主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

ルミが初めてその名を紡いだ、あの奇跡の瞬間から一夜明けた。
​王宮の朝は、かつてないほど奇妙な空気に包まれていた。
その原因は言うまでもない。
第二王子アルヴィーノが、朝から信じられないほどの「陽気さ」を全身から醸し出しているからだった。

​「おはようございます、皆さん。今日も良い朝ですね」

​朝食の席に現れたアルヴィーノは、いつもなら周囲を威圧する冷徹なオーラを完全に封印し、まるで春の陽だまりのような微笑みを浮かべていた。
すれ違う使用人一人一人に穏やかに声をかけるその姿は、昨日まで不敬を働いた貴族の家系を容赦なく抹消していた男と同一人物とは到底思えない。
​給仕をしていたメイドたちは、あからさまに動揺してトレイをガタガタと震わせ、影で必死に囁き合っている。

​「……ねえ、見た? アルヴィーノ殿下が微笑まれたわ……」
「嘘でしょう!? あのお方が無意味に笑うなんて……まさか、世界を滅ぼす前触れじゃ……っ」
「いやだ、私まだ死にたくないわ……!」

​周囲がそんな世紀末のような恐怖に怯える中、当の本人は、自分の隣の席で頭から湯気が出そうなほど真っ赤になっている少年に、甘やかすような視線を注ぎ続けていた。

​「どうしました、ルミ。せっかくの朝食ですよ。スープが冷めてしまいます」
​「う、うん……食べる、食べるから……っ」

​ルミはスープスプーンを握りしめたまま、小さくなって視線を泳がせている。
昨日の夕方、恥ずかしさのあまり勢いで「あるヴぃーの……さま……」と呼んでしまった記憶が、一晩経っても脳裏から離れないのだ。
思い出すだけで顔が爆発しそうに熱くなり、どうしてもアルヴィーノの顔をまともに見ることができなかった。
​そんな二人の様子を、食堂の特等席から眺めていたアルフレッドは、優雅にコーヒーをすすりながら一人で深く頷いていた。

​(なるほど。昨日の余韻がまだこれほど続いているのか。ルミくんの破壊力は、私が考えていたよりも遥かに凄まじいな……)

​事情をすべて把握しているアルフレッドだけは、この異常事態の中でも完全に余裕を保っている。
むしろ、弟のあまりの浮かれっぷりに、少しばかり同情の混じった生温かい視線を送っているほどだった。
​しかし、何も知らないアルフレッドの従者は、ガタガタと膝を震わせながら主人の背後にすがりついていた。

​「ア、アルフレッド様……! アルヴィーノ様が、あのアルヴィーノ様が、ルミ様を見る目が完全に蕩けております……! 一体昨日、あのガゼボで何があったのですか!? 国がひっくり返るような恐ろしい儀式でも行われたのでは……!」
​「落ち着きなさい。ただの微笑ましい『惚気(のろけ)』だよ」
​「惚気であの魔力量はおかしいです!! 空間が歪んでいます!!」

​従者の悲鳴のような訴え通り、アルヴィーノから漏れ出る魔力は、彼の幸福感に比例して非常に濃密で、かつ極めて無害な(しかし圧倒的な)圧となって部屋を満たしていた。

​「ルミ」

​アルヴィーノが、さらに声を一段と低く、甘くして囁きかける。

​「……今日も二人きりになったら、また聞かせてくれますね?」
​「~~~っ! もう、王子様のばか! 朝からそんなこと言わないで!」

​ルミはついに耐えきれなくなって顔を真っ赤に染め上げると、スプーンを置いて、アルヴィーノの胸元に思いきり額をぶつけるようにして顔を隠してしまった。

​「おや、それは可愛い拒絶ですね。ですが、楽しみにしていますよ」

​愛しい少年の頭を優しく撫で回し、この世の春を謳歌する魔王。
そして、その光景を見ながら「よし、今のうちにあと3枚くらい面倒な書類にサインを貰いに行こう」と、冷徹な現実主義者の目で手元のメモにペンを走らせるアルフレッド。
​王宮の住人たちが謎の恐怖に包まれる中、二人の箱庭は、昨日よりも確実に、そして深く、甘い色彩へと塗り替えられていくのだった。
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