主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

狂愛の檻と、光の揺り籠㉘

軍議の開始を告げる鐘の音が遠くで響く中、アルヴィーノの私室には、どこか張り詰めた空気が漂っていた。

「――ということなのです、ルミ。これより私は、あの少女を狙う有象無象を文字通り塵へと還すため、長期の軍議に入ります。しばらく貴方を一人にすることになりますが……どうか、良い子で待っていてくださいね」

アルヴィーノは膝の上の愛しい存在の細い肩を優しく抱きすくめ、その額にそっと唇を寄せた。
甘く、慈しむような言葉で事の顛末を説明する。
しかし、その深い紫色の瞳には、これから始まる凄惨な虐殺を予期した冷酷な光が宿っていた。
だが、いつもなら寂しそうに唇を尖らせるはずのルミは、アルヴィーノの胸の中でじっと俯いたまま、動かなかった。
透き通るような水色の瞳に、かつてないほど強い決意の灯火が宿る。

「……アルヴィーノ。俺も、その作戦に参加させてほしい」
「――何と言いましたか?」

アルヴィーノは細く切れ長の瞳を驚きに 揺らし、即座にその小さな身体を突き放すようにして見据えた。
声音から甘さが消え、冷徹な軍師としての響きが戻る。

「駄目です。何を言い出すかと思えば……。戦場は貴方のような人間が行く場所ではありません。魔力は高くとも、使い方も分からぬ貴方を連れて行くなど、論外です。大人しくこの部屋で私を待っていなさい」

道具のように扱っていた過去を経て、心を通わせ、今や命に代えても守ると誓った最愛の婚約者。
それをわざわざ地獄の戦火に晒すなど、アルヴィーノには到底受け入れられることではなかった。
しかし、ルミは拒絶されても怯まなかった。
いつもの無邪気な様子は消え去り、真っ直ぐにアルヴィーノの瞳を見つめ返す。

「嫌だ。置いていかないで。……俺、ずっと後悔してるんだ。レオにいっぱいひどいことしちゃったこと……。俺のせいで、レオは歪んじゃった……俺のせいで……」
「ルミ、それは貴方の責任では――」
「責任だよ! だから償わせて、アルヴィーノ」

ルミはアルヴィーノの漆黒の軍服の胸元を、小さな拳で強く握り締めた。

「俺は希少な闇魔法の使い手でしょ? 使い方が分からないなら、アルヴィーノが俺をヴァルカニアにいたときみたいに『道具』として使えばいい。指示通りに魔力を放出するだけの、ただの駒にして。レオとリリィのために、俺にできることをさせて。お願い……!」

涙を浮かべながらも、決して折れない強い意志。
アルヴィーノはその水色の瞳を見つめ返し、長い沈黙の後、小さく嘆息した。
ルミがここまで強く己の意志を主張したことはない。
かつて研究所で心を壊されていた彼が、他者のためにその命を賭すと訴えているのだ。
これ以上拒絶すれば、逆にルミの心を別の形で傷つけることになる。
軍師としての冷徹な計算と、愛する者を甘やかしたいという溺愛の情が交錯し、アルヴィーノはゆっくりと首を縦に振った。

「……分かりました。そこまでの覚悟であるならば、貴方を私の戦列に加えましょう。ただし、私の指示には絶対に従うこと。いいですね?」
「うん。ありがとう、アルヴィーノ」

ルミは小さく微笑むと、アルヴィーノの腕からすり抜け、部屋の奥へと向かった。
それから数分後、再び姿を現したルミに、アルヴィーノは微かに息を呑んだ。
いつも好んで着ていた、白く愛らしいロリータ服はそこにはない。
代わりにその身を包んでいたのはかつてヴァルカニア帝国で着ていた、色褪せた紺色の従者服だった。
水色の長い髪を無造作にまとめ、アルヴィーノの前に跪くルミ。
その顔からは、先ほどまでの「愛する伴侶」としての甘えや喜怒哀楽は完全に消え去っていた。
ただ主の命令に従い、道具として扱われることを自らに強いた、「冷徹な従者」の無機質な表情がそこにあった。

「これより、俺の身も魔力も、全てあなたに捧げます。……命令を、アルヴィーノ様」

そのあまりにも見事な、そして歪な変貌。
アルヴィーノは胸の奥に燻る狂おしいほどの愛おしさと冷酷さを引き締め、漆黒の軍服の外套を翻した。

「よく言いました、ルミ。……私から離れることは許しませんよ。行きましょう、全てを塵へと還す地獄の座へ」

愛する者を道具として従える軍師と、贖罪のために道具へと成り下がった従者。
もう一つの狂気的な主従の絆を従え、アルヴィーノは冷徹な足取りで、修羅の軍議へと向かうのだった。
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