主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

狂愛の檻と、光の揺り籠⑧


レオの私室は、昼間だというのに厚いカーテンが締め切られ、完全な暗闇に支配されていた。

豪奢な天蓋付きのベッドの端に、レオはただ力なく腰掛けていた。
純白だったはずの礼服はシワに塗れ、プラチナブロンドの美しい髪は乱れ放題になっている。
その端正な顔にあるのは、生気の一片すらも感じられない、完全なる絶望だった。

(……もう、何もない)

虚空を見つめる新緑の瞳は、まるで光を失った硝子玉のようだった。
すべてを懸けていた。
叔父を凌駕するための剣術も、誰もが跪く知略も、国を揺るがす高位魔術も、すべてはあの水色の髪の少年を、自分だけのものにするため。
それなのに、手元に残ったのは、冷たい喪失感と己の無力さだけだ。

自分が追い求めていたものは、一体何だったのか。
 
耐えかねてきつく目を閉じれば、暗闇の向こうから、鮮明すぎるほどの『あの光景』が蘇ってくる。

『――俺は、アルヴィーノが好きだから』
『何回記憶を消されたって、俺はまた、絶対にアルヴィーノを見つけて、もう一度あの人を好きになるよ』
『ルミは私のものです。そのすべてが私の支配下にある』

耳底にこびりついて離れない、ルミの哀しげで、けれど絶対の拒絶を孕んだ声。
脳裏に焼き付いて離れない、叔父の腕の中で、その傲慢な独占を甘んじて受け入れ、幸せそうに微笑んでいたルミの姿。

「ああ……、あああああ……っ!!」

レオは自身の頭を両手で激しく掴み、掻きむしった。
内側から湧き上がる狂おしいほどの嫉妬と絶望が、脳髄をドロドロに溶かしていく。
閉じた目蓋の裏で、幾度も幾度も二人の睦み合う幻影が再生され、そのたびに心がズタズタに引き裂かれた。

「嫌だ……嫌だ、消えろ……っ! ルミにぃ、どうして……っ! 叔父上、叔父上……!!」

喉を血で濡らすような、狂乱の叫び。
ベッドのシーツを狂ったように引きむしり、枕を床へと叩きつける。
狂気と発狂の渦に呑み込まれ、自傷行為じみた暴動を繰り返すその姿には、次期国王としての気品など、欠片も残されていなかった。

――その時、寝室の重厚な扉が、静かに開いた。

乱入してきたレオの叫び声を、その狂乱のすべてを、受け止めるようにして入ってきた影。
入ってきたのは、父親であるアルフレッドだった。

いつもなら朗らかな彼の顔には、今や見る影もないほどの悲痛な色と、深い深い隈が刻まれていた。
アルヴィーノの私室で何が起きたのか、レオが何の禁忌に手を染め、そしてどうやって完璧に破滅したのか。
すべてを察し、すべての報告を受けた父親の顔だった。

「……レオ」

かすれた、けれどどこまでも静かな父の声が、暗闇の部屋に響く。
発狂し、息を荒くしてシーツを握りしめていたレオの身体が、ピキリと硬直した。
しかし、レオは父親の顔を見ようとはしなかった。
ただ、乱れた髪の隙間から、ドス黒く濁った瞳で床の一点を見つめ、激しく肩を上下させている。
アルフレッドはゆっくりと、一歩一歩、絶望の淵に沈む我が子へと歩み寄っていった。
一歩、また一歩とベッドへ近づく父の足音が、レオの耳には酷く遠く、どこか他人事のように響いていた。
アルフレッドは、乱れきったシーツの上に座り込む息子の前に立ち止まった。
いつもなら、傷ついた我が子を真っ先に抱きしめ、優しい言葉で包み込もうとするはずの父親。
しかし、今のアルフレッドから放たれているのは、冷徹なまでの、重苦しい静寂だった。

彼は深く、痛切な溜息を吐き出し、そして――その唇を開いた。

「……これでわかっただろう、レオ」

降ってきたのは、あまりにも慈悲のない、冷たく乾いた声音だった。

「最初から、君の入るスペースなど、あの中にはなかったんだよ」

ドクン、とレオの心臓が不快な脈動を打った。
実の父親が、狂乱し、壊れかけている息子に向けて放つには、あまりにも残酷で、容赦のない現実の宣告。
慰めも、誤魔化しも、一切を削ぎ落とした刃のような言葉が、レオの耳から脳髄へと突き刺さる。
しかし、アルフレッドとて、この言葉を口にするのは身を切られるほどの苦痛だった。
息子のために流す涙すら、今の彼の碧眼には枯れ果てている。
先日、地下回廊で「光の中で生きてくれ」と抱きしめた。
真っ真っ当に生きてくれと諭した。だが、その優しい親心が、かえってレオをより深い闇へと、禁忌の術へと走らせる結果を生んでしまった。

これ以上、優しい嘘や生温いごまかしで包んだところで、叔父の圧倒的な覇気に圧せられ、ルミの絶対の拒絶によって完全に粉砕されたレオの「壊れた心」には、一言半句だって届きはしない。
ただ、最も残酷で、最も揺るぎない『現実』という名の楔を、その心の中心に打ち込むことだけが、今のレオの狂気を止める唯一の手段であると、王は、そして父親は知っていた。

「あの時も言ったはずだよ。レオ。あの二人の絆は、君が生まれるよりもずっと前……それこそ、ルミくんが地獄の研究所で心を殺されていたその瞬間から、アルヴィーノだけが命を懸けて繋ぎ止めたものだ。主従であり、伴侶。それは他人が、ましてや『歳の離れた弟』として甘やかされていた君が、付け焼き刃の知略や禁術で壊せるような代物じゃない」

アルフレッドの言葉は続く。
その一つ一つが、レオが目を背け続けてきた真実を、これでもかと白日の下に晒していく。

「君がどんなに剣を極めても、どんなに高位の魔術を操ろうとも、ルミくんの世界の始まりにはいつもアルヴィーノがいる。……君がどれほど欲しがろうと、彼らの世界に君の居場所は、最初から一寸たりとも存在しないんだ」
「……」

レオは、何も言わなかった。
叫び狂うことも、父親を睨みつけることも、言い訳を並べ立てることもせず、ただ、じっと黙って父の言葉を聞いていた。

シーツを握りしめる白く細い指先が、怒りや悔しさではなく、完全な虚無によって微かに震えている。
乱れたプラチナブロンドの髪の隙間から覗く新緑の瞳は、もう涙を流すことすら忘れたように、ただ暗い床の一点を見つめ、底の知れない深淵へと染まりきっていた。

耳を塞いでも蘇る、ルミの「ごめんなさい」という声。
そして、いま父から告げられた「最初からスペースはなかった」という冷酷な現実。
二つの絶望が完全に噛み合い、レオの心の中に、ぽっかりと黒い巨大な穴を開けていく。

激しい怒りの炎は消え失せ、残されたのは、凍てつくような静寂だけだった。
レオはただ、人形のように生気を失ったまま、父の容赦なき断罪をその身に受け止め続けていた。
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