主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
狂愛の檻と、光の揺り籠㉜
国境沿いに立ち込めていた昏い硝煙と闇の気配を引率し、軍師アルヴィーノ率いる漆黒の軍勢が城へと帰還した。
整然と並び、一糸乱れぬ足取りで進軍する兵たちの表情には、完全勝利の歓喜よりも、絶対的な力を目の当たりにしたことへの畏怖が色濃く残っている。
そしてその中心、アルヴィーノのすぐ後ろには、未だ感情を殺し尽くした「道具」のまま、無機質に歩を進める従者服のルミの姿があった。
城の重厚な正面玄関では、すべてを終わらせた新王アルフレッドが、穏やかな微笑を湛えて彼らを出迎えた。
「おかえり、アルヴィーノ。それに、我が国の精鋭たちも。……君たちの迅速な働きのおかげで、交渉はこれ以上ない完璧な形で結実したよ。感謝する」
アルフレッドのねぎらいの言葉に、アルヴィーノは足を止め、漆黒の外套を静かに翻した。
「当然の結末です、兄上。我がレイストールに牙を剥こうとした羽虫どもは、文字通り塵一つ残さず消滅させました。貴方の美しい正論の裏付けとして、私の暴力が役に立ったのであれば何よりです」
アルヴィーノは淡々と報告を済ませると、視線をすぐ後ろへと落とした。
そこには、黄金の杖を携えたまま、人形のようにじっと床を見つめて直立しているルミがいる。
従者服に身を包み、レオへの贖罪のために自ら心を殺した最愛の伴侶。
その痛々しくも愛おしい姿を、アルヴィーノは細く切れ長の深い紫色の瞳でじっと見つめ、それから、酷く優しく、甘い声音で呼びかけた。
「――ルミ。もう、終わりですよ。よく頑張りましたね」
その声が、静かな室内に鼓動のように響いた。
「……っ」
ルミの長い睫毛が微かに震える。
まるでその呼びかけが、張り詰めた呪縛を解くための「スイッチ」であったかのようにルミは一度、ゆっくりと、深くその水色の瞳を閉じた。
数秒の静寂の後。
再びその瞼が開かれたとき、そこにあった無機質な虚無は、跡形もなく消え去っていた。
「……あ、アルヴィーノ様……!」
溢れ出したのは、いつもの鈴を転がすような、無邪気で愛らしい声音。
ルミの頬にジュワッと柔らかな血色が戻り、水色の瞳には、アルヴィーノへの尽きない愛情と甘えの光がキラキラと灯る。
先ほどまで戦場を恐怖で支配していた最強の「闇の兵器」はどこへやら、彼は黄金の杖をそっと横に置くと、堪らなくなったようにアルヴィーノの漆黒の軍服の袖へと抱きついた。
「俺、ちゃんとできた……? 失敗しないで指示通りに、お役に立てたかな……?」
おどおどと、しかし嬉しそうにアルヴィーノを見上げるその表情は、いつもの愛らしいルミそのものだった。
「ええ、完璧でしたよ。私の誇り高い、可愛いルミ」
アルヴィーノは周囲の兵たちの視線など意に介さず、ルミの細い身体を引き寄せ、その水色の髪を愛おしげに優しく撫でた。
自分のために心を殺し、自分の声一つで世界へと戻ってくる。
その歪で完璧な依存の形に、若き魔王は深い満足の笑みを浮かべる。
出迎えたアルフレッドもまた、そんな二人を呆れ半分、安堵半分の優しい碧眼で見守るのだった。
「兄上。これ以上の事後処理は、法と文官を統べる貴方の領分です。私の役割はここまでだ」
アルヴィーノはルミを片腕で愛おしげに引き寄せたまま、アルフレッドへ向かって淡々と告げた。
その切れ長の深い紫色の瞳には、すでに戦場の冷酷さはなく、最愛の伴侶へと向けられる昏い独占欲だけが揺らめいている。
「総員、解散。各自、泥と血を洗い流し、次の命に備えなさい」
「はっ!」
アルヴィーノの短い号令に、緊迫していた精鋭たちが一斉に敬礼を捧げ、波が引くように散開していく。
周囲から兵たちの姿が完全に消え去り、静寂が戻ったのを確認すると、アルヴィーノは迷うことなくルミの細い身体を両腕で軽々と抱き上げた。
「あ、アルヴィーノ様……っ?」
突然の浮遊感に、ルミは驚いて水色の瞳を丸くし、慌てて彼の首に細い両腕を回す。
紺色の従者服のまま赤くなるルミを、アルヴィーノは至近距離で見つめ、薄い唇を優しく綻ばせ、甘く囁く。
「よく耐えましたね、ルミ。……兄上、私たちは私室へ帰ります。これからは、私の可愛いお姫様を存分に甘やかす時間ですので」
「うん、分かったよ。お疲れ様、二人とも」
アルフレッドが苦笑しながら手を振るのを背に、アルヴィーノはルミを愛おしげに胸に抱いたまま、迷いのない足取りで廊下の奥へと去っていった。
遠ざかる二人の背中を見送りながら、アルフレッドは小さく息を吐き出す。
「……いつものことだけど、君たちの絆の深さは本当に凄いね」
道具として扱われることを受け入れ、主の声一つで世界へと戻ってくるルミと、それを圧倒的な愛の檻で繋ぎ止めるアルヴィーノ。
その歪でありながらも完成された二人の形は、レイストールの「影」に相応しい、絶対的な結びつきだった。
「さて……次は『光』の僕の番だね」
アルフレッドは表情を引き締め、手元にあるアイゼンハルト帝国のサインが入った協定書をもう一度見つめた。
この外交戦の完全勝利という切札を持って、向かうべき場所は一つ。
大人たちの力を完璧に利用し、自らの手で少女を囲うための外堀を埋め尽くした、愛おしい息子の元へ。
アルフレッドは静かに歩き出し、レオとリリィが待つ最上階の私室へと向かった。
歪な愛の歯車が噛み合い、完璧な『檻』として完成しようとしている、若き二人の未来を見届けるために。
国境沿いに立ち込めていた昏い硝煙と闇の気配を引率し、軍師アルヴィーノ率いる漆黒の軍勢が城へと帰還した。
整然と並び、一糸乱れぬ足取りで進軍する兵たちの表情には、完全勝利の歓喜よりも、絶対的な力を目の当たりにしたことへの畏怖が色濃く残っている。
そしてその中心、アルヴィーノのすぐ後ろには、未だ感情を殺し尽くした「道具」のまま、無機質に歩を進める従者服のルミの姿があった。
城の重厚な正面玄関では、すべてを終わらせた新王アルフレッドが、穏やかな微笑を湛えて彼らを出迎えた。
「おかえり、アルヴィーノ。それに、我が国の精鋭たちも。……君たちの迅速な働きのおかげで、交渉はこれ以上ない完璧な形で結実したよ。感謝する」
アルフレッドのねぎらいの言葉に、アルヴィーノは足を止め、漆黒の外套を静かに翻した。
「当然の結末です、兄上。我がレイストールに牙を剥こうとした羽虫どもは、文字通り塵一つ残さず消滅させました。貴方の美しい正論の裏付けとして、私の暴力が役に立ったのであれば何よりです」
アルヴィーノは淡々と報告を済ませると、視線をすぐ後ろへと落とした。
そこには、黄金の杖を携えたまま、人形のようにじっと床を見つめて直立しているルミがいる。
従者服に身を包み、レオへの贖罪のために自ら心を殺した最愛の伴侶。
その痛々しくも愛おしい姿を、アルヴィーノは細く切れ長の深い紫色の瞳でじっと見つめ、それから、酷く優しく、甘い声音で呼びかけた。
「――ルミ。もう、終わりですよ。よく頑張りましたね」
その声が、静かな室内に鼓動のように響いた。
「……っ」
ルミの長い睫毛が微かに震える。
まるでその呼びかけが、張り詰めた呪縛を解くための「スイッチ」であったかのようにルミは一度、ゆっくりと、深くその水色の瞳を閉じた。
数秒の静寂の後。
再びその瞼が開かれたとき、そこにあった無機質な虚無は、跡形もなく消え去っていた。
「……あ、アルヴィーノ様……!」
溢れ出したのは、いつもの鈴を転がすような、無邪気で愛らしい声音。
ルミの頬にジュワッと柔らかな血色が戻り、水色の瞳には、アルヴィーノへの尽きない愛情と甘えの光がキラキラと灯る。
先ほどまで戦場を恐怖で支配していた最強の「闇の兵器」はどこへやら、彼は黄金の杖をそっと横に置くと、堪らなくなったようにアルヴィーノの漆黒の軍服の袖へと抱きついた。
「俺、ちゃんとできた……? 失敗しないで指示通りに、お役に立てたかな……?」
おどおどと、しかし嬉しそうにアルヴィーノを見上げるその表情は、いつもの愛らしいルミそのものだった。
「ええ、完璧でしたよ。私の誇り高い、可愛いルミ」
アルヴィーノは周囲の兵たちの視線など意に介さず、ルミの細い身体を引き寄せ、その水色の髪を愛おしげに優しく撫でた。
自分のために心を殺し、自分の声一つで世界へと戻ってくる。
その歪で完璧な依存の形に、若き魔王は深い満足の笑みを浮かべる。
出迎えたアルフレッドもまた、そんな二人を呆れ半分、安堵半分の優しい碧眼で見守るのだった。
「兄上。これ以上の事後処理は、法と文官を統べる貴方の領分です。私の役割はここまでだ」
アルヴィーノはルミを片腕で愛おしげに引き寄せたまま、アルフレッドへ向かって淡々と告げた。
その切れ長の深い紫色の瞳には、すでに戦場の冷酷さはなく、最愛の伴侶へと向けられる昏い独占欲だけが揺らめいている。
「総員、解散。各自、泥と血を洗い流し、次の命に備えなさい」
「はっ!」
アルヴィーノの短い号令に、緊迫していた精鋭たちが一斉に敬礼を捧げ、波が引くように散開していく。
周囲から兵たちの姿が完全に消え去り、静寂が戻ったのを確認すると、アルヴィーノは迷うことなくルミの細い身体を両腕で軽々と抱き上げた。
「あ、アルヴィーノ様……っ?」
突然の浮遊感に、ルミは驚いて水色の瞳を丸くし、慌てて彼の首に細い両腕を回す。
紺色の従者服のまま赤くなるルミを、アルヴィーノは至近距離で見つめ、薄い唇を優しく綻ばせ、甘く囁く。
「よく耐えましたね、ルミ。……兄上、私たちは私室へ帰ります。これからは、私の可愛いお姫様を存分に甘やかす時間ですので」
「うん、分かったよ。お疲れ様、二人とも」
アルフレッドが苦笑しながら手を振るのを背に、アルヴィーノはルミを愛おしげに胸に抱いたまま、迷いのない足取りで廊下の奥へと去っていった。
遠ざかる二人の背中を見送りながら、アルフレッドは小さく息を吐き出す。
「……いつものことだけど、君たちの絆の深さは本当に凄いね」
道具として扱われることを受け入れ、主の声一つで世界へと戻ってくるルミと、それを圧倒的な愛の檻で繋ぎ止めるアルヴィーノ。
その歪でありながらも完成された二人の形は、レイストールの「影」に相応しい、絶対的な結びつきだった。
「さて……次は『光』の僕の番だね」
アルフレッドは表情を引き締め、手元にあるアイゼンハルト帝国のサインが入った協定書をもう一度見つめた。
この外交戦の完全勝利という切札を持って、向かうべき場所は一つ。
大人たちの力を完璧に利用し、自らの手で少女を囲うための外堀を埋め尽くした、愛おしい息子の元へ。
アルフレッドは静かに歩き出し、レオとリリィが待つ最上階の私室へと向かった。
歪な愛の歯車が噛み合い、完璧な『檻』として完成しようとしている、若き二人の未来を見届けるために。
