主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
王宮の空気は、少しずつ、けれど確実に変わっていた。
以前は「慈悲なき軍師」の冷徹な仮面の下に、誰も寄り付くことはできなかった。
しかし今、廊下を歩けば少年の歩幅に合わせて足が止まり、執務室からはブルーベリーの甘い香りが漂い、軍議の最中でさえも少年の寝息一つで全てが停止する。
兵士たちは、アルヴィーノがルミを抱きかかえて通り過ぎるたびに、武器を握る手を休め、心の中で静かに敬礼するようになった。
それは恐怖ではなく、あの凍てついた第二王子を溶かした小さな存在への、畏敬の念に近いものだった。
厨房のスタッフたちは、ルミが一口タルトを食べて微笑むのを見るためだけに、寝る間を惜しんで菓子を焼き上げている。
彼らにとって、ルミの笑顔は、今の王宮で最も見たい「報酬」になっていた。
そんな中、廊下で偶然その様子を目撃したアルフレッドは、ふと足を止めた。
遠くから、ルミが「王子様、見て! 花が咲いてる!」と無邪気に笑う声が聞こえる。アルヴィーノは、先ほどまで戦術図を睨んでいた鋭い瞳を完全に消し去り、壊れ物を扱うような手つきでルミの頭を撫でていた。
周囲のメイドや兵士たちは、その光景を横目に、あえて目を合わせないようにしながらも、その場を通り過ぎるたびに温かな眼差しを向けている。
誰も二人の邪魔をせず、むしろ「二人が幸せなら、この城の空気も悪くない」と、暗黙の了解のように守っているのだ。
通りかかった従者が、アルフレッドに気づいて深く頭を下げた。
「……アルフレッド様。お疲れ様です」
「ああ。……ずいぶんと、穏やかな光景になったね」
アルフレッドは、遠くで幸せそうに笑い合う弟の背中を見つめ、どこか晴れやかな顔で微笑んだ。
「以前のアルヴィーノ様は、まるで削り出された刃物のような人でした。ですが今は……まるで、陽だまりを探して歩いているようです」
従者がそう呟くと、アルフレッドは小さく頷いた。
「ああ。ルミくんという陽だまりをね。……最初は、あの子が弟を狂わせるのではないかと案じていたが。どうやら逆だったようだ」
アルフレッドは、あえて二人に声をかけることはしなかった。
今、この場所で二人が築いている小さな幸福は、王宮の誰もが守りたいと思う「美しい境界線」になっている。
「誰もが彼らに触れようとせず、しかし、誰もが彼らを見守っている。……今の王宮は、かつてないほど平和だよ。ルミくんの『わがまま』が、この城の冷たさを全て溶かしてしまったのだから」
アルフレッドは満足げに、そして少しだけ寂しげに微笑むと、踵を返して去っていった。
その後ろ姿には、弟がようやく手に入れた穏やかな居場所を、誰にも壊させまいとする兄としての静かな決意が宿っていた。
以前は「慈悲なき軍師」の冷徹な仮面の下に、誰も寄り付くことはできなかった。
しかし今、廊下を歩けば少年の歩幅に合わせて足が止まり、執務室からはブルーベリーの甘い香りが漂い、軍議の最中でさえも少年の寝息一つで全てが停止する。
兵士たちは、アルヴィーノがルミを抱きかかえて通り過ぎるたびに、武器を握る手を休め、心の中で静かに敬礼するようになった。
それは恐怖ではなく、あの凍てついた第二王子を溶かした小さな存在への、畏敬の念に近いものだった。
厨房のスタッフたちは、ルミが一口タルトを食べて微笑むのを見るためだけに、寝る間を惜しんで菓子を焼き上げている。
彼らにとって、ルミの笑顔は、今の王宮で最も見たい「報酬」になっていた。
そんな中、廊下で偶然その様子を目撃したアルフレッドは、ふと足を止めた。
遠くから、ルミが「王子様、見て! 花が咲いてる!」と無邪気に笑う声が聞こえる。アルヴィーノは、先ほどまで戦術図を睨んでいた鋭い瞳を完全に消し去り、壊れ物を扱うような手つきでルミの頭を撫でていた。
周囲のメイドや兵士たちは、その光景を横目に、あえて目を合わせないようにしながらも、その場を通り過ぎるたびに温かな眼差しを向けている。
誰も二人の邪魔をせず、むしろ「二人が幸せなら、この城の空気も悪くない」と、暗黙の了解のように守っているのだ。
通りかかった従者が、アルフレッドに気づいて深く頭を下げた。
「……アルフレッド様。お疲れ様です」
「ああ。……ずいぶんと、穏やかな光景になったね」
アルフレッドは、遠くで幸せそうに笑い合う弟の背中を見つめ、どこか晴れやかな顔で微笑んだ。
「以前のアルヴィーノ様は、まるで削り出された刃物のような人でした。ですが今は……まるで、陽だまりを探して歩いているようです」
従者がそう呟くと、アルフレッドは小さく頷いた。
「ああ。ルミくんという陽だまりをね。……最初は、あの子が弟を狂わせるのではないかと案じていたが。どうやら逆だったようだ」
アルフレッドは、あえて二人に声をかけることはしなかった。
今、この場所で二人が築いている小さな幸福は、王宮の誰もが守りたいと思う「美しい境界線」になっている。
「誰もが彼らに触れようとせず、しかし、誰もが彼らを見守っている。……今の王宮は、かつてないほど平和だよ。ルミくんの『わがまま』が、この城の冷たさを全て溶かしてしまったのだから」
アルフレッドは満足げに、そして少しだけ寂しげに微笑むと、踵を返して去っていった。
その後ろ姿には、弟がようやく手に入れた穏やかな居場所を、誰にも壊させまいとする兄としての静かな決意が宿っていた。
