主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

狂愛の檻と、光の揺り籠㊲


「では、リリィさん。この束をレオに一枚ずつ回してくれるかい?」
「はい……! おうさま、おまかせください、です」

アルフレッドから書類の束を受け取ったリリィは、落とさないように両手でそれを大事に抱え、そっと一枚ずつ丁寧に取り出した。
そして、隣に座るレオの顔を覗き込むようにして、辿々しく、けれど確実に手渡していく。

「レオ様、つぎの……かみ、です……」
「ありがとうございます、リリィ」

レオはリリィから書類を受け取ると、腫ぼったい目元をきりりと引き締め、素早く内容に目を通した。

『東部街道の舗装崩落に関する陳情書』――これは内務省の土木部門へ。
『魔力残留による家畜の体調不良報告』――これは魔導省の生物調査部門へ。
『村民への慰問物資の支給要請』――これは財務省の国庫支出へ。

昨夜までの焦燥感はどこへやら、レオは驚くほど冷静に、かつ正確にそれぞれの分野ごとの山へと書類を仕分けていく。
リリィが「つぎです……」「これは、おおきいかみ、です……」と健気に書類を渡し、レオがそれを流れるような手足で捌いていく。
その息の合った繰り返しは、まるで小さな歯車が美しく噛み合って回り始めたかのようだった。

「ふふ、本当によく息が合っていますこと」
「ああ、本当にね。僕たちの出る幕がないくらいだよ」

机の向こう側からその様子を眺めていたアルフレッドとエルザは、自然と顔を見合わせ、胸の奥が温かくなるような微笑ましい気持ちに包まれていた。
大人たちに守られるだけだった雛鳥たちが、自らの意思で隣に並び、手を取り合って未来へ歩き出そうとしている。
その健気で愛らしい姿は、徹夜続きで限界を迎えていたアルフレッドの心に、何よりの活力(エネルギー)を与えてくれた。

「よし! 子供たちがあんなに頑張ってくれているんだ。僕も父親の威厳を見せないとね!」
「ええ、その意気です、アルフレッド様。さあ、一気に片付けてしまいましょう」

俄然やる気を取り戻したアルフレッドは、再びペンを力強く握り直した。
レオが完璧に仕分けてくれたおかげで、決済のスピードは格段に跳ね上がる。
エルザが流れるような動作でお茶を注ぎ足し、書類に確認の印を押していく。
カサ、カサ、と小気味よい紙の音だけが響く執務室。

弟たちが残していった理不尽な破壊の痕跡は、今、家族四人の温かな連携によって、さくさくと小気味よく片付けられていく。
窓から差し込む朝の光はどこまでも優しく、新しく紡がれるレイストール王国の、そして若き二人の幸福な未来を祝福するように、部屋全体を暖かく包み込んでいた。
カリカリ、とアルフレッドのペンが最後の書類に滑らかなサインを刻み込む。

「――よし、これで全部終わりだ!」

アルフレッドがふぅーっと深い溜め息とともにペンを置き、ようやく完成した美しい白木の机を見つめた。
山積みだった書類はすべて綺麗に片付き、それぞれの省庁ごとに美しく整頓されている。

「お疲れ様でした、アルフレッド様。本当に、よく頑張りましたね」

エルザが淹れたてのハーブティーを差し出しながら微笑む。アルフレッドはそれを受け取り、「二人のおかげだよ」とソファの方へ視線を向け――そして、その動きをぴたりと止めた。

そこには、静かな寝息を立てる小さな二人の姿があった。

病み上がりの体で、慣れない大人の書類仕事に付きっ切りだったのだ。
最後の1枚をリリィがレオに手渡し、レオがそれを仕分けた瞬間、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れてしまったのだろう。
レオはソファの背もたれに体を預け、リリィはそんなレオの肩に頭をこてんと乗せるようにして、寄り添い合って眠っていた。
リリィの小さな手は、まだレオの服の袖をぎゅっと握り締めている。
お互いの泣き腫らした目元は少しだけ落ち着き、その表情は驚くほど穏やかで、満ち足りていた。

「……お疲れ様、レオ、リリィさん。本当に助かったよ、ありがとうね」

アルフレッドは声を潜め、心の底から愛おしそうに目を細めて二人を労った。

エルザはそっと席を立つと、部屋の隅から大きめの柔らかな毛布を持って二人の元へと歩み寄った。
長いドレスの裾を揺らさないよう静かに膝を突き、寄り添う二人の肩を包み込むように、ふわりと毛布を掛けてあげる。

「お疲れ様です、私達の可愛い子供たち。ゆっくり良い夢を見てくださいね……」

エルザは二人の額に優しく触れると、起こさないように細心の注意を払いながら、その愛らしい寝顔をそっと見守った。

窓から差し込む午後の柔らかな光が、毛布に包まれた二人を暖かく照らしている。
大人になるための最初の一歩を立派に踏み出した若き王子と、その傍らで本当の自由を手に入れた少女。
二人の小さな歯車は、いま、この温かな部屋の中で、誰にも邪魔されることのない幸福な未来へ向かって、静かに、そして確かに回り続けていた。
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