主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

​すべてを焼き払い、王宮に本当の平穏が訪れてから数日後のこと。
​かつての脅威が消え去った王宮の庭園には、暖かな木漏れ日と、ルミの穏やかな笑顔が満ちていた。
アルヴィーノはガゼボの椅子に腰掛け、膝の上で満足そうにブルーベリータルトを頬張るルミの髪を、愛おしげに梳いている。
​すべては完璧だった。
ルミを脅かすものは世界から消え、二人はこうして誰にも邪魔されない時間を過ごしている。
​――だが、アルヴィーノの胸には、ほんの小さな、けれど一度気になりだすと止まらない「棘」が引っかかっていた。

​「……ねえ、王子様。このタルト、すっごくおいしいよ」

​ルミがフォークをくわえたまま、嬉しそうにアルヴィーノを見上げる。
アルヴィーノはその愛らしい姿に笑みを返しつつも、その胸中は複雑だった。

​(王子様、か……)

​出会った頃から、ルミはずっと自分のことをそう呼ぶ。
身分違いの少年が、救い主である王族をそう呼ぶのは至極当然のことだった。
現に、ルミは兄のことも「アルフレッド様」と呼んでいる。
​だが、そこが問題だった。

​(兄上のことは『アルフレッド様』と名前で呼ぶのに、なぜ私のことは頑なに『王子様』のままなのでしょうか?)

​アルヴィーノにとって、ルミは世界のすべてだ。
そのためなら国の一つや二つ、いつでも灰にする覚悟がある。
それなのに、ルミの口から出る自分の呼び名は、記号的な「王子様」のまま。
まるで、他の有象無象の王子たちと同じカテゴリに分類されているかのような、ほんのわずかな距離感。
それが、アルヴィーノの独占欲をじりじりと刺激していた。

​「ルミ」

​髪を梳く手を止め、アルヴィーノはルミの顔を覗き込んだ。

​「うん? なぁに、王子様」
​「……その呼び方ですが。貴方は兄上のことを名前で呼んでいるのに、私のことは名前で呼んでくれませんね。別にそのままでも構わないのですが……少し、気になりまして」
​「えっ……」

​ルミはタルトを食べる手を止め、丸い目をさらに丸くした。
アルヴィーノの声音はいつも通り穏やかだが、その瞳の奥には、ほんのりと子供のような不満が滲んでいる。

​「嫌、ですか? 私の名前を呼ぶのは」
​「ち、違うよ! 嫌なわけないじゃん!」

​ルミは慌てて首を振った。
黄金の杖をくれたときも、自分を苦しめた場所を消し去ってくれたときも、いつも自分を優しく抱きしめてくれた、世界で一番大好きな人。
嫌なはずがなかった。

​「じゃあ、どうして?」

​逃げられないようにそっと腰を抱き寄せられ、ルミは赤くなった顔を隠すように、アルヴィーノの胸に額を押し当てた。

​「……だって、最初に会ったときから、ずっと俺にとっての『王子様』だから。……アルフレッド様は、王子様っていうより、お仕事がいっぱいあるお兄さんって感じだけど……」

​ルミは服の裾をぎゅっと握りしめ、消え入りそうな声で続ける。

​「王子様だけは、俺を暗闇から連れ出してくれた、特別で、たった一人の『王子様』なんだもん。だから、名前じゃなくて、その……王子様って呼びたくて……」

​それは、ルミなりの最大級の親愛と、特別の証だった。

​「…………」

​予想外の純粋な告白に、さしものアルヴィーノも絶句した。
胸の奥をせき止めていた独占欲が、一瞬で甘い幸福感へと塗り替えられていく。

​「……そうですか。私だけが、貴方の特別な『王子様』、ですか」

​アルヴィーノはルミの顎を優しく持ち上げると、これ以上ないほど甘く、深く微笑んだ。

​「その言葉だけで、私は世界をもう一つ焼き払えそうなほど満たされましたよ。……ですが、ルミ」

​アルヴィーノは顔を近づけ、耳元で囁く。

​「二人きりの時だけで構いません。……私を、名前で呼んでくれませんか? 貴方の口から私の名が紡がれるのを、私はずっと待ち望んでいるのです」

​ルミは耳まで真っ赤に染めながら、アルヴィーノの服を掴む手に力を込めた。
そして、恥ずかしさに震える唇を、一生懸命に動かす。

​「……あ、あるヴぃーの……さま……」

​言い終えた瞬間、ルミは耐えきれずにアルヴィーノの首に抱きついた。
​その愛らしさに、アルヴィーノは歓喜を噛み締めるようにルミを強く抱きしめる。
平穏な王宮の庭園に、また一つ、二人だけの特別な約束が刻まれた瞬間だった。
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