主と従者の檻に、世界で一番甘い誓いを

狂愛の檻と、光の揺り籠⑦


それからのレオは、まるで何かに憑りつかれたかのように、二人の絆を切り裂くための策謀に没頭していった。

これまでの失敗から、力尽くでの奪還も、付け焼き刃の知略も通じないことは痛いほど知った。
ならば狙うべきは、二人の「内側」だ。
ほんの僅かな猜疑の泥を、主従であり伴侶である二人の隙間に流し込めばいい。

レオは完璧に無害な「可愛い弟」の仮面を被り直し、じわじわと動いた。
ある時は、王宮の古い書庫で見つけたと称して、ルミの生まれ故郷である「研究所」に纏わる、アルヴィーノに不都合な偽造書類をルミの目に触れるように仕向けた。
アルヴィーノがルミを救ったのは、純粋な慈悲ではなく、その高い魔力を軍事利用するためだった――そう錯覚させるために。
またある時は、他国の美しい王女からの偽の釣書や、アルヴィーノがルミに隠して進めているという偽の「婚姻計画」の噂を、侍女たちの口を介してルミの耳へと届けさせた。

――しかし、そのすべてが、嘲笑うかのように無に帰した。

レオの張り巡らせた謀略の糸は、それが形を成す前に、すべてアルヴィーノに看破されていた。
王宮の情報網の根底を握る軍師にとって、甥の小細工など、どこにどの駒を置いたかが一目で分かる盤面のようなもの。
アルヴィーノはあえてそれを力尽くで潰すことはせず、ただ冷徹に、レオの策謀の「先」を読んでルミを保護し、あるいは偽情報を本物の情報へすり替えて無力化した。

そして何より、レオの行く手を阻んだのは、ルミ自身の、狂おしいほどの「無垢」だった。

「アルヴィーノが俺の魔力を利用しようとしてる? うん、知ってるよ! 俺の力が王子様の役に立つなら、いくらでも使ってほしいんだ! だってそしたら俺はずっとアルヴィーノと一緒にいられるし、もっと『いい子ですね』って頭をなでてほめてくれるんだもんっ」
「え? アルヴィーノに縁談? 大丈夫だよ。あの人が誰を選んでも、俺はあの人の一番の従者だから」

どんなに泥を投げつけても、ルミのアルヴィーノへの信頼は、最初から絶対の光の中にあった。
傷を癒やし合い、魂の底で結ばれた絆は、他人の言葉一つで揺らぐほど脆くはない。
それどころか、ルミは必死に策を巡らせるレオの、その張り詰めた様子を「無理をして勉強している」のだと勘違いし、いつも心配そうに駆け寄ってきた。

「レオ、またそんなに難しい顔をして……。あんまり根を詰めちゃダメだよ? ほら、レオの大好きなミントティーを淹れたから、一緒に飲もう?」

差し出される、温かい茶と、一点の曇りもない慈愛の笑み。
ルミの瞳に映る自分は、いつだって「守ってあげるべき、歳の離れた可愛い弟」でしかなかった。
その強固な檻は、レオがどれほど男としての色香を放とうと、どれほど卓越した知略を見せつけようと、びくともしなかった。

うまくいかない。
どうしてだ。
なぜ、これほど欲しているのに、あの人の世界の端にすら触れられない。

どんなに手を伸ばしても、ルミの意識は、常に壁際でチェス盤を見つめる叔父の姿を追っている。

(どうしたら……どうしたら、あの檻を壊せる? どうすれば、ルミにぃは私を『男』として見てくれる……?)

自室の暗闇の中、レオは狂おしい悔しさと焦燥に身を焦がし、自身の爪が手のひらに食い込んで血がにじむのも気づかずに考え続けた。
アルヴィーノがいる限り、ルミは決して振り向かない。だが、アルヴィーノを排除することは、今の己の力では不可能だ。ルミの信頼を揺るがすこともできない。

――混濁する思考の果てに、レオの歪んだ天才的頭脳が、一つの「禁忌」へと辿り着いた。

ルミ自身の心が「弟」という檻を作っているのなら。
その心そのものを、私の手で、都合よく『書き換えて』しまえばいいのではないか。

レオの新緑の瞳が、暗闇の中でドス黒く濁った。
王宮の禁書庫の奥深くに眠る、精神干渉の古代禁術。
対象の記憶を改ざんし、認識を歪めるその呪法を使えばルミの記憶からアルヴィーノという存在を綺麗に消し去り、最初から自分だけを愛する「伴侶」として、世界を再構築できる。

それは、ルミの心を本当の意味で殺すに等しい、最悪の暴挙。
しかし、狂愛の深淵に足を踏み外した光の王子は、ついにその禁忌の書へと、白く細い指先を伸ばしたのだった。

完璧な「無害」を演じる時間は終わった。

王宮の最深部、限られた王族さえ立ち入りを禁じられた禁書庫の闇の中で、レオはその術式を己の血肉へと刻み込んだ。
精神干渉の古代禁術。
対象の記憶を毟り取り、認識を都合よく書き換える、魂の調教魔術。
ルミの心を壊すかもしれないという躊躇いは、すでに焼き尽くされていた。
叔父への激しい嫉妬と、どれだけ足掻いても「可愛い弟」の檻から出られない焦燥が、光の王子を完全なる怪物へと変えていた。



機会は、驚くほどあっけなく訪れた。
東方公国の動向を受け、第二王子アルヴィーノは急遽招集された軍議に出席している。
数時間は戻らない。
そして、主の私室には、留守を預かる彼の従者――否、最愛の伴侶しかいない。

(今しかない)

レオは懐に呪符を忍ばせ、静かに廊下を歩いた。
その新緑の瞳は、底の割れた深淵のようにドス黒く濁っている。



コンコン、と控えめなノックの音が、静かな私室に響いた。
扉が開くと、そこにいたのはいつもの白いふわふわとしたロリータ服を纏ったルミだった。
水色の長い髪を揺らし、レオの姿を見るなり、その可憐な顔に一点の曇りもない無邪気な笑みを浮かべる。

「あ、レオ! どうしたの? アルヴィーノなら、今は軍議に行っていていないよ?」
「分かっています、ルミにぃ。今日は、貴方に会いに来たんです。少し、お話ししたくて」

レオは完璧な微笑みを貼り付け、声音を一段と低く、従順に響かせた。
ルミは何の疑いも持たず、「ふふ、そっか。じゃあ入って? ちょうどお茶を淹れようと思ってたんだ」と、レオを部屋へと招き入れた。
ルミの手際でお気に入りの茶葉が淹れられ、香気豊かな湯気が二人の間に立ち上る。
ソファに対面で座り、レオは差し出された紅茶に口を付けた。
上品な仕草、穏やかな眼差し。すべては「無害な弟」のままだ。

「それでね、レオ。さっきアルヴィーノが軍議に出かけるとき、すごく難しい顔をしてたから、俺、お守りにブルーベリーのジャムを塗ったクッキーを持たせたんだ。あのお菓子、俺が作るといつも嬉しそうに食べてくれるんだよ」

始まったのは、他愛のない、けれどレオにとっては心臓を針で突き刺されるような惚気話だった。

「軍議の合間に食べて、少しでも元気になってくれるといいなぁ。……あ、そうだ。レオもこれ食べる? さっきアルヴィーノにも持たせた美味しいクッキーなんだ!」

ルミは本当に、嬉しそうに、誇らしそうに笑う。
その世界には、当然のようにアルヴィーノしかいない。
どんな話題を振っても、どんな隙を突こうとしても、ルミの言葉はすべてあの「魔王」へと収束していく。
 
――ガタ、と激しい音が響いた。

レオが手にするティーカップが、ソーサーの上で激しく震え、褐色の液体が白いテーブルに溢れる。

「……レオ?」

ルミが怪訝そうに、そして心配そうに顔を覗き込んできた。
その瞬間、レオの中で、何年も燻り、膨れ上がっていた執着の炎が、完全に制御を失って爆発した。

「――っ、もう、やめてください……!」
「え――」

ルミが声を上げる暇すらなかった。
レオは弾かれたように立ち上がると、テーブルを跨ぐような勢いでルミの華奢な肩を掴み、そのまま背後のふかふかとしたソファへと激しく押し倒した。

「ひゃあ……っ!?」

白いフリルが宙に舞い、水色の長い髪がソファ一面に広がる。
見上げるルミの瞳に、初めて明確な「恐怖」と「困惑」が走った。
無理もない。
自分を圧し止めている「可愛い弟」の顔は完全に消え去り、そこには獣のような、あるいは叔父のアルヴィーノに酷似した、冷酷でドス黒い狂気を孕んだ「一人の男」がいたからだ。

「レオ……!? なん、で……離して、痛いよ……っ!」
「離しません。絶対に、もう離さない……!」

レオはルミの両手首を容赦なく片手で組み伏せ、頭上へと縫い付けた。
身体を隙間なく密着させ、狂おしいほどの感情を、堰を切ったように吐き出す。

「どうしてですか、ルミにぃ……! なぜ、いつも叔父上のことばかり話すのですか!? 私のことを見てください、私だけを! 私は、貴方を一人の男として、狂うほど愛しているんです……!!」
「な……に、を……」
「貴方が私を『弟』という檻に閉じ込めるなら、私はその檻を壊す! 剣を極め、知略を磨き、貴方に相応しい男になろうとした! なのに、貴方はいつだって叔父上しか見ない! 主従? 伴侶? そんな絆、私がすべて引き裂いてあげます……!」

レオの息が荒く、ルミの白い頬に吹きかかる。
レオは空いた左手をルミの額へと翳した。
その指先から、禍々しい紫黒い魔力が立ち上り始める。
記憶を書き換える古代禁術の起動。

「大丈夫です、ルミにぃ……。すぐに終わります。貴方の記憶から、あの傲慢な叔父上の存在を綺麗に消し去ってあげる。貴方は最初から私を愛し、私の伴侶として、私の腕の中で生きていくんです……!」

歪んだ陶酔の笑みを浮かべるレオ。
術式が発動し、ルミの脳内へと精神の触手が伸びようとした――その時。

押し伏せられたルミの、水色の瞳から、一筋の涙が溢れ落ちた。
怯え、震え、それでもルミは、まっすぐにレオの濁った新緑の瞳を見つめ返し、小さく、けれど明確な意志を込めて、唇を動かした。

「……ごめんなさい、レオ」

その拒絶の言葉に、レオの手がピきりと止まる。

「知らなかった……。レオが、そんな気持ちを俺に向けてたなんて、全然気づかなくて、ごめん。お兄ちゃん失格だね……」
「……謝罪、など……求めて、いません……」
「でもね、レオ。――俺は、アルヴィーノが好きだから」

ルミの声は、震えていた。押し倒され、恐怖に晒されているというのに、その瞳の奥にある芯だけは、決して折れなかった。

「俺をあの地獄から救ってくれたときから、俺の命も、心も、全部アルヴィーノのものなんだ。私室でも、外の世界でも、あの人が俺のすべてなの。だから……レオのその気持ちには、絶対に答えられない」
「……っ、ですから! その記憶を、今から私が――」
「記憶を消されたって、同じだよ」

ルミは、哀しそうに、けれど慈しむような笑みを浮かべた。

「俺の魂は、アルヴィーノを覚えてる。何回記憶を消されたって、俺はまた、絶対にアルヴィーノを見つけて、もう一度あの人を好きになるよ」
「あ……、が……」

レオの思考が、真っ白に反転した。
強烈な困惑と、絶望。
記憶を書き換えても無駄だと、本人の口から断言されたのだ。
魂のレベルで、ルミの世界にはアルヴィーノしか存在し得ないのだと。
翳した左手の魔力が、激しい動揺のせいで霧散していく。

その、完全な硬直の隙を。
王宮で最も恐るべき「天災」が、見逃すはずがなかった。

――ドン、と。
音を立てて私室の重厚な扉が内側へと弾け飛び、凄まじい衝撃波が室内の空気を破裂させた。

「――そこまでです、群青の小僧」

地を這うような、いや、奈落の底から響くような声音。
軍議を途中で切り上げて戻ってきた、第二王子アルヴィーノ・レイストール。
その全身から立ち上る「魔王」の覇気は、すでに隠す気すらなく、室内の調度品をミシミシと軋ませていた。
紫髪の間から覗く切れ長の紫瞳は、実の甥を「肉塊」として処理するための、完全な殺意に染まっていた。
室内の空気が瞬時に凍りつき、凄まじい魔圧がレオの身体を容赦なく押し潰す。 
扉の前に立つアルヴィーノから放たれるのは、かつて大陸の覇権を揺るがし、数々の命を無慈悲に刈り取ってきた「魔王」そのものの殺意だった。
あまりの覇気に、部屋の窓ガラスが悲鳴を上げてピキリとひび割れる。
その絶望的な沈黙を切り裂いたのは、白いフリルを揺らして動いた、小さな影だった。

「――アルヴィーノ……っ!」

ルミは、自身を呆然と見下ろしていたレオの身体を力一杯押しのけると、縋り付くようにアルヴィーノの元へと駆け寄った。
勢いよくその漆黒の軍服に飛び込み、広い胸へと顔を埋める。
ルミの身体は恐怖と緊張で小刻みに震えていたが、それ以上に、目の前の最愛の伴侶が怒りのあまり「怪物」として暴走してしまうことを、何よりも恐れていた。

「大丈夫、大丈夫だから……! 何にもされてない、どこも痛くないから! だからお願い、アルヴィーノ、落ち着いて……っ!」

ルミは泣きそうな声を上げながら、アルヴィーノの冷え切った両手を自身の小さな手で必死に包み込み、何度も何度も縋るように見上げる。
一点の曇りもない水色の瞳が、必死に主の暴挙を、その底なしの殺意を押し留めようと潤んでいた。

「……ルミ」

ルミの必死の拒絶と懇願を受け、アルヴィーノの紫瞳の奥の狂火が、僅かに揺らいだ。
アルヴィーノは低く深く息を吐き出すと、すぐさまルミの華奢な身体を抱きすくめ、自らの背後に回すようにして、その存在を完全に隠した。
羽交い締めに近いほどの強固な抱擁。
それは、誰一人生地一寸たりとも、この宝物に触れさせないという絶対的な独占欲の顕れだった。
ルミを己の影に隠したまま、アルヴィーノはゆっくりと、視線を部屋の奥へと向けた。
その紫の瞳に宿る冷徹さは、先ほどまでの激昂を超え、もはや命あるものを見る眼差しではなかった。

「……そこに座している『モノ』は、一体何ですか」

低く、地を這うような声音がレオに突き刺さる。
ソファの前に突き放されたレオは、冷たい床の上で、ただ呆然と座り込んでいた。
指先から立ち上っていた禍々しい精神干渉の魔力は、すでに完全に霧散している。
アルヴィーノが放つ、王権すらも蹂躙しかねない圧倒的な軍師の圧。
――だが、いまのレオの身体を縛り付け、指一本動かせなくしているのは、決してその物理的な魔圧だけではなかった。

『何回記憶を消されたって、俺はまた、絶対にアルヴィーノを見つけて、もう一度あの人を好きになるよ』
『レオの入る隙間なんて、最初からどこにもないんだ』

脳裏に、先ほどのルミの言葉が、鋭利な刃となって何度も突き刺さる。
どんなに剣を極めても、知略を磨き上げても、禁忌の魔術に手を染めて世界を書き換えようとしてもルミの世界の始まりから終わりまで、そのすべてはすでに叔父のものであり、自分は最初から、そしてこれから永遠に、その世界の「外側」にすら立てないのだと、これ以上ないほど残酷に突きつけられた。

完全な、敗北。
魂の根底からの、拒絶。

「あ……、あ……」

レオの唇から、かすれた声が漏れる。
立ち上がろうと床に手を突くが、腕には微塵も力が入らない。
新緑の瞳からは光が完全に消え失せ、ただ絶望という名の深い深淵だけが、泥のようにその瞳を濁らせていた。
完璧に無害な「弟」を演じることも、狂愛に狂う「男」であることもできず、ただただ、ルミに振られたという冷酷な現実の前に、心そのものがへし折られていた。

立ち上がることすらできず、惨めに床へ伏す甥を見下ろし、アルヴィーノは冷ややかに鼻で嗤った。

「命を賭して手に入れようとしたものが、最初から存在すらしていなかったと知った気分は、どうですか。哀れな光の王子」

アルヴィーノの足が一歩、前へと踏み出される。
その靴音が、レオにとっての終わりの鐘のように、静まり返った私室に重く響き渡った。
床に這いつくばるレオを見下ろすアルヴィーノの視線は、もはや哀れみすら含んでいなかった。
ただの無価値な石ころを見るかのような、冷徹極まる紫の瞳。

「だから何度も言ったでしょう」

アルヴィーノは低く、そして朗々とその声を室内に響かせた。
背後に隠したルミの腰へと、さらに強く腕を回し、これみよがしに己の胸へと引き寄せる。

「ルミは私のものです。その魂の在処も、私に捧げられた愛も、そのすべてが私の支配下にある。貴方がどれほど蜘蛛の糸を張ろうとも、禁忌の術を編もうとも、私と彼の絆を揺るがすことなど、最初から天地がひっくり返っても不可能だったのですよ」

それは、甥の心を完全に粉砕するための、容赦なき絶対の宣告だった。
公的な「主従」という仮面さえここにはない。
そこにあるのは、互いが互いのすべてであるという、命よりも硬い「伴侶」としての絶対的な独占の証明。

「……うん。俺は、アルヴィーノのものだよ。心も体も、俺自身の存在も全部」

アルヴィーノの腕の中で、ルミは小さく、けれど深く頷いた。
その身体を独占し、雁字搦めにする主の強い力と、いささか肥大化した傲慢なまでの所有欲。
ルミはそのすべてを、拒むどころか心地よさそうに、甘んじて受け入れていた。
水色の瞳には、恐怖ではなく、ただ目の前の男への狂おしいほどの情愛だけが揺るがずに灯っている。
その光景こそが、レオにとって何よりも致命的な猛毒だった。

「あああああ、ああ――っ!!」

レオの唇から、言葉にならない絶叫が迸った。
それは、完璧にへし折られたプライドと、決して届かない愛への、狂おしいほどの叫びだった。

目の前で、自分が命を懸けて欲した人が、世界で最も憎い叔父の腕の中で幸せそうに微笑んでいる。
自分の存在など、最初から彼らの強固な世界のノイズにすらなっていなかったのだ。

「いやだ、いやだ……っ! ルミにぃ、ルミにぃ……っ!!」

レオは、まるで己の頭を掻きむしるようにして叫び狂い、這いつくばっていた床から、ガタガタと震える足で無理やり立ち上がった。
新緑の瞳は涙とドス黒い狂気で血走り、その顔は見る影もなく歪んでいる。

もう、一秒たりともこの空間に居続けることなどできなかった。
これ以上二人の「絶対」を見せつけられれば、本当に精神が消滅してしまう。

「――っ!」

レオは振り返ると、弾け飛んだ扉の向こうへと、縋るように走り出した。
己を縛っていたはずの魔圧すら突き破り、ただこの現実から、二人の幸福から逃げ出すように、狂ったように王宮の廊下へと駆け去っていく。
その背中は、かつて「光の王子」と呼ばれた面影など微塵もない、あまりにも惨めで、哀れな敗北者のそれだった。

遠ざかっていく狂乱の足音を、アルヴィーノは追おうともしなかった。
ただ、嵐が去った後の静寂の中で、再び我が腕の中の愛しい宝物へと、その至高の眼差しを戻すのだった。
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