主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
アルヴィーノが軍議のために部屋を空けてから、数時間が経とうとしていた。
いつもなら、彼がいない時間は静かで少し寂しいはずなのに、今日のルミは別の意味で落ち着かなかった。
昨日の今日で、頭の中は「あるヴぃーの」という響きでいっぱいになっている。
(……いつまでも、あんな風に恥ずかしがってたら、王子様困っちゃうよな)
ルミはベッドの上に体育座りをし、自分の膝に顔を埋めた。
二人きりの時だけでいいから、名前で呼んでほしいと言われた。
あんなに嬉しそうに微笑む彼を見たのは初めてだったから、俺だって本当は、もっと自然に、たくさんその名前を呼びたい。
ルミは部屋に誰もいないことを確認すると、小さく息を吸い込み、壁に向かってぽつりと呟いた。
「……あるヴぃーの、さま」
口にした瞬間、心臓がトクンと跳ねる。
やっぱり、ものすごく恥ずかしい。
「あるヴぃーの様……。アルヴィーノ様。……アルヴィーノさま」
ルミは顔を真っ赤にしながら、何度も、何度も、その大切な名前を繰り返した。
少しずつ、その響きを自分の唇に馴染ませるように。
イントネーションを変えてみたり、声の大きさを変えてみたり。
まるで、覚えたての魔法の呪文を唱えるように、一生懸命に練習を重ねていく。
「あるヴぃーの様、おかえり。……うん、これなら言えるかも。アルヴィーノ様、俺ね――」
「はい、ただいま戻りましたよ、ルミ」
「ひゃいっ!?」
突如、背後から聞こえてきた極上の低音に、ルミは文字通り跳び上がった。
振り返ると、そこには軍議を終えたばかりのアルヴィーノが、外套を脱ぎながら立っていた。
その端正な顔には、隠しきれないほどの愛おしさと、すべてを察したような極上の微笑みが浮かんでいる。
「お、お、王子様!? いつからそこに……っ」
「『アルヴィーノ様、俺ね――』の少し前くらいからでしょうか。扉を開けたら、とても愛らしい小鳥が私の名前を囀 っていたので、つい聞き入ってしまいました」
「あーーーーーっ!! 聞いてたの!?」
ルミはパニックになり、顔から火が出そうなほど真っ赤になった。
誰もいないと思って、あんなに何回も名前を連呼していたなんて、恥ずかし死んでしまう。
アルヴィーノはそんなルミにゆっくりと近づき、ベッドの縁に腰をかけると、そっと顔を覗き込んだ。
「そんなに私の名前を練習してくれていたのですか? 嬉しいですね。……さあ、せっかくですから、今の成果を私の目の前で披露してください」
「む、無理! 絶対無理!!」
ルミは枕を抱きしめて顔を隠そうとしたが、アルヴィーノに優しくその手首を掴まれ、逃げ道を塞がれてしまう。
至近距離で見つめるアルヴィーノの瞳は、ルミの言葉を今か今かと待ち望んでいた。
「……おねがいです、ルミ。貴方の声で、もう一度」
ずるい。
そんな風に優しく、切なげにねだられたら、拒めるはずがない。
ルミはぎゅっと目を瞑り、心臓の爆音に耐えながら、練習の成果を振り絞るようにして口を開いた。
「っ……あ、あるびゅ、……あるび、――ある、ヴぃーの、にゃ、様っ……あぅ!」
完全に噛んだ。
よりによって、一番大事なところで舌がもつれ、最後は謎の鳴き声のようになってしまった。
「…………っ」
ルミはあまりの恥ずかしさに、涙目で頭を抱えてベッドに突っ伏した。
「もうやだ! 噛んだ! 俺のばか! もう絶対名前なんて呼ばないーーーっ!!」
ごろんごろんとベッドの上でのたうち回るルミ。
そんな彼を見下ろすアルヴィーノはというと――あまりの愛らしさに胸を撃ち抜かれ、片手で額を押さえて完全に固まっていた。
彼の脳内では、今の一瞬の出来事がスローモーションで無限再生されている。
「……ルミ」
アルヴィーノは突っ伏しているルミの身体を、後ろから包み込むように強く、強く抱きしめた。
「っ、王子様、苦しい……!」
「ダメです、離しません。……今のは反則です。噛んでしまった貴方も、恥ずかしがっている貴方も、愛おしすぎてどうにかなってしまいそうだ。……もう一度、もう一度だけ、今の可愛い鳴き声を私に聞かせてください」
「鳴き声って言わないでーっ! 離して、アルヴィーノ様のばかぁっ!!」
「あぁ、今度は綺麗に言えましたね」
「~~~っ!!」
軍議の疲れなど一瞬で吹き飛んだアルヴィーノと、恥ずかしさの限界を迎えて彼をポカポカと叩くルミ。
誰もいない部屋の中で、昨日よりもさらに糖度の増した、騒がしくも甘い時間が流れていくのだった。
いつもなら、彼がいない時間は静かで少し寂しいはずなのに、今日のルミは別の意味で落ち着かなかった。
昨日の今日で、頭の中は「あるヴぃーの」という響きでいっぱいになっている。
(……いつまでも、あんな風に恥ずかしがってたら、王子様困っちゃうよな)
ルミはベッドの上に体育座りをし、自分の膝に顔を埋めた。
二人きりの時だけでいいから、名前で呼んでほしいと言われた。
あんなに嬉しそうに微笑む彼を見たのは初めてだったから、俺だって本当は、もっと自然に、たくさんその名前を呼びたい。
ルミは部屋に誰もいないことを確認すると、小さく息を吸い込み、壁に向かってぽつりと呟いた。
「……あるヴぃーの、さま」
口にした瞬間、心臓がトクンと跳ねる。
やっぱり、ものすごく恥ずかしい。
「あるヴぃーの様……。アルヴィーノ様。……アルヴィーノさま」
ルミは顔を真っ赤にしながら、何度も、何度も、その大切な名前を繰り返した。
少しずつ、その響きを自分の唇に馴染ませるように。
イントネーションを変えてみたり、声の大きさを変えてみたり。
まるで、覚えたての魔法の呪文を唱えるように、一生懸命に練習を重ねていく。
「あるヴぃーの様、おかえり。……うん、これなら言えるかも。アルヴィーノ様、俺ね――」
「はい、ただいま戻りましたよ、ルミ」
「ひゃいっ!?」
突如、背後から聞こえてきた極上の低音に、ルミは文字通り跳び上がった。
振り返ると、そこには軍議を終えたばかりのアルヴィーノが、外套を脱ぎながら立っていた。
その端正な顔には、隠しきれないほどの愛おしさと、すべてを察したような極上の微笑みが浮かんでいる。
「お、お、王子様!? いつからそこに……っ」
「『アルヴィーノ様、俺ね――』の少し前くらいからでしょうか。扉を開けたら、とても愛らしい小鳥が私の名前を
「あーーーーーっ!! 聞いてたの!?」
ルミはパニックになり、顔から火が出そうなほど真っ赤になった。
誰もいないと思って、あんなに何回も名前を連呼していたなんて、恥ずかし死んでしまう。
アルヴィーノはそんなルミにゆっくりと近づき、ベッドの縁に腰をかけると、そっと顔を覗き込んだ。
「そんなに私の名前を練習してくれていたのですか? 嬉しいですね。……さあ、せっかくですから、今の成果を私の目の前で披露してください」
「む、無理! 絶対無理!!」
ルミは枕を抱きしめて顔を隠そうとしたが、アルヴィーノに優しくその手首を掴まれ、逃げ道を塞がれてしまう。
至近距離で見つめるアルヴィーノの瞳は、ルミの言葉を今か今かと待ち望んでいた。
「……おねがいです、ルミ。貴方の声で、もう一度」
ずるい。
そんな風に優しく、切なげにねだられたら、拒めるはずがない。
ルミはぎゅっと目を瞑り、心臓の爆音に耐えながら、練習の成果を振り絞るようにして口を開いた。
「っ……あ、あるびゅ、……あるび、――ある、ヴぃーの、にゃ、様っ……あぅ!」
完全に噛んだ。
よりによって、一番大事なところで舌がもつれ、最後は謎の鳴き声のようになってしまった。
「…………っ」
ルミはあまりの恥ずかしさに、涙目で頭を抱えてベッドに突っ伏した。
「もうやだ! 噛んだ! 俺のばか! もう絶対名前なんて呼ばないーーーっ!!」
ごろんごろんとベッドの上でのたうち回るルミ。
そんな彼を見下ろすアルヴィーノはというと――あまりの愛らしさに胸を撃ち抜かれ、片手で額を押さえて完全に固まっていた。
彼の脳内では、今の一瞬の出来事がスローモーションで無限再生されている。
「……ルミ」
アルヴィーノは突っ伏しているルミの身体を、後ろから包み込むように強く、強く抱きしめた。
「っ、王子様、苦しい……!」
「ダメです、離しません。……今のは反則です。噛んでしまった貴方も、恥ずかしがっている貴方も、愛おしすぎてどうにかなってしまいそうだ。……もう一度、もう一度だけ、今の可愛い鳴き声を私に聞かせてください」
「鳴き声って言わないでーっ! 離して、アルヴィーノ様のばかぁっ!!」
「あぁ、今度は綺麗に言えましたね」
「~~~っ!!」
軍議の疲れなど一瞬で吹き飛んだアルヴィーノと、恥ずかしさの限界を迎えて彼をポカポカと叩くルミ。
誰もいない部屋の中で、昨日よりもさらに糖度の増した、騒がしくも甘い時間が流れていくのだった。
