主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

それから数日。​
アルフレッドの執務室の窓からは陽光が降り注いでいる。
しかし、室内の温度は氷点下に近い。
彼の机には、あの研究所と関わりのあった貴族たちの罪状が記された分厚い書類が積み上げられていた。

​「……彼らは、あまりに多くの代償を支払わせすぎました。ルミの瞳を揺らし、その心を深く傷つけたのです」

​アルヴィーノの声は平坦だったが、その中に混じる怒りは、もはや軍師としての戦術の冷徹さを超えていた。

​「処分は妥当だ。だが、アルヴィーノ。……やりすぎれば、また君が『冷酷な第二王子』として噂されることになる。それはルミくんも望まないのではないかな?」

​アルフレッドが諭すように言う。
しかし、アルヴィーノは書類から目を離さず、ゆっくりと首を振った。

​「兄上、私は慈悲なき軍師としてではなく、ただの『一人の男』として彼らを許すことはできません。彼らがルミに加えた仕打ち……その報いを受ける権利が、彼らにはあるのです」

​アルヴィーノの指先が、書類の上で静かに止まる。

​「……私の魔法の炎で、彼らの権威と、その醜い研究の痕跡をすべて焼き払います。灰さえ残さぬほどに、ね」

​その瞳に宿る昏い光を見て、アルフレッドは小さく溜息をついた。
​二人の沈黙が重く漂う中、控えめなノックの音が響く。
返事も待たずに扉が開き、ひょっこりと顔を出したのは、先ほどまで庭で遊んでいたはずのルミだった。

​「……王子様? アルフレッド様も、こんにちは」

​ルミは不思議そうに執務室を見回し、二人の間の重い空気に気づくと、少しだけ躊躇したように歩み寄る。

​「……二人でお話し中? 難しいお話し?」
「いえ。あの研究所と貴族たちを根絶やしにしましょうというお話しですよ」
「だから、アルヴィーノ! さっきから言っているようにまずはこの証拠が事実かどうかを判断して、法の裁きを受けさせるのがこの国の王子としての責務だろう? どうして君はなんでも力でねじ伏せようとするんだ!」
「事実かどうか? 見ればわかるでしょう。兄上の目は節穴か飾りなんですか? ともかく、あそこがある以上ルミが安心して生活ができません。なので処分一択です。それにいいではないですか。跡地は更地になるのですから何かに有効活用でもすれば」
「そういう問題ではなくて……。はぁ……。あ、そうだ、ルミくんもそう思うだろう? 力でねじ伏せるより対話にて平和的に解決する方がお互いメリットもあるとは思わないかい?」
「え? 俺、ですか……?」

きっと優しいルミならわかってくれる。
あの医療室ではまだ心の回復が未熟だったからあのような同意ともとれる発言をしたに違いない。
今のルミならきっとと希望を託しアルフレッドは彼にそう問いかける。
けれど​ルミはアルヴィーノの傍らに寄り添うと、その大きな瞳を真っ直ぐに大好きな彼に向け、王子様の魔法が見たいなと回答。

​「俺ね、王子様の魔法が見たいな。王子様ならおっきな火の魔法、でやっつけちゃうでしょ? ね? 王子様はね、いろーんな魔法が使えるんだよ! すっごいんだぁ。俺、王子様のきれいで、すごい魔法見たいなー」

​その言葉は、純粋な好奇心と、アルヴィーノを全肯定する信頼に満ちていた。
アルヴィーノはルミの無邪気な願いに、張り詰めていた表情を一瞬で緩め、希望を打ち砕かれたアルフレッドは力なく座っていた椅子に腰を沈めた。

​「ええ、もちろん。貴方が望むのなら、喜んで叶えましょう。どんな魔法でもお見せしますよ。それに、ルミも一緒にやるでしょう? 彼らの処分」
「うん! 一緒にやる!」
「初めての共同作業ですね」

​アルヴィーノはルミの頭を優しく撫で、再びアルフレッドへと視線を戻す。

​「……聞こえましたね、兄上。処分は決定です。これ以上の議論は不要です。兄上はどうぞそのご立派な頭で私たちが更地に還した土地の有効活用方法でも模索していてください」

​アルフレッドは、ルミの純粋さがアルヴィーノの理性を完全に書き換えてしまったことを悟り、苦笑いと共に席を立った。

​「はぁ……参ったね。君の魔法を恐れる者は多いが、君を動かす鍵がそんなにも無垢だとは、誰も想像できないだろうよ」

​二人の貴族と研究所の破滅が決定した。
ルミは、それがどんな結末をもたらすかも知らぬまま、アルヴィーノの袖を握りしめて嬉しそうに微笑んでいる。
​アルヴィーノはその小さな手をそっと握り直し、静かな誓いを立てた。
――この子を傷つけたすべての存在を、灰に還すために。
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