主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
アルヴィーノとルミが貴族たちの屋敷を地図から消し去っている頃、王宮はかつてないほどの慌ただしさに包まれていた。
しかし、それは「事件」に対する騒ぎではない。
王宮の首脳陣や文官たちが、ただひたすらに「見て見ぬふり」という高度な政治的判断を強いられた結果の沈黙だった。
アルフレッドの執務室は、山のような書類と、それを片付けるために集められた側近たちの熱気で溢れかえっていた。
「……アルヴィーノ殿下より、先刻の件に関する事後処理の指示書が届きました」
側近が冷や汗を拭いながら差し出した書類には、貴族家が管理していた広大な領地の没収、及びそこを『聖域維持のための更地』として再編する旨が淡々と記されている。
アルフレッドは頭痛をこらえるように額を押さえ、深いため息をついた。
「『処分は決定です。……兄上はどうぞそのご立派な頭で土地の有効活用方法でも模索していてください』、か……。まったく、実の弟ながら容赦がない」
貴族が一人、また一人と消息を絶ち、その領地が地図の上から消滅していく。
王宮の内情に詳しい者は、それが誰の仕業か理解している。
だが、口に出す者はいない。
ルミを傷つけた代償が何であるかを、誰もが理解してしまったからだ。
「アルフレッド様、該当貴族家の屋敷から上がっていた火の手が収まったとの報告が。……周辺の隠蔽工作はどういたしましょうか」
「『失火』だ。不審火による全焼、それ以外にあり得ない。跡地については、ルミくんが健やかに過ごせるよう、浄化用の結界を張った『公的庭園』として整備すると布告しておけ」
アルフレッドはペンを走らせながら、次々と根回しを進めていく。
「反対派の貴族たちが騒ぎ出す前に、彼らが以前から進めていた不透明な資金運用を炙り出して潰せ。……『更地』になったのは彼らの屋敷だけではない。王宮の腐った箇所も、今のうちにすべてアルヴィーノの炎で焼かれたことにすればいい」
傍から見れば、アルフレッドは冷酷な政務官として事後処理を完璧にこなしているように見える。
だが、その胸の内にあるのは、弟の暴走を止められなかったという無力感と、それ以上に「ルミという存在に狂わされていく弟」への複雑な慈しみだった。
王宮の庭園で水やりをしていたメイドたちは、ふと空を見上げる。
貴族街の方角から漂ってくるかすかな焦げ臭さと、夜空を歪ませる魔力の余韻。
彼女たちは顔を見合わせ、ただ小さく頷き合った。
「……また、始まったのね」
「ええ。きっと、また『あの方』が守ってくださったのよ」
誰もが知っている。
この王宮の空がこれほど澄み渡っているのは、ルミを守るためにアルヴィーノが世界を焼き払っているからだということを。
アルフレッドは窓越しに王宮の正門を見つめる。
間もなく、全てを灰にして満足気な表情を浮かべた弟が、愛しい少年を抱えて帰還するだろう。
「……やれやれ。私の胃薬が尽きるのも時間の問題だな」
そうぼやきつつも、アルフレッドは手元の書類を一枚裏返し、二人が帰ってきた時に一番に出すであろう最高級のタルトの手配を、さりげなく厨房へ命じたのだった。
しかし、それは「事件」に対する騒ぎではない。
王宮の首脳陣や文官たちが、ただひたすらに「見て見ぬふり」という高度な政治的判断を強いられた結果の沈黙だった。
アルフレッドの執務室は、山のような書類と、それを片付けるために集められた側近たちの熱気で溢れかえっていた。
「……アルヴィーノ殿下より、先刻の件に関する事後処理の指示書が届きました」
側近が冷や汗を拭いながら差し出した書類には、貴族家が管理していた広大な領地の没収、及びそこを『聖域維持のための更地』として再編する旨が淡々と記されている。
アルフレッドは頭痛をこらえるように額を押さえ、深いため息をついた。
「『処分は決定です。……兄上はどうぞそのご立派な頭で土地の有効活用方法でも模索していてください』、か……。まったく、実の弟ながら容赦がない」
貴族が一人、また一人と消息を絶ち、その領地が地図の上から消滅していく。
王宮の内情に詳しい者は、それが誰の仕業か理解している。
だが、口に出す者はいない。
ルミを傷つけた代償が何であるかを、誰もが理解してしまったからだ。
「アルフレッド様、該当貴族家の屋敷から上がっていた火の手が収まったとの報告が。……周辺の隠蔽工作はどういたしましょうか」
「『失火』だ。不審火による全焼、それ以外にあり得ない。跡地については、ルミくんが健やかに過ごせるよう、浄化用の結界を張った『公的庭園』として整備すると布告しておけ」
アルフレッドはペンを走らせながら、次々と根回しを進めていく。
「反対派の貴族たちが騒ぎ出す前に、彼らが以前から進めていた不透明な資金運用を炙り出して潰せ。……『更地』になったのは彼らの屋敷だけではない。王宮の腐った箇所も、今のうちにすべてアルヴィーノの炎で焼かれたことにすればいい」
傍から見れば、アルフレッドは冷酷な政務官として事後処理を完璧にこなしているように見える。
だが、その胸の内にあるのは、弟の暴走を止められなかったという無力感と、それ以上に「ルミという存在に狂わされていく弟」への複雑な慈しみだった。
王宮の庭園で水やりをしていたメイドたちは、ふと空を見上げる。
貴族街の方角から漂ってくるかすかな焦げ臭さと、夜空を歪ませる魔力の余韻。
彼女たちは顔を見合わせ、ただ小さく頷き合った。
「……また、始まったのね」
「ええ。きっと、また『あの方』が守ってくださったのよ」
誰もが知っている。
この王宮の空がこれほど澄み渡っているのは、ルミを守るためにアルヴィーノが世界を焼き払っているからだということを。
アルフレッドは窓越しに王宮の正門を見つめる。
間もなく、全てを灰にして満足気な表情を浮かべた弟が、愛しい少年を抱えて帰還するだろう。
「……やれやれ。私の胃薬が尽きるのも時間の問題だな」
そうぼやきつつも、アルフレッドは手元の書類を一枚裏返し、二人が帰ってきた時に一番に出すであろう最高級のタルトの手配を、さりげなく厨房へ命じたのだった。
