主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
鍛錬は苛烈だった。
アルヴィーノの命令で集められた雑兵たちは、訓練場の中央に列を作って立っていた。
最初は「子どもの相手など」と軽く考えていたが、王子が異様なほど丁寧に扱う少年を見て、胸の奥にざらつく不安を覚え始めている。
ルミは黄金の杖を両手で抱え、どう扱えばいいのか分からず戸惑っていた。
魔力の練り方も、魔法の撃ち方も知らない。
ただ、王子様のために役に立ちたいという思いだけが胸にある。
アルヴィーノはそんなルミの様子を見て、まずはお手本を見せることにした。
「よく見ていなさい。魔力とは、こう扱うのです」
彼が杖を軽く振ると、訓練場の空気が一瞬で凍りついた。
白い霧が足元から立ち上り、冷気が肌を刺す。
アルヴィーノは静かに詠唱を紡いだ。
「……凍てつく理よ、我が手に集え。世界を貫く白き牙となり、 愚者の影を穿て……――〈グラキエス・ランス〉」
巨大な氷の槍が何本も生まれ、雑兵たちの足元へ突き刺さった。
地面は瞬時に凍りつき、白い氷柱が林立する。
雑兵たちは悲鳴を上げて後ずさり、足元の氷に滑って倒れ込んだ。
ルミはその光景に息を呑んだ。
美しく、冷たく、容赦のない魔法。
王子様が放つ力に、胸が熱くなる。
「さあ、やってみなさい。あなたにもできますよ」
ルミは震える手で杖を構え、見よう見まねで詠唱を始めた。
「……闇よ、俺の影を喰らい、沈む底へと引きずり落とせ…… ――〈ウムブラ・リガティオ〉……」
黒い霧が杖先に集まり、地面に影が広がる。
だが影はすぐに形を失い、霧散した。
雑兵たちは安堵と嘲笑を混ぜた声を漏らした。
「なんだよ、結局ただのガキじゃねえか」
「王子様も大げさだな……」
その言葉がルミの胸に突き刺さる。
小さく肩を落とし、視線が地面へと沈んだ。
その瞬間、アルヴィーノがそっとルミの肩に触れた。
「大丈夫。初めてなのですから、失敗して当然です。あなたはよくやっていますよ」
声は驚くほど柔らかく、ルミの心をそっと掬い上げるようだった。
その優しさに、ルミの胸がじんわりと温かくなる。
アルヴィーノは続けて、魔力の形が崩れていることを穏やかに指摘した。
「焦らずに。魔力はあなたの中にあります。まずは“流れ”を感じなさい」
ルミはこくりと頷き、もう一度詠唱した。
「……闇よ、俺の声に応えろ……影の鎖となりて、敵を縛れ…… ――〈ウムブラ・リガティオ〉!」
影は伸びたが、雑兵の足元に触れた瞬間に消えた。
雑兵たちの表情から嘲笑が消えた。
「……今、足元まで来たよな?」
「いや、でも……消えたし……」
声が震えている。
先ほどの余裕はもうない。
ルミはその反応に気づき、ほんの少しだけ胸が温かくなった。
アルヴィーノはルミの手に自分の手を重ね、魔力の練り方を丁寧に教えた。
「魔力は押し付けるのではなく、あなたの意思で“形”を与えるのです。影はあなたの命令に従います」
その声は甘く、しかし教え方は冷静で正確だった。
まるで、ルミが離れないように絶妙な温度で手綱を引くようだった。
ルミは深く息を吸い、もう一度、迷いなく詠唱した。
「……闇よ、俺の名を刻め。沈む夜の底より這い出で、敵を縛り、逃すな……――〈ウムブラ・リガティオ〉!!」
黒い影が地面を這い、今度は雑兵の足をしっかりと絡め取った。
「や、やばい……!本物だ……こいつ……!」
雑兵たちの顔から血の気が引き、恐怖が一気に広がった。
ルミの胸には成功の喜びが満ち、アルヴィーノは満足げに目を細めた。
「よくできました。初めてにしては上出来ですよ」
ルミの顔がぱあっと明るくなり、嬉しさを隠しきれずに小さく笑った。
その笑顔を見た雑兵たちは、背筋が凍るほどの恐怖を覚えた。
アルヴィーノは静かにルミへ視線を向けた。
「では――最後の仕上げです。ルミ。あなたがこれらを処理しなさい」
雑兵たちは一斉に逃げ出そうとした。
だが、恐怖で足がもつれ、地面に倒れ込む者、震えて立ち上がれない者、
影に絡め取られたまま動けない者。
誰一人としてまともに逃げられなかった。
「や……やめろ……!来るな……来るな……!」
声は震え、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。
ルミは黄金の杖を胸に抱え、ゆっくりと雑兵たちへ歩み寄った。
その瞳には、恐怖も迷いもなく、ただ“王子様に褒められたい”という期待だけが宿っていた。
静かに杖を構え、長い詠唱を紡ぐ。
「……闇よ、俺の名を刻め。 沈む夜の底より這い出で、 すべてを呑み、静寂へ還せ…… ――〈ウムブラ・エクリプス〉」
訓練場に深い闇が広がり、逃げようとした雑兵たちは、絶望の中でその影に呑まれていった。
悲鳴はすぐに途切れた。
影が静かに収まり、ルミは杖を抱えたまま振り返る。
アルヴィーノはゆっくりと歩み寄り、ルミの頬に触れた。
「……本当に、よくできました。ルミ」
その声は甘く、しかし底の見えない冷たさを孕んでいた。
ルミは再びその場で決意した。
すべては、自分に居場所をくれた王子様のため、もっと役に立てる存在にならなきゃと。
役に立ち続けなければ、またあの暗い地下室に逆戻りだ。
恐怖と、そして“好き”が混ざり合ったその感情こそが、ルミを突き動かす原動力だった。
アルヴィーノの命令で集められた雑兵たちは、訓練場の中央に列を作って立っていた。
最初は「子どもの相手など」と軽く考えていたが、王子が異様なほど丁寧に扱う少年を見て、胸の奥にざらつく不安を覚え始めている。
ルミは黄金の杖を両手で抱え、どう扱えばいいのか分からず戸惑っていた。
魔力の練り方も、魔法の撃ち方も知らない。
ただ、王子様のために役に立ちたいという思いだけが胸にある。
アルヴィーノはそんなルミの様子を見て、まずはお手本を見せることにした。
「よく見ていなさい。魔力とは、こう扱うのです」
彼が杖を軽く振ると、訓練場の空気が一瞬で凍りついた。
白い霧が足元から立ち上り、冷気が肌を刺す。
アルヴィーノは静かに詠唱を紡いだ。
「……凍てつく理よ、我が手に集え。世界を貫く白き牙となり、 愚者の影を穿て……――〈グラキエス・ランス〉」
巨大な氷の槍が何本も生まれ、雑兵たちの足元へ突き刺さった。
地面は瞬時に凍りつき、白い氷柱が林立する。
雑兵たちは悲鳴を上げて後ずさり、足元の氷に滑って倒れ込んだ。
ルミはその光景に息を呑んだ。
美しく、冷たく、容赦のない魔法。
王子様が放つ力に、胸が熱くなる。
「さあ、やってみなさい。あなたにもできますよ」
ルミは震える手で杖を構え、見よう見まねで詠唱を始めた。
「……闇よ、俺の影を喰らい、沈む底へと引きずり落とせ…… ――〈ウムブラ・リガティオ〉……」
黒い霧が杖先に集まり、地面に影が広がる。
だが影はすぐに形を失い、霧散した。
雑兵たちは安堵と嘲笑を混ぜた声を漏らした。
「なんだよ、結局ただのガキじゃねえか」
「王子様も大げさだな……」
その言葉がルミの胸に突き刺さる。
小さく肩を落とし、視線が地面へと沈んだ。
その瞬間、アルヴィーノがそっとルミの肩に触れた。
「大丈夫。初めてなのですから、失敗して当然です。あなたはよくやっていますよ」
声は驚くほど柔らかく、ルミの心をそっと掬い上げるようだった。
その優しさに、ルミの胸がじんわりと温かくなる。
アルヴィーノは続けて、魔力の形が崩れていることを穏やかに指摘した。
「焦らずに。魔力はあなたの中にあります。まずは“流れ”を感じなさい」
ルミはこくりと頷き、もう一度詠唱した。
「……闇よ、俺の声に応えろ……影の鎖となりて、敵を縛れ…… ――〈ウムブラ・リガティオ〉!」
影は伸びたが、雑兵の足元に触れた瞬間に消えた。
雑兵たちの表情から嘲笑が消えた。
「……今、足元まで来たよな?」
「いや、でも……消えたし……」
声が震えている。
先ほどの余裕はもうない。
ルミはその反応に気づき、ほんの少しだけ胸が温かくなった。
アルヴィーノはルミの手に自分の手を重ね、魔力の練り方を丁寧に教えた。
「魔力は押し付けるのではなく、あなたの意思で“形”を与えるのです。影はあなたの命令に従います」
その声は甘く、しかし教え方は冷静で正確だった。
まるで、ルミが離れないように絶妙な温度で手綱を引くようだった。
ルミは深く息を吸い、もう一度、迷いなく詠唱した。
「……闇よ、俺の名を刻め。沈む夜の底より這い出で、敵を縛り、逃すな……――〈ウムブラ・リガティオ〉!!」
黒い影が地面を這い、今度は雑兵の足をしっかりと絡め取った。
「や、やばい……!本物だ……こいつ……!」
雑兵たちの顔から血の気が引き、恐怖が一気に広がった。
ルミの胸には成功の喜びが満ち、アルヴィーノは満足げに目を細めた。
「よくできました。初めてにしては上出来ですよ」
ルミの顔がぱあっと明るくなり、嬉しさを隠しきれずに小さく笑った。
その笑顔を見た雑兵たちは、背筋が凍るほどの恐怖を覚えた。
アルヴィーノは静かにルミへ視線を向けた。
「では――最後の仕上げです。ルミ。あなたがこれらを処理しなさい」
雑兵たちは一斉に逃げ出そうとした。
だが、恐怖で足がもつれ、地面に倒れ込む者、震えて立ち上がれない者、
影に絡め取られたまま動けない者。
誰一人としてまともに逃げられなかった。
「や……やめろ……!来るな……来るな……!」
声は震え、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。
ルミは黄金の杖を胸に抱え、ゆっくりと雑兵たちへ歩み寄った。
その瞳には、恐怖も迷いもなく、ただ“王子様に褒められたい”という期待だけが宿っていた。
静かに杖を構え、長い詠唱を紡ぐ。
「……闇よ、俺の名を刻め。 沈む夜の底より這い出で、 すべてを呑み、静寂へ還せ…… ――〈ウムブラ・エクリプス〉」
訓練場に深い闇が広がり、逃げようとした雑兵たちは、絶望の中でその影に呑まれていった。
悲鳴はすぐに途切れた。
影が静かに収まり、ルミは杖を抱えたまま振り返る。
アルヴィーノはゆっくりと歩み寄り、ルミの頬に触れた。
「……本当に、よくできました。ルミ」
その声は甘く、しかし底の見えない冷たさを孕んでいた。
ルミは再びその場で決意した。
すべては、自分に居場所をくれた王子様のため、もっと役に立てる存在にならなきゃと。
役に立ち続けなければ、またあの暗い地下室に逆戻りだ。
恐怖と、そして“好き”が混ざり合ったその感情こそが、ルミを突き動かす原動力だった。
