主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
ルミはいつアルヴィーノにわがままを言うか悩んでいた。
そのまま数日が過ぎ、今二人は朝の光を受けて静かに輝いている王宮の廊下を歩いていた。
磨き上げられた大理石の床は歩く者の姿を淡く映し、天井の高い回廊には、規則正しい足音だけが響いている。
アルヴィーノは、今日も完璧な姿勢で歩いていた。
向かう先は、王宮の中庭にある温室。
ルミが好きな、色とりどりの花が咲く静かな場所だ。
その一歩後ろを、いつも通りにルミが静かに付き従う。
だが、今日は違った。
「王子様」
「……? どうしました? 早かったですか?」
「あ、いや、あの、違くて……、えっと、あのね……。……おてて、つないでも、いい……?」
その声は、胸の奥で震える小さな羽音のようにか細く、けれど確かに勇気を振り絞った“初めてのわがまま”だった。
アルヴィーノは歩みを止めた。
振り返ると、初めてのわがままにルミの水色の瞳が、不安と期待で揺れている。
その瞬間アルヴィーノの胸に、ほんの一瞬だけ迷いが生まれた。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ、アルヴィーノは自分の立場を思い出した。
この城では冷徹な第二王子として呼ばれていたこと。
慈悲なき軍師として恐れられていたこと。
そんな自分が例の件で狂ってしまったとしばらく城の中で噂が流れておりそれを払拭するのにどれだけ時間がかかったかを。
やっとその噂もなくなりいつも通りの日常がやってきたというのに今この場で彼の手を取ればまたあらぬ噂が流れる可能性がある事。
全てを踏まえた上でここでこの子のわがままを叶えるべきかと悩んだ。
だがその迷いは、ルミの揺れる瞳を見た瞬間に霧散した。
(……そんなことよりこの子の“初めてのわがまま”の方が、何倍も大事、ですね)
「もちろんです。ルミ」
その手を取る動作は、宝物に触れるように慎重で、けれど迷いのない優しさに満ちていた。
ルミは驚いたように瞬きをし、次の瞬間ぎゅっと握り返した。
その瞬間、廊下の空気がわずかに震えた。
すれ違う兵士たちは、息を呑んだまま背筋を伸ばし、視線を床に落として道を開ける。
メイドたちは、手に持っていた布巾を落としそうになりながら、互いに目を合わせて小さく震えた。
――あの第二王子が、誰かと手をつないで歩いている。
その事実だけで、王宮の空気は静かにざわめき、誰もが息を潜めて二人の通り過ぎるのを待った。
「えへへ……嬉しい……。王子様、ありがと」
「このくらいたやすいことですよ。ルミ」
当のルミは、周囲の異常な反応に気づかずただ幸せそうにアルヴィーノの手を握って歩いていた。
だが。
「……っ」
ルミの小さな足が、アルヴィーノの歩幅に追いつけず、ほんの少しの段差でつまずいてしまう。
その瞬間、アルヴィーノの腕が素早く伸び、ルミの腰をしっかりと支えた。
「危ないですよ、ルミ」
低く、優しい声。
ルミは恥ずかしそうに俯いた。
「ご、ごめんなさい……」
「謝る必要はありません。歩幅が合わないのは当然です。このまま歩いてもまた転ぶだけですね……。なら……」
アルヴィーノは一度ルミの手を離し、代わりにその華奢な身体をそっと抱き上げた。
その姿はまるで本物のお姫様と王子様のようで。
「ひゃ……っ」
「温室まで抱いていきます。あなたが転んだら大変ですから」
ルミはアルヴィーノの胸元にしがみつき、小さく「……うん」と呟いた。
しかし、抱き上げられたことで離れてしまった手を惜しむように、ルミはもじもじとアルヴィーノの服を握りしめた。
「……王子様」
「……? どうしました?」
「……おてて……」
ルミが恥ずかしそうに頬を赤らめて囁くと、アルヴィーノは一瞬、言葉を失ったように目を見開いた。
抱き上げた反動で離れてしまっていたなとアルヴィーノはふっと唇を緩めると、空いている方の手をそっと伸ばし、ルミの小さな手を自身の大きな掌で包み込んだ。
ルミの指が、アルヴィーノの指の間にしっかりと絡められる。
「えへへ……あったかい……」
ルミが満足そうに、ぎゅっと握り返す。
その姿を見て、廊下にいた者たちは誰一人声を出せず、ただ静かに頭を垂れた。
第二王子が、あの少年を抱き上げ、さらにはその手まで慈しむように握りしめて歩いている。
まるで見てはいけないものを見てしまったかのように誰一人として彼らが去るまで上げようとしない。
アルヴィーノは周囲の視線など一切気にせず、ルミを胸に抱いたまま、そしてその手を離さぬまま、そのまま温室へと向かっていった。
そのまま数日が過ぎ、今二人は朝の光を受けて静かに輝いている王宮の廊下を歩いていた。
磨き上げられた大理石の床は歩く者の姿を淡く映し、天井の高い回廊には、規則正しい足音だけが響いている。
アルヴィーノは、今日も完璧な姿勢で歩いていた。
向かう先は、王宮の中庭にある温室。
ルミが好きな、色とりどりの花が咲く静かな場所だ。
その一歩後ろを、いつも通りにルミが静かに付き従う。
だが、今日は違った。
「王子様」
「……? どうしました? 早かったですか?」
「あ、いや、あの、違くて……、えっと、あのね……。……おてて、つないでも、いい……?」
その声は、胸の奥で震える小さな羽音のようにか細く、けれど確かに勇気を振り絞った“初めてのわがまま”だった。
アルヴィーノは歩みを止めた。
振り返ると、初めてのわがままにルミの水色の瞳が、不安と期待で揺れている。
その瞬間アルヴィーノの胸に、ほんの一瞬だけ迷いが生まれた。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ、アルヴィーノは自分の立場を思い出した。
この城では冷徹な第二王子として呼ばれていたこと。
慈悲なき軍師として恐れられていたこと。
そんな自分が例の件で狂ってしまったとしばらく城の中で噂が流れておりそれを払拭するのにどれだけ時間がかかったかを。
やっとその噂もなくなりいつも通りの日常がやってきたというのに今この場で彼の手を取ればまたあらぬ噂が流れる可能性がある事。
全てを踏まえた上でここでこの子のわがままを叶えるべきかと悩んだ。
だがその迷いは、ルミの揺れる瞳を見た瞬間に霧散した。
(……そんなことよりこの子の“初めてのわがまま”の方が、何倍も大事、ですね)
「もちろんです。ルミ」
その手を取る動作は、宝物に触れるように慎重で、けれど迷いのない優しさに満ちていた。
ルミは驚いたように瞬きをし、次の瞬間ぎゅっと握り返した。
その瞬間、廊下の空気がわずかに震えた。
すれ違う兵士たちは、息を呑んだまま背筋を伸ばし、視線を床に落として道を開ける。
メイドたちは、手に持っていた布巾を落としそうになりながら、互いに目を合わせて小さく震えた。
――あの第二王子が、誰かと手をつないで歩いている。
その事実だけで、王宮の空気は静かにざわめき、誰もが息を潜めて二人の通り過ぎるのを待った。
「えへへ……嬉しい……。王子様、ありがと」
「このくらいたやすいことですよ。ルミ」
当のルミは、周囲の異常な反応に気づかずただ幸せそうにアルヴィーノの手を握って歩いていた。
だが。
「……っ」
ルミの小さな足が、アルヴィーノの歩幅に追いつけず、ほんの少しの段差でつまずいてしまう。
その瞬間、アルヴィーノの腕が素早く伸び、ルミの腰をしっかりと支えた。
「危ないですよ、ルミ」
低く、優しい声。
ルミは恥ずかしそうに俯いた。
「ご、ごめんなさい……」
「謝る必要はありません。歩幅が合わないのは当然です。このまま歩いてもまた転ぶだけですね……。なら……」
アルヴィーノは一度ルミの手を離し、代わりにその華奢な身体をそっと抱き上げた。
その姿はまるで本物のお姫様と王子様のようで。
「ひゃ……っ」
「温室まで抱いていきます。あなたが転んだら大変ですから」
ルミはアルヴィーノの胸元にしがみつき、小さく「……うん」と呟いた。
しかし、抱き上げられたことで離れてしまった手を惜しむように、ルミはもじもじとアルヴィーノの服を握りしめた。
「……王子様」
「……? どうしました?」
「……おてて……」
ルミが恥ずかしそうに頬を赤らめて囁くと、アルヴィーノは一瞬、言葉を失ったように目を見開いた。
抱き上げた反動で離れてしまっていたなとアルヴィーノはふっと唇を緩めると、空いている方の手をそっと伸ばし、ルミの小さな手を自身の大きな掌で包み込んだ。
ルミの指が、アルヴィーノの指の間にしっかりと絡められる。
「えへへ……あったかい……」
ルミが満足そうに、ぎゅっと握り返す。
その姿を見て、廊下にいた者たちは誰一人声を出せず、ただ静かに頭を垂れた。
第二王子が、あの少年を抱き上げ、さらにはその手まで慈しむように握りしめて歩いている。
まるで見てはいけないものを見てしまったかのように誰一人として彼らが去るまで上げようとしない。
アルヴィーノは周囲の視線など一切気にせず、ルミを胸に抱いたまま、そしてその手を離さぬまま、そのまま温室へと向かっていった。
