主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを
狂愛の檻と、光の揺り籠㉔
遠征の泥を落とす間もなく、レオは実父アルフレッドの執務室へと呼び出されていた。
豪奢な白を基調とした部屋の空気は、かつての朗らかな第一王子が放っていたものとは異なっている。
玉座に就き、対話だけでは解決できぬ世界の酷薄さを知った父の佇まいには、一国の王としての、冷徹なまでの威厳が備わ備わっていた。
「北方の遠征、大義だったね、レオ」
アルフレッドは机上の書類から目を離さずに言った。
その声は優しく、しかし有無を言わせぬ重みがある。
「アルヴィーノに随行し、多くのことを学んできた。……それは認める。だがね、レオ。君の目は少し、叔父に似すぎてしまったようだ」
レオは表情を動かさず、ただ静かに一礼した。
「私は、ただ強くなりたかったのです。守るべきものを、何者にも脅かされぬだけの力を」
リリィ。
その名を脳裏に浮かべた瞬間、レオの胸の奥で狂気にも似た独占欲が疼く。
あのふかふかのベッドで、無防備に丸くなって眠っていた白髪赤目の少女。
彼女の平穏を、彼女のすべてを己だけのものとするためには、アルヴィーノのような「魔王」の力が不可欠だと確信していた。
しかし、アルフレッドはゆっくりとペンを置き、息子を見据えた。
新緑を思わせる碧眼が、レオの心の深淵を見透かすように細められる。
「力は確かに必要だ。だが、力だけで守ろうとする刃は、いずれ守るべき対象すらも切り刻む檻となる。レオ、しばらく君には僕の側で、王としての政務と、他者との『対話』を学んでもらう」
「――お言葉ですが、父上」
レオの声音に、明らかな不服の情が混じった。
せっかく遠征から帰還し、リリィとの感動の再会を果たしたばかりなのだ。
叔父から授かった「愛の檻」――依存という名の美しい呪いをすぐにでも彼女に施し、あの部屋でずっと傍にいたい。
それなのに、こんな場所で退屈な書類仕事に時間を費やすなど、耐え難い損失でしかなかった。
「私には、そのような綺麗事に付き合っている時間はありません。迫り来る脅威を蹂躙する圧倒的な力こそが、すべてを解決するはずです」
傲慢とも取れる息子の反論。
だが、アルフレッドは怒ることもなく、静かに、結構重々しく首を振った。
「それが、戦場しか知らぬアルヴィーノの限界だ。いいかい、レオ。力だけでリリィくんを囲えば、君は世界中のすべてを敵に回すことになる。それは守っているのではなく、ただ孤立させているだけだ」
「……」
「時には言葉を尽くし、周囲を味方に付け、法を操り、彼女が脅かされない『環境そのもの』を構築せねばならない。対話とは、牙を隠し、自陣を完璧に整えるための外交の武器だ。それを持たぬ強者は、ただの暴君に過ぎない。本当に彼女を永遠に守りたいのであれば――僕の元で、その術をすべて盗みなさい」
王としての冷徹な正論。
それは、レオの想定を超えて彼の「歪んだ合理的思考」に深く突き刺さった。
(対話もまた、彼女を縛るための『完璧な環境』を作る道具になる、ということか……)
力でねじ伏せるだけでは、いつか外側から壊される。
だが、王としての権力を握り、外堀を完璧に埋めてしまえば、リリィは未来永劫、自分の腕の中から逃げ出すことすらできなくなる。
父の説く「善性」を、レオはその優れた知力によって、即座に暗黒の執着へと変換し、咀嚼した。
「……承知いたしました。父上の仰る通り、王としての戦い方もまた、学ばせていただきます」
深々と頭を下げるレオの瞳には、冷酷な光が宿っていた。
無理やり了承したその姿に、アルフレッドは安堵の息を漏らす。
息子を闇から救い出せたかもしれないという、あまりにも無垢な光の王の誤算。
その足元で、若き魔王はリリィを完璧に閉じ込めるための、さらに巨大な「国」という名の檻を設計し始めていた。
---
一方、レオの私室――。
遠征から帰還した主との再会を果たしたリリィは、再び彼に与えられた小さな空間にいた。
レオが帰ってきた喜びと安堵はあったものの、彼はすぐにアルフレッドの元へ呼び出され、執務室から戻ってこない。
部屋に一人取り残されたリリィの心には、拠り所を失ったような、おどおどとした不安が再び小さく鎌首をもたげていた。
「……あの、失礼、します……」
主のいない静寂に向かって、リリィは消え入りそうな声で呟いた。
ただじっとしていると、胸の奥の心細さが膨らんでいく。
リリィは縋るような思いで、部屋の探索を始めることにした。
白く長い髪を小さく揺らしながら、爪先立ちで部屋の調度品を見て回る。
どれもが上質で、触れることすら躊躇われるほどに美しい。やがて彼女の赤い瞳が、壁際に据えられた重厚な木製の書棚で足を止めた。
整然と並ぶ背表紙の列。
レオの許可を得ているわけではない。
リリィは細い指先を服の裾できゅっと握り締め、周囲を伺うように視線を泳がせた。
「……すこし、だけ、なら……怒られない、でしょうか……」
誰も咎める者はいない。
リリィは意を決して、比較的薄く、装丁の柔らかい一冊の本に手を伸ばした。
そっとページをめくると、インクの匂いが鼻腔をくすぐる。
書かれていたのは、このレイストール王国の成り立ちを記した古い歴史書だった。
難しい単語や見慣れない地名が多く、リリィの知識では完全に理解することは難しい。
それでも、おどおどとした手つきで文字を指でなぞりながら、少しずつ、貪るように読み進めていく。
(レオ様は……こういう、難しいお勉強を、たくさんされているのですね……)
頁をめくるたび、リリィの心には圧倒されるような感覚と、同時に奇妙な充足感が満ちていった。
本を読むことは、レオの思考の片鱗に触れることに似ていた。
彼がどのような世界を見て、どのような言葉を紡いできたのか。
それを知ることは、この広く冷たい城の中で、リリィが孤独に押し潰されないための唯一の防壁となっていく。
歴史書の次は、大陸に伝わる古い民話の集録。
その次は、色鮮やかな植物の図譜。
リリィは毎日、少しずつ、大切に本を読み重ねていった。
理解できない記述があれば、小さな頭を傾げ、何度もうわ言のようにその言葉を繰り返す。
彼女にとってその行為は、知識の探求ではなく、レオの気配が色濃く残るこの部屋に、己の存在を辛うじて繋ぎ止めるための儀式だった。
「私……もっと、たくさん読めば、レオ様のお話に……ついていけるように、なるでしょうか……」
ぽつりと溢れた独り言は、寂寞とした部屋の空気に溶けて消える。
せっかく遠征から戻ってきたのに、毎日のように父王に縛られ、自分を置いて行ってしまうレオ。
リリィはその寂しさと怯えを打ち消すように、今日も書棚の前に座り込み、薄暗い部屋の中で本を開き続ける。
その健気で歪な努力が、やがて自分を完璧に監禁するための「環境(檻)」を構築しつつあるレオの思惑と、完璧に噛み合っていく。
少女はまだ、知る由もなかった。
◆
薄暗い灯りが、アルヴィーノの私室を静かに満たしていた。
癖のある紫の髪をわずかに揺らし、細く切れ長の深い紫色の瞳が、盤上の黒と白の駒をじっと見つめている。
漆黒の軍服に身を包んだアルヴィーノは、長い指先で黒のナイトを弄びながら、小さく息を吐き出した。
(レオ……。あれほどの短期間で、これほど急激に牙を研ぎ澄ましてくるとはな)
実父アルフレッドに王としての政務を強制され、不服そうにしながらも、完璧にそれを吸収し、己の血肉へと変えていく甥。
その尋常ならざる成長速度には、冷酷非情な「魔王」と恐れられるアルヴィーノすら、多少の驚きを禁じ得なかった。
綺麗事ではあの白髪赤目の少女を守れないと悟り、北方遠征の地獄を生き抜いたレオ。
彼を突き動かしている絶大な動力――リリィへの狂気的なまでの独占欲を、アルヴィーノは誰よりも理解している。
なぜならかつて自分もまた、目の前にいる存在を世界から隠し、己だけのものにするためにすべてを謀ったからだ。
「……次は、どう動くべきか」
アルフレッドの「善性の説得」すら、外堀を埋めるための外交の武器として咀嚼したレオが、この先どれほどの『檻』を構築していくのか。
アルヴィーノはチェス盤の上でいくつかの先読みの筋を組み立て、模索するように駒を滑らせた。
「……あ、また難しい顔してるー」
その時、静寂を破る無邪気な声と共に、膝の上にふわりとした重みが加わった。
水色の腰まである長い髪を揺らし、白いロリータ服を纏ったルミが、当然の権利のようにアルヴィーノの膝の上にちょこんと腰掛けたのだ。
「ルミ」
アルヴィーノの声音から、軍師としての冷徹さが瞬時に削ぎ落とされ、甘い響きが混じる。
ルミは透き通るような水色の瞳を丸くして、よく分からないといった様子でチェス盤を覗き込んでいた。
魔力の高さに反して、こういった頭脳戦のルールはさっぱり分からない。
それでも、大好きな「王子様」が真剣に悩んでいるのが気になって仕方ないのだ。
「なにか、またお仕事のことで考えてるの?」
ルミは首を傾げ、アルヴィーノの顔を見上げる。
「いや、仕事ではありません。……少し、育ちすぎた雛の行く末を考えていただけです」
アルヴィーノは膝の上の愛しい存在を細い腕でそっと抱きすくめ、その水色の髪にそっと唇を寄せた。
ルミのこの無垢な温もり、自分に完全に依存しきっているこの瞳。
レオが今、死に物狂いで手に入れようとしている究極の果実が、自身の腕の中にあった。
「ふーん……。でも、あんまり根を詰めちゃダメだよ? アルヴィーノにそんな顔されるとちょっと寂しい。せっかくのお部屋の中なんだからもっと俺を見てよー」
そう言って、不機嫌を隠さずに少しだけ唇を尖らせるルミ。
その圧倒的な愛らしさに、アルヴィーノの胸の奥が満たされていく。
(レオ、お前はどこまであの少女を縛り、溺れさせるつもりだ?)
腕の中のルミを愛おしげに撫でさすりながら、アルヴィーノは再びチェス盤へと視線を落とした。
甥が目指す狂気の檻。
それが完成へと向かう盤面を思い描き、魔王はどこか愉悦を孕んだ薄い笑みをその唇に浮かべるのだった。
遠征の泥を落とす間もなく、レオは実父アルフレッドの執務室へと呼び出されていた。
豪奢な白を基調とした部屋の空気は、かつての朗らかな第一王子が放っていたものとは異なっている。
玉座に就き、対話だけでは解決できぬ世界の酷薄さを知った父の佇まいには、一国の王としての、冷徹なまでの威厳が備わ備わっていた。
「北方の遠征、大義だったね、レオ」
アルフレッドは机上の書類から目を離さずに言った。
その声は優しく、しかし有無を言わせぬ重みがある。
「アルヴィーノに随行し、多くのことを学んできた。……それは認める。だがね、レオ。君の目は少し、叔父に似すぎてしまったようだ」
レオは表情を動かさず、ただ静かに一礼した。
「私は、ただ強くなりたかったのです。守るべきものを、何者にも脅かされぬだけの力を」
リリィ。
その名を脳裏に浮かべた瞬間、レオの胸の奥で狂気にも似た独占欲が疼く。
あのふかふかのベッドで、無防備に丸くなって眠っていた白髪赤目の少女。
彼女の平穏を、彼女のすべてを己だけのものとするためには、アルヴィーノのような「魔王」の力が不可欠だと確信していた。
しかし、アルフレッドはゆっくりとペンを置き、息子を見据えた。
新緑を思わせる碧眼が、レオの心の深淵を見透かすように細められる。
「力は確かに必要だ。だが、力だけで守ろうとする刃は、いずれ守るべき対象すらも切り刻む檻となる。レオ、しばらく君には僕の側で、王としての政務と、他者との『対話』を学んでもらう」
「――お言葉ですが、父上」
レオの声音に、明らかな不服の情が混じった。
せっかく遠征から帰還し、リリィとの感動の再会を果たしたばかりなのだ。
叔父から授かった「愛の檻」――依存という名の美しい呪いをすぐにでも彼女に施し、あの部屋でずっと傍にいたい。
それなのに、こんな場所で退屈な書類仕事に時間を費やすなど、耐え難い損失でしかなかった。
「私には、そのような綺麗事に付き合っている時間はありません。迫り来る脅威を蹂躙する圧倒的な力こそが、すべてを解決するはずです」
傲慢とも取れる息子の反論。
だが、アルフレッドは怒ることもなく、静かに、結構重々しく首を振った。
「それが、戦場しか知らぬアルヴィーノの限界だ。いいかい、レオ。力だけでリリィくんを囲えば、君は世界中のすべてを敵に回すことになる。それは守っているのではなく、ただ孤立させているだけだ」
「……」
「時には言葉を尽くし、周囲を味方に付け、法を操り、彼女が脅かされない『環境そのもの』を構築せねばならない。対話とは、牙を隠し、自陣を完璧に整えるための外交の武器だ。それを持たぬ強者は、ただの暴君に過ぎない。本当に彼女を永遠に守りたいのであれば――僕の元で、その術をすべて盗みなさい」
王としての冷徹な正論。
それは、レオの想定を超えて彼の「歪んだ合理的思考」に深く突き刺さった。
(対話もまた、彼女を縛るための『完璧な環境』を作る道具になる、ということか……)
力でねじ伏せるだけでは、いつか外側から壊される。
だが、王としての権力を握り、外堀を完璧に埋めてしまえば、リリィは未来永劫、自分の腕の中から逃げ出すことすらできなくなる。
父の説く「善性」を、レオはその優れた知力によって、即座に暗黒の執着へと変換し、咀嚼した。
「……承知いたしました。父上の仰る通り、王としての戦い方もまた、学ばせていただきます」
深々と頭を下げるレオの瞳には、冷酷な光が宿っていた。
無理やり了承したその姿に、アルフレッドは安堵の息を漏らす。
息子を闇から救い出せたかもしれないという、あまりにも無垢な光の王の誤算。
その足元で、若き魔王はリリィを完璧に閉じ込めるための、さらに巨大な「国」という名の檻を設計し始めていた。
---
一方、レオの私室――。
遠征から帰還した主との再会を果たしたリリィは、再び彼に与えられた小さな空間にいた。
レオが帰ってきた喜びと安堵はあったものの、彼はすぐにアルフレッドの元へ呼び出され、執務室から戻ってこない。
部屋に一人取り残されたリリィの心には、拠り所を失ったような、おどおどとした不安が再び小さく鎌首をもたげていた。
「……あの、失礼、します……」
主のいない静寂に向かって、リリィは消え入りそうな声で呟いた。
ただじっとしていると、胸の奥の心細さが膨らんでいく。
リリィは縋るような思いで、部屋の探索を始めることにした。
白く長い髪を小さく揺らしながら、爪先立ちで部屋の調度品を見て回る。
どれもが上質で、触れることすら躊躇われるほどに美しい。やがて彼女の赤い瞳が、壁際に据えられた重厚な木製の書棚で足を止めた。
整然と並ぶ背表紙の列。
レオの許可を得ているわけではない。
リリィは細い指先を服の裾できゅっと握り締め、周囲を伺うように視線を泳がせた。
「……すこし、だけ、なら……怒られない、でしょうか……」
誰も咎める者はいない。
リリィは意を決して、比較的薄く、装丁の柔らかい一冊の本に手を伸ばした。
そっとページをめくると、インクの匂いが鼻腔をくすぐる。
書かれていたのは、このレイストール王国の成り立ちを記した古い歴史書だった。
難しい単語や見慣れない地名が多く、リリィの知識では完全に理解することは難しい。
それでも、おどおどとした手つきで文字を指でなぞりながら、少しずつ、貪るように読み進めていく。
(レオ様は……こういう、難しいお勉強を、たくさんされているのですね……)
頁をめくるたび、リリィの心には圧倒されるような感覚と、同時に奇妙な充足感が満ちていった。
本を読むことは、レオの思考の片鱗に触れることに似ていた。
彼がどのような世界を見て、どのような言葉を紡いできたのか。
それを知ることは、この広く冷たい城の中で、リリィが孤独に押し潰されないための唯一の防壁となっていく。
歴史書の次は、大陸に伝わる古い民話の集録。
その次は、色鮮やかな植物の図譜。
リリィは毎日、少しずつ、大切に本を読み重ねていった。
理解できない記述があれば、小さな頭を傾げ、何度もうわ言のようにその言葉を繰り返す。
彼女にとってその行為は、知識の探求ではなく、レオの気配が色濃く残るこの部屋に、己の存在を辛うじて繋ぎ止めるための儀式だった。
「私……もっと、たくさん読めば、レオ様のお話に……ついていけるように、なるでしょうか……」
ぽつりと溢れた独り言は、寂寞とした部屋の空気に溶けて消える。
せっかく遠征から戻ってきたのに、毎日のように父王に縛られ、自分を置いて行ってしまうレオ。
リリィはその寂しさと怯えを打ち消すように、今日も書棚の前に座り込み、薄暗い部屋の中で本を開き続ける。
その健気で歪な努力が、やがて自分を完璧に監禁するための「環境(檻)」を構築しつつあるレオの思惑と、完璧に噛み合っていく。
少女はまだ、知る由もなかった。
◆
薄暗い灯りが、アルヴィーノの私室を静かに満たしていた。
癖のある紫の髪をわずかに揺らし、細く切れ長の深い紫色の瞳が、盤上の黒と白の駒をじっと見つめている。
漆黒の軍服に身を包んだアルヴィーノは、長い指先で黒のナイトを弄びながら、小さく息を吐き出した。
(レオ……。あれほどの短期間で、これほど急激に牙を研ぎ澄ましてくるとはな)
実父アルフレッドに王としての政務を強制され、不服そうにしながらも、完璧にそれを吸収し、己の血肉へと変えていく甥。
その尋常ならざる成長速度には、冷酷非情な「魔王」と恐れられるアルヴィーノすら、多少の驚きを禁じ得なかった。
綺麗事ではあの白髪赤目の少女を守れないと悟り、北方遠征の地獄を生き抜いたレオ。
彼を突き動かしている絶大な動力――リリィへの狂気的なまでの独占欲を、アルヴィーノは誰よりも理解している。
なぜならかつて自分もまた、目の前にいる存在を世界から隠し、己だけのものにするためにすべてを謀ったからだ。
「……次は、どう動くべきか」
アルフレッドの「善性の説得」すら、外堀を埋めるための外交の武器として咀嚼したレオが、この先どれほどの『檻』を構築していくのか。
アルヴィーノはチェス盤の上でいくつかの先読みの筋を組み立て、模索するように駒を滑らせた。
「……あ、また難しい顔してるー」
その時、静寂を破る無邪気な声と共に、膝の上にふわりとした重みが加わった。
水色の腰まである長い髪を揺らし、白いロリータ服を纏ったルミが、当然の権利のようにアルヴィーノの膝の上にちょこんと腰掛けたのだ。
「ルミ」
アルヴィーノの声音から、軍師としての冷徹さが瞬時に削ぎ落とされ、甘い響きが混じる。
ルミは透き通るような水色の瞳を丸くして、よく分からないといった様子でチェス盤を覗き込んでいた。
魔力の高さに反して、こういった頭脳戦のルールはさっぱり分からない。
それでも、大好きな「王子様」が真剣に悩んでいるのが気になって仕方ないのだ。
「なにか、またお仕事のことで考えてるの?」
ルミは首を傾げ、アルヴィーノの顔を見上げる。
「いや、仕事ではありません。……少し、育ちすぎた雛の行く末を考えていただけです」
アルヴィーノは膝の上の愛しい存在を細い腕でそっと抱きすくめ、その水色の髪にそっと唇を寄せた。
ルミのこの無垢な温もり、自分に完全に依存しきっているこの瞳。
レオが今、死に物狂いで手に入れようとしている究極の果実が、自身の腕の中にあった。
「ふーん……。でも、あんまり根を詰めちゃダメだよ? アルヴィーノにそんな顔されるとちょっと寂しい。せっかくのお部屋の中なんだからもっと俺を見てよー」
そう言って、不機嫌を隠さずに少しだけ唇を尖らせるルミ。
その圧倒的な愛らしさに、アルヴィーノの胸の奥が満たされていく。
(レオ、お前はどこまであの少女を縛り、溺れさせるつもりだ?)
腕の中のルミを愛おしげに撫でさすりながら、アルヴィーノは再びチェス盤へと視線を落とした。
甥が目指す狂気の檻。
それが完成へと向かう盤面を思い描き、魔王はどこか愉悦を孕んだ薄い笑みをその唇に浮かべるのだった。
