燃えない夏に恋をしていた
希美と出会う前の俺たちは、仲間と騒いで時間を潰していた。
銭湯で誰が長く息を止められるのかを競い、それを中年に叱られたら全裸のまま囲んだり。誇れることではないと気付いてもなお、面白ければそれでいいような中学生。
好きだった。
誰もいないのに広さだけはある家よりも、罰当たりなグループの集合場所にされた神社の方が。理解していることを勉強させてくる教師よりも、馬鹿なことをやめない仲間たちの方が。
蓮児なんかはその典型で、高校入学後も遊んでいた。
「なあ、蓮児。彼氏ができたら可愛くなるやつおらん?」
「また言いよるわ。フリーならブスにでもなるんか」
高校三年生の冬休み。その日は仲間たちとの初詣帰りで、昼間から蓮児の部屋で過ごしていた。グループのメンバーから毎年恒例の火祭りに誘われたのを、風邪を引きそうだと適当な嘘をついて二人で抜け出したのだ。
「知らねえよ。誰かのものだから燃えるんだろ」
「そのうちやけどするで。消火器用意しときんさい」
蓮児は白いダウンを着込んで丸くなり、電気ストーブに手をかざしながら答えた。雪だるまみたいだなと笑うと、インターホンが鳴り響いた。蓮児の親戚でも来たんだろう。そう思い聞き流していたら、部屋の扉がいきなり開かれた。
「ねえ、蓮児。ヘアブラシ忘れたの見てない? ピンクのやつ」
ノックもなしに乱入してきた女は、見たことのない顔をしていた。イラついた俺が「こいつ誰なん? 挨拶もろくにできねえやついるんだな」と吐き捨てると、悪気がなさそうに「えー? うち、希美。よろしくねえ」と返された。
「それよりも蓮児。ブラシないと髪がボサボサになるの」
「ハイハイ。わしはベッド探すけえ。希美は他のところ見んさいや」
だるそうに電気ストーブを離れた蓮児の言葉に、希美が床に両手をついて折り畳みテーブルの下を覗き込む。その光景をなんとなく眺めていると視線を感じ、顔を上げると蓮児がブラシを手に口元を歪めていた。
「見つけたで。これ探しとんだろ?」
「そうそれ。ありがとねえ。さすが蓮児」
「ここまで来んさい。動くの面倒臭いけえ」
ろくでもないことを思いついた時の声がした。
希美はベッドまで歩いて、ヘアブラシに手を伸ばす。その腕を思いきり掴んだ蓮児は、希美の体ごと引き寄せてキスをした。
「……は? いきなりなにしてんだよ。蓮児」
「わしの彼女なんよ。最近できたけん」
蓮児の彼女。その一言で察した。
俺がこれまでにどんな女に手を出してきたのか、理解しているくせにわざわざ見せつけてきた。ふつふつと湧いてくる怒りともつかない感情の正体は覚えていない。
「へえ。見つけられてよかったな。彼女も、ブラシも」
その日から俺たちのグループに希美が混ざり始めた。
蓮児はあんなことをしたのに、彼女が俺たちと遊んでも口出ししない。どういうつもりで見せつけてきたのか気になる俺は、とりあえず希美との距離を詰めてみることにした。
「なあ、希美。手がしもやけになりそうなんだけど。温めてくんねえかな」
戸惑うか、照れるか。せいぜい怒られるくらいだろうなと踏んでいた。
それなのに希美は「えー。大牙はいいんだ?」と返してくるから、こちらも冗談で終わらせることなく手を差し出した。
「別にいいだろ。俺は気にしねえから」
問題なのはそこではないとは言わないでおいた。希美は少しだけ悩んで、それでも手を掴んできた。蓮児のことはそこまで気にしていないのか。そんなおかしなことさえ、どうでもいいと思えた。
それでも一度きり。普段は攻めるのに終わらせたのは、グループを崩壊させたくないからだ。女はすぐ離れるけど、同類は見つからない。それならこれまで通りに相手をすればいいと、一カ月ほど過ごしていたある日のこと。
「あれ、希美。なにしてんの」
神社の階段でうずくまる希美を見つけた。腹でも痛いのかと覗き込むと、涙をぽたぽたとこぼしていた。どうしたのかと質問する暇さえなく、希美は「ごめんね。うちのせいで」と震える声で繰り返す。
「落ち着けよ。なんか嫌なことでもあったん?」
「怒られたの。手繋いだこと、蓮児に知られて」
希美を泣き止ませるよりも、蓮児と話さなければと感じた。蓮児の家へ向かいながら、どうしたいのか分からない。言い訳をしたいのか、誤解を解きたいのか。インターホンを鳴らすと蓮児が玄関から現れた。
「どしたん大牙、そんな顔して。変顔大会でもしとるんか?」
「はあ? お前が希美のことでキレたんだろうがよ」
「ああ、あれ。希美なら泣いて逃げたで」
天気の話でもするみたいな蓮児に、用意していた言葉を詰まらせた。
彼女に手を出そうとしたのに、どうしてそんな顔ができるんだ。
「なんで……。なんで俺には怒らねえんだよ」
「大牙には期待しとらんけえな。略奪しかできんだろ?」
期待してないなんて、それだけはやめてくれ。頼むから。
彼氏持ちばかり追いかけてきたこと、付き合えばすぐに飽きて別れたこと。否定したいはずなのに口から出てこない。
拳を握りしめると、皮膚に爪が食い込んだ。
「へえ。それなら彼女のこと、好きにしていいんだな?」
嘘をついた。
風邪を引きそうだと言わずに火祭りへ行けば。焚き上がる炎を仲間たちと囲んでいれば。どうして希美と手を繋いだのか、本当の理由を話していれば——。
「大体なんの集まりかくらい説明しんさいや」
蓮児の声で意識が戻る。目の前にはチョコレートを咀嚼する彩目ちゃんがいた。
なにも知らないとはいえ地雷原みたいなこの場所で、よくもまあ甘いものを食べられるなと感心する。その隣では希美が頬を膨らませていた。
「だから紹介だもん! 彩目とみんなで遊びたいの」
それだけではないだろと言いたいのは、蓮児も同じなのか目配せをしてくる。そんな空気を断ち切るように彩目ちゃんが両手を叩いた。
「そういうことにしておこうか。折角なら楽しみたいし」
「それならみんなで神社行こうよ! あそこ涼しいからねえ」
柔らかくまとめた彩目ちゃんと、好きに話を進める希美に流されるまま、蓮児が「まあいいわ。次からは気をつけえよ」と廊下に消えていく。
「そうだ。チョコレート冷蔵庫に入れておいてくれないかな」
彩目ちゃんが希美に促しているのを見ながら思う。もし俺たち三人の関係を説明したら、どんな反応をするんだろうか。こめかみを押さえた俺は、ベッドから腰を上げた。
銭湯で誰が長く息を止められるのかを競い、それを中年に叱られたら全裸のまま囲んだり。誇れることではないと気付いてもなお、面白ければそれでいいような中学生。
好きだった。
誰もいないのに広さだけはある家よりも、罰当たりなグループの集合場所にされた神社の方が。理解していることを勉強させてくる教師よりも、馬鹿なことをやめない仲間たちの方が。
蓮児なんかはその典型で、高校入学後も遊んでいた。
「なあ、蓮児。彼氏ができたら可愛くなるやつおらん?」
「また言いよるわ。フリーならブスにでもなるんか」
高校三年生の冬休み。その日は仲間たちとの初詣帰りで、昼間から蓮児の部屋で過ごしていた。グループのメンバーから毎年恒例の火祭りに誘われたのを、風邪を引きそうだと適当な嘘をついて二人で抜け出したのだ。
「知らねえよ。誰かのものだから燃えるんだろ」
「そのうちやけどするで。消火器用意しときんさい」
蓮児は白いダウンを着込んで丸くなり、電気ストーブに手をかざしながら答えた。雪だるまみたいだなと笑うと、インターホンが鳴り響いた。蓮児の親戚でも来たんだろう。そう思い聞き流していたら、部屋の扉がいきなり開かれた。
「ねえ、蓮児。ヘアブラシ忘れたの見てない? ピンクのやつ」
ノックもなしに乱入してきた女は、見たことのない顔をしていた。イラついた俺が「こいつ誰なん? 挨拶もろくにできねえやついるんだな」と吐き捨てると、悪気がなさそうに「えー? うち、希美。よろしくねえ」と返された。
「それよりも蓮児。ブラシないと髪がボサボサになるの」
「ハイハイ。わしはベッド探すけえ。希美は他のところ見んさいや」
だるそうに電気ストーブを離れた蓮児の言葉に、希美が床に両手をついて折り畳みテーブルの下を覗き込む。その光景をなんとなく眺めていると視線を感じ、顔を上げると蓮児がブラシを手に口元を歪めていた。
「見つけたで。これ探しとんだろ?」
「そうそれ。ありがとねえ。さすが蓮児」
「ここまで来んさい。動くの面倒臭いけえ」
ろくでもないことを思いついた時の声がした。
希美はベッドまで歩いて、ヘアブラシに手を伸ばす。その腕を思いきり掴んだ蓮児は、希美の体ごと引き寄せてキスをした。
「……は? いきなりなにしてんだよ。蓮児」
「わしの彼女なんよ。最近できたけん」
蓮児の彼女。その一言で察した。
俺がこれまでにどんな女に手を出してきたのか、理解しているくせにわざわざ見せつけてきた。ふつふつと湧いてくる怒りともつかない感情の正体は覚えていない。
「へえ。見つけられてよかったな。彼女も、ブラシも」
その日から俺たちのグループに希美が混ざり始めた。
蓮児はあんなことをしたのに、彼女が俺たちと遊んでも口出ししない。どういうつもりで見せつけてきたのか気になる俺は、とりあえず希美との距離を詰めてみることにした。
「なあ、希美。手がしもやけになりそうなんだけど。温めてくんねえかな」
戸惑うか、照れるか。せいぜい怒られるくらいだろうなと踏んでいた。
それなのに希美は「えー。大牙はいいんだ?」と返してくるから、こちらも冗談で終わらせることなく手を差し出した。
「別にいいだろ。俺は気にしねえから」
問題なのはそこではないとは言わないでおいた。希美は少しだけ悩んで、それでも手を掴んできた。蓮児のことはそこまで気にしていないのか。そんなおかしなことさえ、どうでもいいと思えた。
それでも一度きり。普段は攻めるのに終わらせたのは、グループを崩壊させたくないからだ。女はすぐ離れるけど、同類は見つからない。それならこれまで通りに相手をすればいいと、一カ月ほど過ごしていたある日のこと。
「あれ、希美。なにしてんの」
神社の階段でうずくまる希美を見つけた。腹でも痛いのかと覗き込むと、涙をぽたぽたとこぼしていた。どうしたのかと質問する暇さえなく、希美は「ごめんね。うちのせいで」と震える声で繰り返す。
「落ち着けよ。なんか嫌なことでもあったん?」
「怒られたの。手繋いだこと、蓮児に知られて」
希美を泣き止ませるよりも、蓮児と話さなければと感じた。蓮児の家へ向かいながら、どうしたいのか分からない。言い訳をしたいのか、誤解を解きたいのか。インターホンを鳴らすと蓮児が玄関から現れた。
「どしたん大牙、そんな顔して。変顔大会でもしとるんか?」
「はあ? お前が希美のことでキレたんだろうがよ」
「ああ、あれ。希美なら泣いて逃げたで」
天気の話でもするみたいな蓮児に、用意していた言葉を詰まらせた。
彼女に手を出そうとしたのに、どうしてそんな顔ができるんだ。
「なんで……。なんで俺には怒らねえんだよ」
「大牙には期待しとらんけえな。略奪しかできんだろ?」
期待してないなんて、それだけはやめてくれ。頼むから。
彼氏持ちばかり追いかけてきたこと、付き合えばすぐに飽きて別れたこと。否定したいはずなのに口から出てこない。
拳を握りしめると、皮膚に爪が食い込んだ。
「へえ。それなら彼女のこと、好きにしていいんだな?」
嘘をついた。
風邪を引きそうだと言わずに火祭りへ行けば。焚き上がる炎を仲間たちと囲んでいれば。どうして希美と手を繋いだのか、本当の理由を話していれば——。
「大体なんの集まりかくらい説明しんさいや」
蓮児の声で意識が戻る。目の前にはチョコレートを咀嚼する彩目ちゃんがいた。
なにも知らないとはいえ地雷原みたいなこの場所で、よくもまあ甘いものを食べられるなと感心する。その隣では希美が頬を膨らませていた。
「だから紹介だもん! 彩目とみんなで遊びたいの」
それだけではないだろと言いたいのは、蓮児も同じなのか目配せをしてくる。そんな空気を断ち切るように彩目ちゃんが両手を叩いた。
「そういうことにしておこうか。折角なら楽しみたいし」
「それならみんなで神社行こうよ! あそこ涼しいからねえ」
柔らかくまとめた彩目ちゃんと、好きに話を進める希美に流されるまま、蓮児が「まあいいわ。次からは気をつけえよ」と廊下に消えていく。
「そうだ。チョコレート冷蔵庫に入れておいてくれないかな」
彩目ちゃんが希美に促しているのを見ながら思う。もし俺たち三人の関係を説明したら、どんな反応をするんだろうか。こめかみを押さえた俺は、ベッドから腰を上げた。