主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
アルヴィーノに拾われてから、数日が経った。
その数日間は、ルミにとって“現実”とは思えないほど甘く、優しく、そして恐ろしいほど静かな時間だった。
朝、目を覚ますと、すでにお世話係が部屋の隅で控えている。
「おはようございます、ルミ様。お加減はいかがですか?」
柔らかい声でそう言われ、ふわふわのスリッパを足元に揃えられる。
ベッドから降りると、すぐに肩にブランケットが掛けられる。
「冷えますからね。さ、朝食の準備も整っておりますので」
ルミはただ瞬きをするだけ。
けれどその反応すら、係たちは嬉しそうに受け取る。
朝食は、湯気の立つスープと、小さく切られた柔らかいパン。
食べやすいように、スプーンはルミの手にそっと添えられ、ゆっくりとスープを口に運ぶ。
温かくて美味しいそれにルミは世話係に振り返りこれ……と首を少し傾げる。
まるでこれはなぁに?と言いたげに。
世話係の二人は顔を見合わせ、ルミにもわかるように今日の朝食メニューを説明する。
ルミはそれを聞き、小さく頷くとゆっくりとまた食べ始めた。
そうして昼には甘いお菓子が運ばれてくる。
ルミが一口食べると、係たちはほっとしたように微笑む。
「今日も食べてくれましたね……。よかった……」
服も毎日替えられる。
白くてふわふわのフリルの服。
袖を通すたび、係たちはまるで宝物を扱うように手を動かす。
「本当に……可愛らしい……」
「アルヴィーノ様のお選びになった服が、よくお似合いです」
髪は毎朝丁寧に梳かれ、甘い香りのクリームで整えられる。
ルミは何も言わない。
ただ、されるがまま。
けれど係たちはそれすら“従順”と受け取り、さらに優しく接する。
廊下を歩けば、すれ違う侍女たちが小さく会釈してくる。
「ルミ様、今日もお綺麗ですね」
その言葉の意味は分からない。
でも、胸の奥が少しだけ温かくなる。
理由は分からないけれど、優しさは確かにそこにあった。
そしてその優しさの中心にいるのは、いつもアルヴィーノだった。
「とても可愛いですよ、ルミ」
その一言が、何度も何度も頭の中で反芻される。
胸がぎゅっと締めつけられる。
可愛いと言われるたびに息が苦しくなるほど嬉しい。
(どうしたらもっと俺を見てくれるかな……もっと、可愛いって……)
その欲求は、日に日に強くなっていった。
◆
数日後、傷も癒え、歩く姿も安定してきたルミは、チェス盤を前に思案するアルヴィーノの執務室に来ていた。
気づいたアルヴィーノがどうかしました?と声をかけるも彼は何か言いたげに何度か口を開けては閉じてを繰り返しやっとことで、ルミは胸の奥で膨らんだ“好き”を幼い形のまま漏らした。
「……王子様の……ためなら……なんでも……」
言葉はたどたどしい。
けれど瞳だけは、以前とは比べものにならないほど強く輝いていた。
アルヴィーノは、その言葉を聞いた瞬間、ほんのわずかに眉を上げた。
(……思っていたより早いですね。まだ数日しか経っていないというのに)
本来なら、もっと時間がかかるはずだった。
“褒める”という餌に慣れ、“優しさ”という環境に安心し、“依存”が芽を出すまでには、もう少し段階を踏む必要があると考えていた。
だがルミは、予想以上に素直で、脆く、そしてアルヴィーノが思っていたより数倍も早く“こちらを向く”子だった。
(……まあ、良いでしょう。早く育つのは悪いことではありません)
アルヴィーノは手に持っていた駒を盤上に置き、そばへと手招いた。
ルミはぱたぱたと小さな足音を立てて駆け寄り、期待に胸を膨らませてアルヴィーノを見上げる。
(……命令……くれる……?)
その視線は、まるで「褒めて」と懇願する子どものようだった。
アルヴィーノは静かに言葉を落とす。
「ルミ。あなたには“力”があります。それを使えるようにしなければなりません」
ルミの肩がぴくりと震える。
恐怖ではない。
“役に立てる”という期待の震えだった。
ルミの魔力は、生まれつき“闇”に偏っていた。
本来なら扱いが難しく、暴走すれば周囲を巻き込む危険な属性。
だがアルヴィーノにとっては、それこそが価値だった。
(制御さえできれば、これほど扱いやすい兵器はない)
ただし、今のルミには杖もない。
魔力を流す器がなければ、鍛錬すらできない。
そう考えたアルヴィーノは軽く指を鳴らした。
空気が震え、光が集まり、黄金の輝きがゆっくりと形を成していく。
現れたのは細身でしなやかな黄金の杖。
先端には、深い紫と黒が混ざり合う宝石が嵌め込まれており、宝石の根元には、闇の魔力が凝縮したような小さな黒い羽が左右にそっと生えていた。
光と闇が同居する、不思議な杖だった。
(……ルミの魔力に合わせて調整した特注品です。闇属性の魔力を安定させるため、宝石は“深淵石”。羽は魔力の流れを整える触媒……これなら暴走しにくい)
アルヴィーノは杖を軽く持ち上げ、まるで儀式のように両手でルミへ差し出した。
「ルミ。これを持ちなさい」
その瞬間、ルミの瞳が大きく開いた。
黄金の杖が、自分のためだけに作られたものだと本能で理解したのだろう。
震える指先でそっと杖を受け取る。
触れた瞬間、杖がふわりと脈打ち、宝石が淡く紫に光った。
まるで「あなたを認めます」と言うように。
(……っ……これ……俺に……?)
胸の奥が熱くなる。
喉がきゅっと詰まる。
言葉にならない喜びが、全身を駆け巡った。
ルミは杖を胸に抱きしめるようにして、小さく、小さく息を吸った。
(……王子様が……俺に……くれた……)
アルヴィーノはその反応を見て、静かに目を細めた。
(……本当に、単純で素直な子ですね。これなら鍛える価値がある)
「これから鍛錬を行います。私のために、強くなりなさい」
その言葉を聞いた瞬間、ルミの胸の奥で何かがぱっと花開いた。
その数日間は、ルミにとって“現実”とは思えないほど甘く、優しく、そして恐ろしいほど静かな時間だった。
朝、目を覚ますと、すでにお世話係が部屋の隅で控えている。
「おはようございます、ルミ様。お加減はいかがですか?」
柔らかい声でそう言われ、ふわふわのスリッパを足元に揃えられる。
ベッドから降りると、すぐに肩にブランケットが掛けられる。
「冷えますからね。さ、朝食の準備も整っておりますので」
ルミはただ瞬きをするだけ。
けれどその反応すら、係たちは嬉しそうに受け取る。
朝食は、湯気の立つスープと、小さく切られた柔らかいパン。
食べやすいように、スプーンはルミの手にそっと添えられ、ゆっくりとスープを口に運ぶ。
温かくて美味しいそれにルミは世話係に振り返りこれ……と首を少し傾げる。
まるでこれはなぁに?と言いたげに。
世話係の二人は顔を見合わせ、ルミにもわかるように今日の朝食メニューを説明する。
ルミはそれを聞き、小さく頷くとゆっくりとまた食べ始めた。
そうして昼には甘いお菓子が運ばれてくる。
ルミが一口食べると、係たちはほっとしたように微笑む。
「今日も食べてくれましたね……。よかった……」
服も毎日替えられる。
白くてふわふわのフリルの服。
袖を通すたび、係たちはまるで宝物を扱うように手を動かす。
「本当に……可愛らしい……」
「アルヴィーノ様のお選びになった服が、よくお似合いです」
髪は毎朝丁寧に梳かれ、甘い香りのクリームで整えられる。
ルミは何も言わない。
ただ、されるがまま。
けれど係たちはそれすら“従順”と受け取り、さらに優しく接する。
廊下を歩けば、すれ違う侍女たちが小さく会釈してくる。
「ルミ様、今日もお綺麗ですね」
その言葉の意味は分からない。
でも、胸の奥が少しだけ温かくなる。
理由は分からないけれど、優しさは確かにそこにあった。
そしてその優しさの中心にいるのは、いつもアルヴィーノだった。
「とても可愛いですよ、ルミ」
その一言が、何度も何度も頭の中で反芻される。
胸がぎゅっと締めつけられる。
可愛いと言われるたびに息が苦しくなるほど嬉しい。
(どうしたらもっと俺を見てくれるかな……もっと、可愛いって……)
その欲求は、日に日に強くなっていった。
◆
数日後、傷も癒え、歩く姿も安定してきたルミは、チェス盤を前に思案するアルヴィーノの執務室に来ていた。
気づいたアルヴィーノがどうかしました?と声をかけるも彼は何か言いたげに何度か口を開けては閉じてを繰り返しやっとことで、ルミは胸の奥で膨らんだ“好き”を幼い形のまま漏らした。
「……王子様の……ためなら……なんでも……」
言葉はたどたどしい。
けれど瞳だけは、以前とは比べものにならないほど強く輝いていた。
アルヴィーノは、その言葉を聞いた瞬間、ほんのわずかに眉を上げた。
(……思っていたより早いですね。まだ数日しか経っていないというのに)
本来なら、もっと時間がかかるはずだった。
“褒める”という餌に慣れ、“優しさ”という環境に安心し、“依存”が芽を出すまでには、もう少し段階を踏む必要があると考えていた。
だがルミは、予想以上に素直で、脆く、そしてアルヴィーノが思っていたより数倍も早く“こちらを向く”子だった。
(……まあ、良いでしょう。早く育つのは悪いことではありません)
アルヴィーノは手に持っていた駒を盤上に置き、そばへと手招いた。
ルミはぱたぱたと小さな足音を立てて駆け寄り、期待に胸を膨らませてアルヴィーノを見上げる。
(……命令……くれる……?)
その視線は、まるで「褒めて」と懇願する子どものようだった。
アルヴィーノは静かに言葉を落とす。
「ルミ。あなたには“力”があります。それを使えるようにしなければなりません」
ルミの肩がぴくりと震える。
恐怖ではない。
“役に立てる”という期待の震えだった。
ルミの魔力は、生まれつき“闇”に偏っていた。
本来なら扱いが難しく、暴走すれば周囲を巻き込む危険な属性。
だがアルヴィーノにとっては、それこそが価値だった。
(制御さえできれば、これほど扱いやすい兵器はない)
ただし、今のルミには杖もない。
魔力を流す器がなければ、鍛錬すらできない。
そう考えたアルヴィーノは軽く指を鳴らした。
空気が震え、光が集まり、黄金の輝きがゆっくりと形を成していく。
現れたのは細身でしなやかな黄金の杖。
先端には、深い紫と黒が混ざり合う宝石が嵌め込まれており、宝石の根元には、闇の魔力が凝縮したような小さな黒い羽が左右にそっと生えていた。
光と闇が同居する、不思議な杖だった。
(……ルミの魔力に合わせて調整した特注品です。闇属性の魔力を安定させるため、宝石は“深淵石”。羽は魔力の流れを整える触媒……これなら暴走しにくい)
アルヴィーノは杖を軽く持ち上げ、まるで儀式のように両手でルミへ差し出した。
「ルミ。これを持ちなさい」
その瞬間、ルミの瞳が大きく開いた。
黄金の杖が、自分のためだけに作られたものだと本能で理解したのだろう。
震える指先でそっと杖を受け取る。
触れた瞬間、杖がふわりと脈打ち、宝石が淡く紫に光った。
まるで「あなたを認めます」と言うように。
(……っ……これ……俺に……?)
胸の奥が熱くなる。
喉がきゅっと詰まる。
言葉にならない喜びが、全身を駆け巡った。
ルミは杖を胸に抱きしめるようにして、小さく、小さく息を吸った。
(……王子様が……俺に……くれた……)
アルヴィーノはその反応を見て、静かに目を細めた。
(……本当に、単純で素直な子ですね。これなら鍛える価値がある)
「これから鍛錬を行います。私のために、強くなりなさい」
その言葉を聞いた瞬間、ルミの胸の奥で何かがぱっと花開いた。
