主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

​「俺がやる。だから、その装置を、俺につけて!」

​小さな身体から放たれた、あまりにも毅然としたルミの言葉に、老魔道士は困惑したようにアルフレッドへと視線を向けた。
だが、第一王子はただ厳しい表情のまま、ルミの真っ直ぐな水色の瞳を見つめ返している。
​魔道士は小さく咳払いをすると、手に持っていた古びた羊皮紙を広げ、ルミに向かって説明を始めた。

​「……では説明いたします。この魔力同調型制御装置『アニマ・ウェセル』は、装着者の魔術核に直接不可逆的な擬似回路を接続し、外部魔力をバイパスとして機能させるものでしてな。供給側の魔力出力を一定のパルスに固定せねば、アルヴィーノ殿下の強大すぎる負の魔力圧に逆流を許し、精神崩壊を招く恐れがあります。さらに、接続時の初期拒絶反応による神経痛は精神的負荷が非常に高く――」

​難しい専門用語が、次から次へと魔道士の口から飛び出してくる。
ルミは黄金の杖を握りしめたまま、必死に話を聞こうと耳を傾けていたが、その表情は次第に曇っていった。
拒絶反応、不可逆的、パルス……。
何を言っているのか、そのほとんどの言葉を、ルミの幼い知識では理解することができなかった。

​「……あの、ごめんなさい。俺、むずかしい言葉は、よくわかんなくて……」

​不安そうに眉を下げて俯きかけるルミの前に、静かに、影が落ちた。
アルフレッドが、ルミの目線に合わせるようにして、その場にゆっくりと片膝をついたのだ。
その端正な顔には、先ほどまでの冷徹な政治家の仮面はなく、ただ不器用で優しい「お兄様」の表情があった。
​アルフレッドはルミの小さな、少し冷たくなった手をそっと包み込む。

​「難しい話をしてすまないね、ルミくん。私がわかりやすく説明するよ」

​その穏やかな声に、ルミは弾かれたように顔を上げた。

​「あの魔道士が言いたいのはね、その機械をつけると、ルミくんに信じられないくらいの『痛いこと』と『苦しいこと』が襲いかかる、ということだ」

​アルフレッドはルミの水色の瞳を真っ直ぐに見つめ、一文字一文字を噛み砕くように、けれど決して嘘はつかずに語りかけた。

​「その装置を身体につける時、胸の奥が焼けるように熱くなって、もの凄く痛む。それに、ただ魔力を送ればいいわけじゃないんだ。アルヴィーノに魔力をあげる間、ルミくんは自分の魔力をずうっと、同じ強さで、一滴ずつ丁寧に動かし続けなきゃいけない。少しでも集中が切れたら、逆にアルヴィーノの黒い魔力にルミくんの心が飲み込まれてしまう。……並の大人でさえ、痛みに耐えかねて途中で音を上げて、狂ってしまうほど大変なことなんだよ」

​ルミの小さな肩が、ビクッと微かに震えた。
痛いこと、苦しいこと。
それは監禁されていたあの数日間の地獄を思い出させて、本能的な恐怖を呼び起こす。

​「今のルミくんの身体には、あまりにも重すぎる負担だ。……最悪の場合、君の命がなくなるかもしれない。それでも……本当に、やるかい?」

​アルフレッドの手が、微かに震えていた。
弟のやらかしのせいで国が滅び、そのツケが今、目の前の小さな少年に向かおうとしている。
王族としてではなく、一人の兄として、ルミにここまでの犠牲を強いるのは、アルフレッドの心が痛んで仕方がなかった。
​だが、ルミは震える唇をぎゅっと噛み締めると、一度だけ深く呼吸をした。
そして、自分の胸ポケットに手を伸ばす。
そこには、アルヴィーノが部屋を空ける前に「お守り」として置いていってくれた、深い紫色の魔石のブローチがあった。

​「……こわい、よ。痛いのも、苦しいのも、本当はすごくこわい」

​ルミはブローチを愛おしげに握りしめ、それから、ベッドで静かに眠るアルヴィーノを見た。

​「でも、王子様が起きない方が、もっとこわい。……王子様は、俺が声をなくして泣いてた時、ずっと手を握っててくれたの。世界が全部敵になっても、俺を守るって言ってくれたの。……だから、俺、がんばる。大人の人たちがみんなダメなら、俺が王子様を守る。絶対に、連れて帰ってくる。……だから、アルフレッド様、俺を信じて」

​水色の瞳に宿る決意の光は、アルフレッドの心配をすべて吹き飛ばすほどに、気高く、美しく輝いていた。
ルミの覚悟が、もう誰にも止められない本物であることを、アルフレッドは深く理解した。
​アルフレッドはゆっくりと立ち上がり、深く息を吐くと、隣に控える魔道士へと向き直った。その目は、すでに迷いを捨てた統治者の目だった。

​「――魔道士。これ以上の問答は不要だ。直ちにその制御装置を装着する準備を始めなさい。不足している医療魔導具や触媒があれば、私の名で宝物庫からすべて解禁する」
​「は、殿下……御意に」

​魔道士が厳かに頭を下げ、部屋の隅で禍々しくも精緻な銀色の装置を展開し始める。
ルミはもう一度、ごしごしと目元を袖で拭い、黄金の杖を固く握り直した。大好きな人を暗闇の底から引きずり上げるための、命がけの戦いが始まろうとしていた。
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