【HL】水晶の燦めきに魅せられて

家に着くとアリアさんは座っててと僕たちに告げ、自分はキッチンにお茶を入れに行った。
お言葉に甘えて座っているとウィードにはココア、僕とアリアさん自身には紅茶をそれぞれ用意すると開口一番、ごめんなさいとまた謝られた。

「あの、あれはいったいなんなんですか? 」
「あれは、必要な儀式なの……。私もただ先代に行きなさいって言われて行っただけだから詳しいことはわからない……。でも先代も私をあそこに送るときに何度も謝ってた……。先代は何も語らなかった、でもあれは……」
「ある種の生贄の儀式、そうですよね?」
「……そう。一人を犠牲に、その子を聖なる御子として崇め、祀ってきた。あの時、私は恐ろしかった。見も知らぬ男性と初対面であれを飲んで……それが婚約の儀式だなんて知らなくて……。だからこの子がそれに選ばれたと知ったときにあんな思いさせたくないってそれで……」
「アリアさん……」
「ごめんなさい……っ、でも、儀式のこと、内容を事前に教えることができなくて……っ、私、貴方に……っ」
「泣かないでください、アリアさん。それじゃあ住民の人たちがさっきみたいにしてきたり、やたら僕たちに優しかったのはその儀式に向けて、だったんですね?」
「そう……。ほんとに、ごめんなさい……。貴方を、巻き込んでしまって……っ」
「にぃに、まま、どしたの?」

真剣な話をしている僕たちにさらに不安になったのかウィードは服の袖を掴みくいくいと引っ張ってくる。
僕はこの続きはウィードが寝たあとでと告げると彼を抱き上げなんでもないよと笑いかけた。

「にぃにー! ぎゅってしてー!」
「はいはい」

これでいいですかー?と後ろからぎゅーっとして少し前後に揺れるとウィードは楽しそうにキャッキャッとはしゃいで。
難しい話ばかりで退屈してたらしい彼はもっとあそんでー!とおねだり。
仕方ないなと僕はウィードを抱き上げて近くの公園まで遊びに行ってきますと立ち上がった。

「フランベルジュ、ウィードのこと、お願いね……?」
「アリアさん……?」

どこか悲しそうな顔をしたアリアさんはゆっくり立ち上がると僕にそう伝え家を出て行った。
どこに行くんだろうと思い後を追いかけようとした僕に彼女はすぐ帰るからと言い残して僕たちの前から去った。

「まま……」
「ウィード、このまま遊ぶか? それとも、ママを追いかける?」
「まま! ままがいい! にぃに! ままおいかけて!」

彼女の姿が見えなくなってからそう尋ねると即答でアリアさんを選ぶウィード。
そうだよなと頷き僕はウィードを抱きかかえてそっと彼女の消えていった先へ走りだした。
彼女自身そんなに足が速いわけでもない。
すぐに追いつけるはずさと思っていたのにいっこうに追いつけなくて。
どこに行っちゃったんだろうとあたりを見渡しているとアリアさんと複数の大人たちの声が聞こえて僕たちは近くの木陰に隠れて様子を伺うことにした。

「先代様。貴女はよくこの国に尽くしてくださいました。本当に感謝を申し上げます」
「そう……。あの子が新しい聖なる御子になったから次は私が先代様になるのね……」
「そうです。そして、貴女にはもう一つ、最後のお役目が残っております」
「最後のお役目……? その話のために私はここに呼ばれたってこと……?」
「ええ、そうです。先代様、最後のお役目はこの泉にその御身を捧げて頂くことになります」
「捧げ……それってつまり……」

あまりの衝撃すぎる展開にアリアさんは言葉を飲み、その場に崩れ落ちると声を押し殺して泣いていた。
ウィードは小声でどういうこと……?と僕を見てくるけど僕は気が気じゃない。
あいつらの話を要約するとあいつらはこの国のためにアリアさんに死ねと言っている。
愛する我が子の成長を見ることもなく、国の繁栄のために。
ふざけるなと出ていってやろうかと思ったけれど大人たちが泣き崩れるアリアさんに歩み寄り話しを再開したのでちゃんと聞いとかないとと何とか息を殺して聞き耳を立てた。

「これはこのイスダリアの御子が代々行ってきた神聖な儀式。何も悲観する必要はないのです。むしろ名誉なことだと胸を張っていただきたいのです」
「大丈夫。新しき御子様の傍には貴女が信頼する付き人がいます。安心してその御身を泉へとお捧げください。先代様」
「そんな……じゃあ、あの子もいずれ……」
「ええ。貴女のもとへ」

だから寂しくないでしょう?と淡々と告げる大人たちにアリアさんは声を上げて泣いていた。
自分だけが犠牲になるならそれでもいい。
でも我が子にまでこんなつらい使命を背負わせなきゃならないなんて。
そんな悲痛なアリアさんの言葉が聞こえてきて、僕は決意する。

「そんなことになるくらいならいっそ……」
「にぃに……?」

あいつらごとこの国を滅ぼせばいい、と。
僕はそう思わずにはいられなかった。
大人たちは僕らに気づくこともなく続ける。
儀式は1ヶ月後に行うと。
その時に迎えを寄越すからその迎えと共に来るようにとそう伝えると大人たちは姿を消した。
僕は静かに立ち上がると泣き崩れているアリアさんに歩み寄り声をかける。

「……! フラン、ベルジュ……? なんでここに……? ウィードも……」
「まま、えんえんしてる……。いたいいたいなの……?」

泣いているアリアさんの傍におろすとウィードは小さなその手でいたいいたい?と彼女の頭を撫でていて。
僕もその傍にしゃがみこむとすみませんと一言。
それだけで察したのかアリアさんは僕に泣きついてくると死にたくないと初めて自分の気持ちを伝えてきて。
僕はただ泣きじゃくるアリアさんの背中を撫でながら紡がれる言葉を受け止めることしかできなくて。
ごめんなさい、許してください、死にたくない。
何度も何度も紡がれる悲痛な言葉に僕は無意識に僕が何とかすると告げて。
その言葉にアリアさんは本当に……?と顔を上げ、縋るような目をして見つめてきた。

「フランベルジュ……、ほんとに、助けて、くれるの……?」
「にぃに……」
「大丈夫、僕が二人とも助けます。二人とも、僕が守ります」

そのための力が僕にはある。
心の中でそう付け足し任せてほしいと告げるとアリアさんとウィードはありがとうと笑って。
この笑顔が守れるなら僕はどんな犠牲も払ってやる。
そう誓い二人と共に家へと帰って行った。
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