主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
丸三日の強制睡眠と、完璧な栄養管理を経て、アルヴィーノはついに「完璧な第二王子」としての美貌と体力を完全に取り戻した。
鏡の前で自身の顔色をチェックし、ルミを怯えさせない万全の状態であることを確認すると、彼は焦る心を必死に自制しながら、静かにルミの待つ医療室の扉を開けた。
「……アルヴィーノか。顔色が戻って安心したよ」
部屋に入ると、ベッドの傍らにいたアルフレッドが、いつも通りの笑顔で迎えられた。
ベッドの上では、すでに意識を取り戻していたルミが、水色の瞳を大きく見開いてアルヴィーノを見つめている。
まだ様々な機械や管は繋がれたままだが、その表情には、数日前のあの狂乱したパニックの色彩はなかった。
アルフレッドは、弟のルミへと向かう張り詰めた視線を見るなり、クスリと小さく微笑んだ。
「ちょうど彼の状態も安定したところだ。僕は少し席を外すから二人で、ゆっくりお話しするといいよ」
そう言うと、アルフレッドは空気を読んで周囲の医官たちもすべて連れて、足早に医療室を出て行った。
バタン、と静かに扉が閉まり、室内にはたちまち二人だけの静かな空間が広がる。
「王子様……あの、俺……」
ルミの、消え入りそうな声が静寂を叩いた。
アルヴィーノは一歩、また一歩とベッドへ近づき、その横に腰掛ける。
数日前、あれほど激しくガタガタと震えていた両手は、今はもう震えていない。
けれど、その手は吸い寄せられるように、再びルミの細い手をそっと握りしめていた。
お互いの視線が交差する。
そして、どちらからともなく、小さく唇が動いた。
「ごめんなさい」
「すみませんでした」
完璧に重なった謝罪の言葉に、二人は一瞬、互いに目を丸くした。
「王子様……、俺、壊れちゃって……お人形なのに、ちゃんと戦えなくて、王子様をボロボロにしちゃって……ごめんなさい……っ。俺、今度はちゃんと王子様のお人形として動くからっ、壊れないように、するからっ」
ルミの目から、また大粒の涙が溢れそうになる。
それを、アルヴィーノはもう片方の手で、驚くほど優しく指先で遮った。
「違う、違うのです、ルミ。……謝らなければならないのは、私の方です。貴方をただの都合の良い『駒』として扱い、あんな無茶な作戦に投入し……壊れるまで戦わせた。貴方をそんな目に遭わせたのは、すべて私の、主としての未熟さと、思い上がりのせいです。本当に……すみませんでした」
アルヴィーノは低く、掠れた声で、これまでの冷徹な自分を断罪するように頭を下げた。
ルミは息を呑んだ。
あのプライドの高い王子様が、自分のような道具に、こんなにも深く頭を下げて謝っている。
「……王子、様……?」
「ルミ」
アルヴィーノは顔を上げると、ルミの水色の瞳をまっすぐに見つめ、ずっと胸の奥で燻っていた、最大にして最高の宣告を口にした。
「もう……あなたは私のお人形じゃなくていいんですよ」
「え……?」
「貴方はもう、私の道具でも、駒でも、お人形でもありません。だから……これからはもう、私のために傷つく必要も、戦う必要もないのです」
それは、アルヴィーノなりの最大限の「愛の解放」だった。
ルミをこれ以上兵器としてすり潰したくない、一人の人間として生きてほしいという、彼の成長の証だった。
――だが、ルミにとっては違った。
「おにんぎょーじゃ……なくて、いい……?」
ルミの水色の瞳が、みるみるうちに絶望と戸惑いで染まっていく。
ルミの小さな脳みそにとって、『お人形でなくなること』『戦わなくてよくなること』は、主からの解放ではなく、すなわち【お前はもう、道具としての価値すらなくなったから、捨てられる】という意味に直結してしまったのだ。
「あ……、いや、だ……。おーじさま、おれ、おにんぎょーだから……! まだ動けるから、治ったら、また戦えるよ……! だから捨てないで……っ、おーじさまの『駒』のままでいさせて……!!」
ガタガタとベッドの上でパニックを起こし、拒絶を恐れてボロボロと涙を流し始めるルミ。
「なっ……!? ち、違います、ルミ! 捨てるわけがないでしょう! なぜそうなるのですか!?」
せっかく仲直りして、自身の愛を伝えたつもりだったアルヴィーノは、ルミのまさかの反応に激しく動転した。
元々、他人に好意を伝える経験など皆無の人生だ。
ましてや、歪んだ主従関係を続けてきたせいで、一番肝心な言葉が、圧倒的に足りていなかった。
「おれ、お仕事がんばるから……っ、捨てないで……っ」
「だから、仕事などもうどうでもいいと言っているのです! 私はただ、貴方に――」
わあわあ泣きじゃくるルミと、言葉が足りずに焦るアルヴィーノ。
けれど、アルヴィーノはハッと、三日前の兄の言葉を思い出した。
『そんな顔で会いに行ったら、あの子が怯えてしまうよ』
(そうだ……焦って言葉をぶつけては、またあの子を追い詰める……!)
アルヴィーノは深く息を吸い、自制のネジをもう一段階締め直した。
そして、泣き叫ぶルミの小さな身体を、壊れ物を扱うかのような、けれど絶対に離さないという強固な意志を込めて、ぎゅっと力強く抱きしめた。
「っ……、おーじ、さま……?」
突然の温かい抱擁に、ルミの思考が停止する。
「……言葉が足りませんでした。私の話を、よく聞きなさい、ルミ」
アルヴィーノはルミの耳元で、心臓の音が聞こえるほど近くで、一文字ずつ、噛み締めるように囁いた。
「私が言ったのは、貴方を捨てるという意味ではない。……その逆です。貴方がお人形でなくなっても、私は貴方を、絶対に私の側から離さない。これからは、私の大事な『駒』としてではなく、私の……私だけの、かけがえのない『ルミ』として、一生をかけて愛し抜きたいのです」
「王子様だけの……おれ……?」
「そうです。だから、もう怯える必要はありません。貴方が望むなら、どんなわがままも私がすべて叶えましょう」
アルヴィーノの胸の温もりと、言葉の足りなさを埋めるための、泥臭いほどの必死な愛の告白。
ここまで聞いてようやくアルフレッドに言われていた『アルヴィーノは君を失うのが世界で一番怖かったんだよ』という言葉が、ルミの心の中で完璧に結びついた。
(王子様は……俺が、お人形じゃなくても……ずっと、一緒にいてくれるの……?)
トクン、トクン、とルミの胸の魔力炉の音が、今度は心地よい温かさで脈打ち始める。
ルミは動かない腕を、ほんの少しだけ必死に動かして、アルヴィーノの背中の服をキュッと凝縮するように掴んだ。
「おーじ、さま……。俺、お人形じゃなくても、ずっと、王子様の隣に、いていいの……?」
「ええ。もちろん」
「ほんとに……?」
「本当ですよ」
「ずっと……?」
「ずーっとです」
白く無機質な医療室の中で、ようやく、本当の意味で二人の心がぴったりと通じ合った。
「俺、嬉しい……。もう、捨てられるって思わなくていいんだよね……? ずっと、王子様のそばにおいてもらえるんだよね……? あの怖いとこに戻されないんだよね……?」
「ええ。捨てませんし離しません。これからはずっと一緒ですよ。ですが、そうですね。あそこが残っていると怖いでしょう? まずは手始めにあの場所と、あの場所を実質経営していた貴族たちを根絶やしにしましょう。手伝ってくれますか?」
「王子様も一緒に行ってくれるの……?」
不安そうに尋ねるルミにアルヴィーノは今まで彼を単独で戦場に送っていたことを思い出し、あの時は仕方なかったとは言え自分のしたことに自己嫌悪を覚えながら、私も行きますと答えた。
その答えに目の前の彼の表情がぱぁっと明るくなる。
ルミの力を最大限に引き出し、味方の負傷を極限まで減らすためにいつも単独で飛び込ませていたが、彼自身はいつも独りぼっちで空を舞っていたのが不安で、寂しかったのだろう。
一緒に行ってもらえる、しかもそれが大好きな人なのであればそれはたまらなく幸せなことで。
「王子様の魔法、また見れる?」
「あなたが望むのであれば見せましょう」
「ほんと? やった。俺ね、初めてみたときから王子様の魔法ってすごいなきれいだなって思ってたの。だからまた見れるの嬉しい」
こうして自分を肯定してくれる言葉もくれるルミにアルヴィーノは再び彼に対して愛しさを感じた。
それと同時にやはりこの子がいないとダメなんだと改めて認識させられる。
「ですがまずは、ケガを完治させることが最優先です。治るまで安静にしていなさい。ルミ」
「はーい。あ、王子様もね! ちゃんとお休みしてね!」
「善処します」
そう言い合って二人はどちらからともなく笑い合っていた。
鏡の前で自身の顔色をチェックし、ルミを怯えさせない万全の状態であることを確認すると、彼は焦る心を必死に自制しながら、静かにルミの待つ医療室の扉を開けた。
「……アルヴィーノか。顔色が戻って安心したよ」
部屋に入ると、ベッドの傍らにいたアルフレッドが、いつも通りの笑顔で迎えられた。
ベッドの上では、すでに意識を取り戻していたルミが、水色の瞳を大きく見開いてアルヴィーノを見つめている。
まだ様々な機械や管は繋がれたままだが、その表情には、数日前のあの狂乱したパニックの色彩はなかった。
アルフレッドは、弟のルミへと向かう張り詰めた視線を見るなり、クスリと小さく微笑んだ。
「ちょうど彼の状態も安定したところだ。僕は少し席を外すから二人で、ゆっくりお話しするといいよ」
そう言うと、アルフレッドは空気を読んで周囲の医官たちもすべて連れて、足早に医療室を出て行った。
バタン、と静かに扉が閉まり、室内にはたちまち二人だけの静かな空間が広がる。
「王子様……あの、俺……」
ルミの、消え入りそうな声が静寂を叩いた。
アルヴィーノは一歩、また一歩とベッドへ近づき、その横に腰掛ける。
数日前、あれほど激しくガタガタと震えていた両手は、今はもう震えていない。
けれど、その手は吸い寄せられるように、再びルミの細い手をそっと握りしめていた。
お互いの視線が交差する。
そして、どちらからともなく、小さく唇が動いた。
「ごめんなさい」
「すみませんでした」
完璧に重なった謝罪の言葉に、二人は一瞬、互いに目を丸くした。
「王子様……、俺、壊れちゃって……お人形なのに、ちゃんと戦えなくて、王子様をボロボロにしちゃって……ごめんなさい……っ。俺、今度はちゃんと王子様のお人形として動くからっ、壊れないように、するからっ」
ルミの目から、また大粒の涙が溢れそうになる。
それを、アルヴィーノはもう片方の手で、驚くほど優しく指先で遮った。
「違う、違うのです、ルミ。……謝らなければならないのは、私の方です。貴方をただの都合の良い『駒』として扱い、あんな無茶な作戦に投入し……壊れるまで戦わせた。貴方をそんな目に遭わせたのは、すべて私の、主としての未熟さと、思い上がりのせいです。本当に……すみませんでした」
アルヴィーノは低く、掠れた声で、これまでの冷徹な自分を断罪するように頭を下げた。
ルミは息を呑んだ。
あのプライドの高い王子様が、自分のような道具に、こんなにも深く頭を下げて謝っている。
「……王子、様……?」
「ルミ」
アルヴィーノは顔を上げると、ルミの水色の瞳をまっすぐに見つめ、ずっと胸の奥で燻っていた、最大にして最高の宣告を口にした。
「もう……あなたは私のお人形じゃなくていいんですよ」
「え……?」
「貴方はもう、私の道具でも、駒でも、お人形でもありません。だから……これからはもう、私のために傷つく必要も、戦う必要もないのです」
それは、アルヴィーノなりの最大限の「愛の解放」だった。
ルミをこれ以上兵器としてすり潰したくない、一人の人間として生きてほしいという、彼の成長の証だった。
――だが、ルミにとっては違った。
「おにんぎょーじゃ……なくて、いい……?」
ルミの水色の瞳が、みるみるうちに絶望と戸惑いで染まっていく。
ルミの小さな脳みそにとって、『お人形でなくなること』『戦わなくてよくなること』は、主からの解放ではなく、すなわち【お前はもう、道具としての価値すらなくなったから、捨てられる】という意味に直結してしまったのだ。
「あ……、いや、だ……。おーじさま、おれ、おにんぎょーだから……! まだ動けるから、治ったら、また戦えるよ……! だから捨てないで……っ、おーじさまの『駒』のままでいさせて……!!」
ガタガタとベッドの上でパニックを起こし、拒絶を恐れてボロボロと涙を流し始めるルミ。
「なっ……!? ち、違います、ルミ! 捨てるわけがないでしょう! なぜそうなるのですか!?」
せっかく仲直りして、自身の愛を伝えたつもりだったアルヴィーノは、ルミのまさかの反応に激しく動転した。
元々、他人に好意を伝える経験など皆無の人生だ。
ましてや、歪んだ主従関係を続けてきたせいで、一番肝心な言葉が、圧倒的に足りていなかった。
「おれ、お仕事がんばるから……っ、捨てないで……っ」
「だから、仕事などもうどうでもいいと言っているのです! 私はただ、貴方に――」
わあわあ泣きじゃくるルミと、言葉が足りずに焦るアルヴィーノ。
けれど、アルヴィーノはハッと、三日前の兄の言葉を思い出した。
『そんな顔で会いに行ったら、あの子が怯えてしまうよ』
(そうだ……焦って言葉をぶつけては、またあの子を追い詰める……!)
アルヴィーノは深く息を吸い、自制のネジをもう一段階締め直した。
そして、泣き叫ぶルミの小さな身体を、壊れ物を扱うかのような、けれど絶対に離さないという強固な意志を込めて、ぎゅっと力強く抱きしめた。
「っ……、おーじ、さま……?」
突然の温かい抱擁に、ルミの思考が停止する。
「……言葉が足りませんでした。私の話を、よく聞きなさい、ルミ」
アルヴィーノはルミの耳元で、心臓の音が聞こえるほど近くで、一文字ずつ、噛み締めるように囁いた。
「私が言ったのは、貴方を捨てるという意味ではない。……その逆です。貴方がお人形でなくなっても、私は貴方を、絶対に私の側から離さない。これからは、私の大事な『駒』としてではなく、私の……私だけの、かけがえのない『ルミ』として、一生をかけて愛し抜きたいのです」
「王子様だけの……おれ……?」
「そうです。だから、もう怯える必要はありません。貴方が望むなら、どんなわがままも私がすべて叶えましょう」
アルヴィーノの胸の温もりと、言葉の足りなさを埋めるための、泥臭いほどの必死な愛の告白。
ここまで聞いてようやくアルフレッドに言われていた『アルヴィーノは君を失うのが世界で一番怖かったんだよ』という言葉が、ルミの心の中で完璧に結びついた。
(王子様は……俺が、お人形じゃなくても……ずっと、一緒にいてくれるの……?)
トクン、トクン、とルミの胸の魔力炉の音が、今度は心地よい温かさで脈打ち始める。
ルミは動かない腕を、ほんの少しだけ必死に動かして、アルヴィーノの背中の服をキュッと凝縮するように掴んだ。
「おーじ、さま……。俺、お人形じゃなくても、ずっと、王子様の隣に、いていいの……?」
「ええ。もちろん」
「ほんとに……?」
「本当ですよ」
「ずっと……?」
「ずーっとです」
白く無機質な医療室の中で、ようやく、本当の意味で二人の心がぴったりと通じ合った。
「俺、嬉しい……。もう、捨てられるって思わなくていいんだよね……? ずっと、王子様のそばにおいてもらえるんだよね……? あの怖いとこに戻されないんだよね……?」
「ええ。捨てませんし離しません。これからはずっと一緒ですよ。ですが、そうですね。あそこが残っていると怖いでしょう? まずは手始めにあの場所と、あの場所を実質経営していた貴族たちを根絶やしにしましょう。手伝ってくれますか?」
「王子様も一緒に行ってくれるの……?」
不安そうに尋ねるルミにアルヴィーノは今まで彼を単独で戦場に送っていたことを思い出し、あの時は仕方なかったとは言え自分のしたことに自己嫌悪を覚えながら、私も行きますと答えた。
その答えに目の前の彼の表情がぱぁっと明るくなる。
ルミの力を最大限に引き出し、味方の負傷を極限まで減らすためにいつも単独で飛び込ませていたが、彼自身はいつも独りぼっちで空を舞っていたのが不安で、寂しかったのだろう。
一緒に行ってもらえる、しかもそれが大好きな人なのであればそれはたまらなく幸せなことで。
「王子様の魔法、また見れる?」
「あなたが望むのであれば見せましょう」
「ほんと? やった。俺ね、初めてみたときから王子様の魔法ってすごいなきれいだなって思ってたの。だからまた見れるの嬉しい」
こうして自分を肯定してくれる言葉もくれるルミにアルヴィーノは再び彼に対して愛しさを感じた。
それと同時にやはりこの子がいないとダメなんだと改めて認識させられる。
「ですがまずは、ケガを完治させることが最優先です。治るまで安静にしていなさい。ルミ」
「はーい。あ、王子様もね! ちゃんとお休みしてね!」
「善処します」
そう言い合って二人はどちらからともなく笑い合っていた。
