初日(1.2話)
第二.五話「花倉幸路 の華麗なる一日」
一部の知識人の間ではかの有名な、あの曲淵ツバキから招待状を受け取ってから約ひと月。
”明日”が楽しみで仕方ない花倉幸路は、朝早くから事務所に顔を出す。
―――来る謎解き会では、数日留守になる。その前に訪問事はまとめて済ませてしまおう。
これからの数日間に、依頼人からの不要な催促を受けないために午前中は依頼人宅を数件回った。
いつもより張り切って仕事をこなしていったせいかまだ昼だというのに疲労感から肩が重い気がした。
『カフェーで一杯、休憩がてら午後の予定の整理をしよう。』
そう思いパウリスタへ足を運んだ。
ほっと息をつく間もなく顔なじみの文士の青年が向かいの席に勝手に座った。様々な話を振ってはくるものの花倉の意見など聞く耳も持たず、その度にどこぞのサロンで仕入れたのであろう他人の話を鵜吞みにした耳触りのいい言葉を並べただけの一貫性の無いご意見とやらを、さも有難い説法のように熱弁した。
「貴重な意見をありがとう。私は午後にも顔を出したいところがあるのでね。」
うんざりしてしまった花倉は一服することもできないまま、店を後にしようと腰を上げ、山高帽を無駄のない所作で被る。
「花倉殿~!もう少しゆっくりしていってもいいじゃあないか。」
青年が私の事件の解決に至るまでの話を聞きたそうに引き止める。
「この間の事件の話とか!」
「ああ、また次の機会に必ず――」
厨房近くに立っていた給仕の少年も今まで眠そうな顔をしていた癖に”事件”という言葉にぴくっと反応を示す。探偵小説のような話かと、こちらの会話に耳をすませ、時折こちらをちらちらと伺っていた。
花倉はこほんとわざとらしい咳払いをしてから、
「明日からさらなる謎に挑むため、今日の内に万全の準備をしておきたいからね。」
そう言って颯爽と喫茶店を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
依頼人宅への進捗の報告も全て済ませ、ついでに解決の難しい事件を解決する際に手を貸して以来ちょくちょく交流を持つようになった巡査の所へ立ち寄る。
「巡査殿、変わりはないかい?」
「ああ!花倉探偵。いつもすまないね。今日は困りごとはないよ」
花倉が声をかけると昼下がりの派出所でぼんやりとしていた巡査はぱちぱちと目をしばたかせ、こちらを認識したようで陽気な顔で軽く頭を下げた。
帝都で大きな面倒事は起ってはいないようで花倉もほっとした。ただ巡査は何か思い出したように
「あ・・・そういえば帝都内といえば帝都内か…」とひどく歯切れ悪く言おうか言わまいか悩んでいた。
「巡査殿、何か気になることでも?」
「いや…まあ私の田舎の方でね、帝都へ奉公に出した子どもが連絡が途絶えるっていうのを聞いたんです。」
この巡査は担当区域だけでなくついに自分の故郷の噂話も事件として頼るようになったのだろうか…。
花倉は断りにくい内容にどうしたものかと思いながらも冷たく返した。
「奉公や弟子入りした者なら仕方ないだろう。」
それでも腑に落ちないようで巡査は続けた。
「私の方で聞いて回ったけど表に出てきているだけでも6件。・・・それも奉公先は曲淵邸なんだ。」
きっとこの巡査も風の噂で謎解き会のことや花倉がそれに招待されたことを知ったのだろう。
『きっと匡あたりか…。まだ学生だし、人にも話したくなって当然といえば当然。』
「いつも世話になっている巡査殿の心配事であるならば、私の方でも探っておきましょう。」
「ああ!ああ!!頼りになるよ。花倉先生!」
ここぞとばかりに”先生”などと強調し肩を叩いてくる。
巡査の話は確かに引っかかる。確証のない疑惑の域を超えないものではあるが、曲淵に対する興味がさらに増した。
明日はその曲淵様にお会いするわけだからな。しっかりと身支度を済ませ明日に備えよう。
深夜近くに花倉幸路は床につく。一日の疲れからかすぐさま意識は遠のいていった。
まさかその時刻に帝都を騒がせることになる大きな事件が起こっているとも知らずに・・・
――2.5話終了――