主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

狂愛の檻と、光の揺り籠㊷

リリィと心も身体も深く結ばれ、真実の愛を手に入れたレオ。
これ以上ないほどの幸福に包まれているはずの彼の胸の奥には、しかし、たったひとつだけ、どうしても消えない苦い「蟠り」が残っていた。
それはまだ、自分が何者でもなく、ただただ無力で、己の感情に振り回されていた未熟なあの日の記憶。
ルミへの抑えきれない恋心と焦燥感が爆発し、勢いのままに彼を押し倒してしまった、あの嵐の夜。
ルミから明確な「拒絶」を突きつけられ、自分の愚かさに打ちのめされた、あのあの日。
愛が憎しみへと変わりかけたこともあった。
けれど、本当の愛を知った今なら、あの時の自分の行動がどれほど独善的で、どれほどルミを傷つけるものだったのかが、痛いほどによく分かる。

(私は、ルミにぃにまだ、一番大切な言葉を伝えていない……)

今、隣には、自分を信じて全てを委ねてくれた愛しいリリィがいる。
ルミへの歪んだ執着から完全に解き放たれ、一人の男として、王子として前を向いた今だからこそ、過去の過ちに決着をつける時だと、レオは確信していた。

「リリィ。少し、私に付き合ってくれませんか? 私の、過去の愚行に……ケジメをつけに行きたいのです」
「レオ様……? はい、レオ様がいっしょなら、どこへでも……っ」

レオはリリィの小さな手を優しく、けれどしっかりと握り締め、意を決してアルヴィーノの私室へと向かった。
重厚な扉の前に立ち、レオは深く息を吸い込んでノックをする。
中から「どうぞ」という、アルヴィーノの低く落ち着いた声が響いた。
扉を開けると、そこにはいつもの光景があった。
机で何やら書類に目を通しているアルヴィーノと、その傍らで楽しそうにハーブティーを淹れているルミ。
お披露目の舞踏会を終え、すっかりいつもの日常に戻った二人の空間がそこにはあった。

「おや、レオにリリィ。珍しい組み合わせですね。何か、私に戦略の相談でも?」

アルヴィーノが眼鏡を少し上げ、不思議そうに視線を向ける。ルミも「レオ、リリィちゃん、いらっしゃい!」と無邪気な笑顔で振り返った。

レオは握っていたリリィの手をそっと離し、一歩、前へと踏み出す。
そして、ルミの正面に立つと、かつての王子としてのプライドや、無意味な反発心をすべて捨て去るように、真っ直ぐに彼女の、水色の瞳を見つめた。

「……ルミにぃ」

昔、まだ自分が子供だった頃に呼んでいた、懐かしいその愛称が、レオの唇から自然と零れ落ちる。
その呼び方に、アルヴィーノの動きがぴたりと止まり、ルミもまた、驚いたように目を丸くした。

「……あの時は、本当にごめんなさい」

レオは深く、深く、頭を下げた。

「貴方の心を無視して、自分の感情を押し付け、あんな乱暴なことをしてしまった。深く、傷つけてしまった。……ずっと、謝りたかった。本当に、申し訳ありませんでした」

静まり返る室内に、レオの誠実な謝罪の言葉だけが響く。
隣に立つリリィは、レオの背中を、静かに、けれどそっと支えるように見守っていた。
レオが過去の傷と向き合い、本当の意味で前へ進もうとするその強さを、彼は誰よりも誇らしく思っていた。

「……レオ」

頭を深く下げたままのレオの前で、ルミは驚いたようにその水色の瞳を丸くしていた。
いつも通りの愛らしい天青色のドレスを纏い、誰もが少女と見紛うほどの可憐さを放つルミ。
その胸の内にあるのは、レオを時に優しく、時に厳しく導こうとしてくれた、一人の気高き「お兄ちゃん」としての魂だった。
ルミは手にしたティーカップをそっと机に置くと、レオの元へと歩み寄り、その肩に優しく手を置いた。

「顔を上げて、レオ。俺にはもう、レオを責めるつもりなんて、これっぽっちもないよ」
「ルミにぃ……」

促されて顔を上げたレオの瞳に、ルミはいつもの、けれどどこかお兄ちゃんのような、柔らかく温かい微笑みを向けた。

「あの夜のことはね、俺のほうこそ、ずっとレオに謝らなくちゃいけないって思っていたんだ。俺……レオが可愛いからって、ちょっと距離感が近すぎたり、思わせぶりな態度を取っちゃってたでしょ? レオの真っ直ぐな気持ちに、ちゃんとした態度で向き合えていなかったのは、俺のほうだよ。本当に、ごめんなさい」

ルミはペコリと、少しおどけたように、けれど誠心誠意を込めて頭を下げた。

「はい! もう全部おしまい! レオが今、隣にいるリリィちゃんを世界で一番大切にしているのを見れば、どれだけ立派な大人になったか、俺が一番よく分かってるもん。だから……ね?」

ルミがいたずらっぽくウインクをして見せると、レオの胸の中にずっと残っていた、冷たくて苦い蟠りが、初夏の雪のように綺麗に溶けていくのが分かった。

「……はい。ありがとうございます、ルミにぃ」
「うん! やっぱりレオは、そうやって笑ってる顔が一番かっこいいよ!」

張り詰めていた空気が一気に和らぎ、二人はどちらからともなく、心の底から溢れ出た笑顔を交わし合った。
かつての歪な執着でも、気まずい沈黙でもない。本当の意味で過去を乗り越えた、従兄弟であり、兄弟のようでもあった、二人の男としての本当の和解だった。

「やれやれ……。私の部屋で勝手に感動のドラマを繰り広げないでいただけますか、二人とも」

机の向こうで、アルヴィーノが呆れたようにため息をつきながらも、その紫色の瞳には微かな満足感が浮かんでいる。
その隣で、リリィもまた、レオの晴れやかな横顔を見て、嬉しそうに胸元で小さな手をきゅっと握りしめていた。

ようやく取り戻した、本当の笑顔。
新緑の王子と天青の天使は、過去の傷を優しい思い出へと変えながら、それぞれの愛する人の傍らで、今度こそ対等な家族として、温かく笑い合うのだった。
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