治癒魔法」、そして「蘇生魔法」の術理を教えなさい』

​アルフレッドは医官たちには及ばないものの、生命の魔力循環や治癒系統の魔術に深く長けていた。
アルヴィーノのその必死な狂気をも孕んだ眼差しを見て、アルフレッドは驚きつつも、治癒魔法の基礎を教えることを承諾した。
​だが、問題はもう一つの方だった。

​『アルヴィーノ。治癒魔法はある程度教えられる。だが……「蘇生魔法」だけは絶対に駄目だ。あれは世界の理を捻じ曲げる禁術だ。何十人もの高位魔導士が儀式を組み、命を分け合って初めて発動するものであって、一人の人間が、個人の魔力だけで扱っていい代物ではない。魂が汚染され、最悪の場合は術者自身が崩壊する。絶対に手を出すな』

​それは、兄としての、長けた魔導士としての真摯な忠告だった。
アルヴィーノはその忠告を、表情を一切変えずに静かに聞いていた。
​――だが、彼は諦める男ではなかった。

​『一人で使えないのなら、使えるだけの魔力値へ、己の回路を強制的に拡張すれば済む話です』

​それからのアルヴィーノの努力は、まさに「血の滲むような」という言葉が生温いほどの地獄だった。
宮廷の禁書庫に引きこもり、古今東西の禁忌の魔術書を漁り尽くす。
それだけでは足りず、夜な夜な自身の魔術回路をあえて暴走させ、死の一歩手前まで酷使しては、強引に回路の容積を広げるという、常軌を逸した自傷行為に近い特訓を繰り返した。
全身の毛穴から血を噴き出し、魔力酔いで幾度も嘔吐しながらも、彼の紫の瞳から執念の光が消えることはなかった。
​すべては、自分を庇って消えかけた「ルミの命」を、二度と手放さないためだけに。
​そうして彼は、歴史上誰も成し得なかった「単独での無詠唱・蘇生魔法」という、神の領域の禁術を文字通り血反吐を吐いて掴み取ったのだ。

​(……あの日のお前と同じ目を、今、このルミくんがしているよ、アルヴィーノ)

​過去の回想から意識を戻したアルフレッドは、黄金の杖を握りしめ、銀色の制御装置の前に立つルミを見つめる。
​お前が命を削って掴み取った蘇生魔法の代償を、今度はその少年が、命をかけて支払おうとしている。
あまりにも残酷で、けれどこれ以上ないほどに美しく閉じた、二人だけの狂おしい愛の因果。

​「……準備が整いました、殿下。……ルミ殿、こちらへ」

​魔道士の重い声が響く。
ルミは小さく頷くと、アルヴィーノの眠るベッドの横に設置された、鈍い光を放つ制御装置へと、迷いのない足取りで歩み寄るのだった。
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