主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

​王宮の深奥、重厚な扉で守られた軍議の間。
地図と駒が広げられた長テーブルを囲み、屈強な将軍たちが険しい面持ちで戦略を論じ合っている。
​その中心で、一際異彩を放つ光景があった。
軍師たるアルヴィーノの隣に、ちょこんと座るルミの姿がそこにあった。

それは今朝がたのこと。

「ルミ。私は会議に行ってきますから、ここで大人しくお留守番していてもらえますか? 誰が来ても開けてはいけませんよ」

今日の議題は難航している北の防衛ラインの突破方法と、その後の戦略。
ここが突破できればその先は細々とした小国のみで、アルヴィーノからしたら堕とすことなど造作もない場所だ。
大事な節目の会議。
ルミと一緒に居たい気持ちをぐっとこらえ彼は軍議に使う資料を小脇に抱え扉の前にいた。
そこにとことこと駆け寄ってくるルミ。
今日も愛らしい水色のふわふわとした服を身にまとい彼のそばまでくると、あのね……と声をかけた。

「王子様……、あのね、あのねっ……俺、あのね……!」
「大丈夫ですよ。まだ少し時間がありますから、ゆっくり話しなさい」
「あ、あのね!えっとね……んとね……王子様の、かっこいいとこ、見たいなって……」
「えっと、それはつまり……どういう……」
「かいぎ……いっしょにいっちゃだめ……?」

一緒に居たい……と小さく呟き上目遣いで見るルミにアルヴィーノがダメだということは到底できなかった。
しかし一緒に参加したところでルミに内容を理解できるはずもないこと、それによって退屈させてしまうことは火を見るよりも明らかで。
アルヴィーノは片膝をつきルミに目線を合わせ楽しいものではありませんよ?と聞くと、それでも王子様のかっこいいとこが見たい!と抱きつかれた。

「仕方ありませんね。では、一緒に行きましょうか」
「うんっ。ありがと! 王子様!」

そうしてアルヴィーノは彼を連れ皆の待つ軍議の間へと向かった。

そして現在。
アルヴィーノは冷徹な眼差しで戦況を分析しつつも、椅子の下に置いたルミの足を、自身の足でそっと包み込むようにして「守り」の姿勢を崩さない。

​「――よって、北の防衛ラインは……」

​将軍たちが矢継ぎ早に難しい言葉を飛ばす。
ルミは「かっこいい王子様」を見ようと一生懸命に目を見開いていたが、慣れない数字と地名の羅列に、次第にその大きな瞳がとろんと揺れ始めた。

​(……むずかしいな。王子様、ずっとお話ししててすごい……)

​ルミにとって、それはまるで遠い国の物語のように耳を通り抜けていく。
戦場の地名も、補給路の確保も、今のルミには子守唄と変わらない。
ただただ自分の王子様がかっこいいことしかわからない。
こくり、と小さく船を漕ぐ。
もう一度、こくり。
そしてついに、ルミはこてりと、隣に座るアルヴィーノの肩に頭を預けて完全に寝息を立て始めてしまった。
​軍議の空気は、一瞬で凍りついた。
将軍たちが言葉を詰まらせ、恐る恐るアルヴィーノの顔色を窺う。
アルヴィーノは地図に落としていた視線を、ゆっくりと横へと移した。
そこには、無防備にも自身の肩を枕にして、すやすやと幸せそうな寝顔を晒す宝物がいる。
​アルヴィーノの表情から、戦術を論じていた冷徹な軍師の貌が、完全に霧散した。
彼は将軍たちに向けた視線を、氷よりも冷たく、そして鋭く静めた。

​「……見ての通りです」

​アルヴィーノは、まるで呼吸さえ妨げぬよう、極めて丁寧にルミの背中に手を回した。
先ほどまで「領土奪還の最短ルート」を熱弁していた声が、嘘のように低く、甘く、それでいて絶対的な拒絶を孕んだものに変わる。

​「……私のルミが休息の時間に入りました。これ以上の騒音は、貴様らの首を飛ばす理由になります。軍議は中止です。全員、今すぐここから立ち去りなさい」
​「……は、はいっ!」

​将軍たちは戦場でも見せないような速さで礼をすると、音も立てずに退室していく。
静まり返った部屋に、ルミの規則正しい寝息だけが響く。
​アルヴィーノはルミを抱きかかえると、戦術の駒が散らばる机など一瞥もせず、ただ愛おしそうにその額に唇を寄せた。

​「……お疲れ様です、ルミ。難しい話など、貴方に必要ありませんね」

​彼はルミを抱えたまま、軍議の席を後にした。
国の大事よりも、その小さな寝顔の方が、アルヴィーノにとっては遥かに重大な優先事項なのだから。
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