主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

狂愛の檻と、光の揺り籠㉟

次の日の朝、差し込む柔らかな光の中で、レオはゆっくりと意識を取り戻した。

まだ重い瞼を押し上げるようにして目を開けると、すぐ目の前に、見慣れた白銀の髪が広がっていた。
先に目覚めていたリリィが、じっとこちらを見つめていたのだ。
お互いに至近距離で目が合う。
そして次の瞬間、二人は同時に、相手の顔を見て言葉を失った。

「……リリィ、その顔は」
「レオ様こそ……凄い顔、してる」

そこにいたのは、いつもの気高き第一王子と、儚げな美少女の姿ではなかった。
一晩中、声を上げて泣きじゃくった二人の顔は、瞼が信じられないほど赤く腫れ上がり、まるで別人のように不恰好だったのだ。
どちらからともなく、ぷっと小さな吹き出し笑いが漏れた。
それはすぐにこらえきれない大笑いへと変わり、二人はベッドの上で顔を見合わせながら、声を上げて笑い出した。
昨日までの絶望も、張り詰めていた恐怖も、そのおかしな顔一つで、朝の光の中に綺麗に溶けていくようだった。

「ふふ、あははは! 本当に、酷い顔だ……!」
「レオ様が、そんな風に笑うの、初めて見た……っ」

ひとしきり笑い合い、お互いの涙の跡を確かめ合うと、胸の奥を満たしていた痛々しい焦燥感が、すっと引いていくのをレオは感じていた。
レオはゆっくりとベッドから起き上がり、シーツの衣擦れの音を立てながら立ち上がった。
体はまだ少し重かったが、不思議と足取りは確かだった。
机の端に、父アルフレッドが残していった、あの重々しい書類が置かれている。

レオはその紙を手に取り、ベッドの上のリリィの元へと歩み寄った。

「リリィ。これを」

リリィが不思議そうに、腫ぼったい赤色の瞳を向ける。
レオはベッドの端に腰掛け、アイゼンハルト帝国の全権使節団がサインした協定書を、彼女の目の前でそっと広げた。

「これは……?」
「父上や叔父上たちが、完璧に勝ち取ってくれた協定書だ。……これによって、アイゼンハルト帝国は貴方の所有権を未来永劫、完全に放棄した。国境の脅威も、叔父上が全て塵へと還してくださったよ。もう、我が国に言いがかりをつけてくる者は誰もいない」

レオは書類を置き、リリィの小さな手を両手でそっと包み込んだ。
自分の無力さに泣いた。
大人たちに頼らざるを得なかった己の未熟さは、今でも死ぬほど悔しい。
だが、その大人たちが繋いでくれたこの結果だけは、本物だ。

「リリィ。もう、何も心配しなくていい。貴方を脅かす世界は、私の大切な人たちが全て壊してくれました。……これからは、私が貴方を守ります。ゆっくりと、時間をかけて、ね」
「レオ様……」

リリィの瞳に、今度は嬉し涙がじわりと滲む。
己の未熟さを知った少年は、今、本物の「大人」へと歩み出すための確かな光を、その胸に灯していた。

「れ、レオ様……っ」

リリィは、目の前に広げられた協定書と、そこに記された故国のサインを、溢れそうになる涙を堪えながらじっと見つめていた。
一言一言を確かめるように、辿々しく言葉を紡ぐ。

「ほんとうに……わたし……もう、あの冷たいお部屋に……つれもどされない、ですか……? ほんとうに、じゆうに……なれたの、ですか……?」
「ええ、本当です」

レオが優しく頷いた瞬間、堪えていたものが決壊した。
リリィは両手で顔を覆い、またポロポロと大粒の涙を流し始めてしまう。
けれど、それは怯えや恐怖の涙ではなく、ずっと彼女を縛り付けていた目に見えない鎖が、完全に解き放たれたことへの安堵の涙だった。
レオはそっとリリィの隣に寄り添い、その小さな肩を包み込むように言葉をかける。

「もう大丈夫です。これからは、あの薄暗い部屋に隠れている必要もない。もう自由に、私の大好きなあの庭園を歩いたって、誰にも文句は言わせない。……リリィの好きなことを、好きなだけしていいんですよ」
「レオ様……っ、レオ様……!」

嬉しくて、胸がいっぱいになって、リリィはたまらなくなったようにレオの胸へと飛び込んだ。
小さな両腕で彼の背中にぎゅっとしがみつき、シーツに顔を埋めるようにして泣きじゃくる。

「ありがとう……ございます……。わたし、レオ様のそばに……ずっと、いたいです……っ」
「ええ、ずっとここにいてください」

レオは愛おしさを噛み締めるように、腕の中の小さな身体を壊れないよう優しく抱きしめ返した。

数日前、自分一人の無力さに絶望し、大人たちの力を借りた己の未熟さに声を上げて泣いたレオ。
だが、リリィのこの温もりと、心からの涙に触れた今、悔しさは消え去っていた。
大人たちに頼ってでも、この笑顔と自由を守り抜けたのなら、それは決して無意味ではない。

「もう大丈夫ですよ、リリィ……」

レオは優しい声音で何度もそう囁きながら、リリィが泣き止むまで、その白銀の髪と細い背中を、大きな手のひらでいつまでも、いつまでも、愛おしげに撫で続けていた。

眩しい朝の光が、新しく始まった二人の自由な世界を、暖かく照らし出していた。
144/152ページ