【HL】水晶の燦めきに魅せられて

家から少し離れた場所まで来ると彼はがっくりの膝を折りその場に崩れ落ちるように倒れ込むと苦しそうに胸あたりを抑えた。

「だ、大丈夫、なのか!? なぁ!」
「……ッ、は、い……っ、だい、じょ、ぶ……です……ッ」
「大丈夫に見えないんだけど……」
「だい、じょう、ぶ……、ちゃん、と……後始末さえ、すれ、ば……ッ」

そう言ってセンチェルスは身の丈ほどある黒い杖を立て、それに縋るように立ち上がると消え入りそうな声で“リバース”と唱えると僕とセンチェルスの周りに黄緑色の光のドームが現れその外側がただならぬ景色に変わる。
まるで映像を巻き戻すみたいな景色に驚いているとセンチェルスの様子が次第に落ち着いてきて、景色が元に戻るのと同時に彼は完全に落ち着ききっていた。

「なにを……」
「時を戻したんですよ。私と貴方の周りの時を、彼に逢う前の時間に」
「で、でも、それじゃ……」
「いいんです。まぁでも今の接触でもしかしたら何か変わるかもしれませんが、それはそれです。受け入れるしかないでしょうけど」
「お前とウィードが会えなくなるとかは……」
「ないですね。軽く今覚えていることを思い返してみましたがちゃんと出逢えてます」
「そっか……」

ご心配なくと微笑む彼は先程と変わらない落ち着いた様子でホッとした。
僕の軽はずみな行動で万が一にもウィードがこいつと会えなくなったらと内心ヒヤッとした。
それから僕はセンチェルスに貰った飴玉の事を聞く。
彼はその問いに舐めて溶かせばよかったんですけどねぇと曖昧な回答を返して。

「貴方、噛み砕いたでしょう? だから急激に濃縮した力が貴方の体に注ぎ込まれたんです。体がなかなかきつかったでしょう?」
「まぁ、たしかに……。突然翼は生えるわ、体は燃えてるわでなんかすごかった。でもウィードがなんかしてくれたみたいで今は見ての通り」
「そうですか」
「で? 僕に与えたあれってなんなんですか」
「私が貴方に与えた力は炎。言ったでしょう? 貴方を炎王えんおうとして迎えるために来たと」
「それってどういう……」

センチェルスが何を言っているのかわからず僕は重ねて問いかける。
彼は少し考えた後魔王になってもらいますと簡潔に伝えてきた。
その言葉に僕はなんだかピンと来なくて首を傾げていると炎を司る王となってもらうと言い方を変えてきた。

「僕が王……?」
「はい。私は今私を手助けしてくれる仲間を探してます。現在集まっている魔王は光帝ラミール、聖帝セイティ、水帝アクア、地帝アース。そして貴方が五人目の魔王、炎王フランとして迎えたい」
「なんで僕が?」
「私は誰かを大切に思い、その為にどんな力をも求めるそんな存在を仲間に引き入れています。貴方もその一人です」
「でもどうやって僕を見つけたんですか」
「私は時と空間を司る時王、センチェルス・ノルフェーズ。数多の記憶と記録を覗き、そして私の目に適った者を過去を遡ってこうしてスカウトしているんです」
「過去を遡って……?」

見せてあげましょうとセンチェルスは手元の杖を一振りする。
途端に周りの景色は炎に包まれた国になり、逃げ惑う人々が僕たちの横を通り過ぎる。
なんだこれと唖然とする僕の前に現れたのはアリアさんの手を引き逃げる僕と早く早くと前で跳ねるウィード。
僕は必死に逃げる。
愛するアリアさんの手を引いて。
ここから逃げて三人でやり直そう。
そんな声が聞こえたからきっとこの記録の僕はアリアさんに告白して付き合っているようだ。

「これは……」
「これが貴方が迎えるはずだった結末。よくごらんなさい」

そう言われ僕は目の前の情景に視線を移す。
逃げ惑う人。
ソレを追うのはレグルスの国軍。
あれだけ綺麗だった水晶の国はあっという間に人の住める場所ではなくなり、辺りには住人たちの死体が転がっていて。
アリアさんとウィードは……?と周囲を見渡すと家の傍で二人を背中に庇いながら大男を睨みつけている僕の姿で。

『アリアとウィードに手を出すな!!』
『この小僧……! 俺様の妻と子供を誑かしやがって!!』
『にぃに……!』
『フラン……ッ!』
 
そう言ってその男は大剣を振り下ろし僕を殺すと後ろにいた二人を無理矢理に連れその場を離れたところで映像は終わりまた元の風景に戻った。
衝撃的すぎる結末に僕は息を飲みセンチェルスを呆然を見つめるしかなくて。
彼はそんな僕にこう一言。

──あんな結末、迎えたくないでしょう?と。

僕はその問いに小さく頷きどうしたらいい?と尋ねる。
彼は答える。
与えた力を使いこなし、私の仲間になりなさいと。

「僕が仲間に……」
「いずれ貴方は私の元に来る。だって貴方はあの子の大事なにぃに、なんでしょう?」
「まぁ確かにそうだけどさ……」
「ですから、あの子を救うためにも貴方の力を、私に貸してください」
「センチェルスさん……」
「いずれ、その時が来たら迎えに来ます。まだ、貴方には足りない物がある、ソレを手に入れたら必ず」
「足りないもの……?」

なんだそれと首を傾げる僕にセンチェルスは全てを捨ててでも大事なモノを守る覚悟ですと告げて姿を消した。
その場に残された僕はただ、彼が消えた場所をじっと見つめているしかなくて。
全てを捨ててでも大事なモノを守る覚悟か……。
そんな覚悟が僕にあるんだろうかと思いながら一人、家に帰るとウィードの隣に入り眠りについた。
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