お礼

『ハグとキス』


 命懸けの掃討作戦をやり遂げ、他国の捜査官たちは自国へと帰っていった。色々と揉めたが、彼等の協力なしには作戦の成功は愚か、実行すら出来なかっただろう。
 降谷は憎たらしい赤井と、握手して別れた。憎たらしいとは思うが、感謝していたのだ。長い付き合いだが、握手したのは初めてだった。
 それから、半年。何故か、また赤井が日本へと戻って来た。
 日本警察に騒めきが走った。降谷は、仕方なく、赤井が到着する空港まで出迎えに行った。
「やぁ、降谷くん」
 赤井は到着ゲートで降谷を見つけると、実にフレンドリーに両手を広げてハグをした。いや、しようとしたのでやめさせた。
「僕、ハグは苦手で」
「あはは、変わってるな」
 変わってない。日本人の殆どはそうだ。降谷は敢えて言わなかった。 
「で?また、なんで舞い戻ってきたんです?」
「仕事だ。暫くは日本にいる」
「何の?」
「…赤坂方面で、とだけ言っておくよ」
 赤井は極秘任務で大使館に詰めるらしい。
「我々は協力体制にありますので、何事も連絡してくださいよ」
 黙って悪させるなよ。降谷はそう釘を刺して、赤井を赤坂まで送ってやった。

 それからというもの、あちこちで赤井と遭遇することになった。
 霞ヶ関や赤坂は想定内だ。米花町もあり得るなと考えてはいた。だが、仕事で訪れた繁華街で鉢合わせたのは、さすがにおかしい。
「あの、貴方、僕のこと尾行してます?」
「まさか」
 赤井はいつも、降谷と会うたびにフレンドリーに声を掛けてきてハグを試みるので、とうとう、降谷はそれを受け入れた。新宿の、ど真ん中で、赤井は降谷にハグして頬を合わせ、馴れ馴れしく肩を抱いたのだった。
「ものすごく嫌そうな顔をするな、君」
「ハグは嫌いです」
 赤井は面白がって、降谷の嫌がることをしたがった。
「そんなことでは、海外に赴任した時に困るぞ。少しはあちらの文化にも慣れた方がいい」
「僕は、日本から…」
 出ない。と言い掛けて、思い直した。確かに、そのうち、異動がある。そう言えば、この間、外務省の人事が、わざわざ降谷に声を掛けて来た。あれは、もしかして、そういうことか?
 …海外赴任、なくもない。
「まぁ、それもそうですね」
 降谷は甘んじて肩を抱かれるのを受け入れて街を歩いた。
 ワンブロックを他愛のない会話をしつつ歩き、赤井は降谷を解放した。
「今度会ったら、君からハグしてくれ」
 そして、まるで街に紛れるように狭い路地裏へと姿を消したのだった。

 それから程なくして、本当に降谷に出向の打診があった。在外公館警備対策官として海外に出るつもりはあるか?という意志確認だった。
 実のところ、降谷は先の大功労のお陰で目立ち過ぎていた。公安として、これ程に顔が売れてしまってはやり辛いのも確かだ。
 愛する日本から離れたくは無いが…。
 降谷は迷った。返事は保留にした。
 そう言う時、降谷は友人たちの墓を巡る。命日や盆に行けないこともあるのに、こんな時は訪れる。友は草葉の陰で嘆いているだろう。
 無心に草をむしり墓石を磨き、花を供えた。
 墓石に悩みを打ち明けるような馬鹿はしない。そんなもの聞かされても困るだけだからだ。
「よし」
 だが、雑念は消えた。
「なかなか墓参りにもこられなくなるな」
 寂しいが、仕方ない。
 
 ついでに米花町にも寄った。縁のある少女の顔を見ておきたかったのだ。初恋の人の娘であり、降谷が保護すべき少女だ。彼女を見守るのは、自分の役目だと思っていたが…。
 遠目に確かめると、彼女は、庭先で養父である発明家の紳士と庭木に水撒きをしているところだった。あんなに明るい笑顔、降谷には見せてくれない。
 自分の役目は、もうないのだ。
 ぽん
 後ろから肩を叩かれた。驚かなかった。気配は感じていたからだ。
「はぁ、また貴方ですか」
 何故かまた赤井と鉢合わせた。
「俺も志保の様子を見に来たんだが、声を掛けそびれてな」
「…」 
 役目を無くした哀れな男同士だ。無碍には扱えない。
「飯でもどうだ?」
「僕と?貴方が?」
「酒にはまだ早い。嫌か?」
「良いですけど」
 ちょっとばかり人恋しい気分なのも確かだ。降谷は断らなかった。
「おっと、約束を忘れてた。君からハグしてくれ」
「………まぁ、いいですよ」
 降谷はぎこちなく赤井をハグした。腹立たしいが、腕が足りないくらいに逞しい身体だった。
「ぎゃっ」
 すぐに放そうとしたのは、逆に抱きしめられ敵わなかった。ついでに大袈裟な音を立てて頬にキスされた。
「〜っ!」
 ジタバタ暴れて、赤井に散々笑われた降谷であった。


 半年後、降谷は米国の在日大使館へと派遣された。この地に暮らす日本人をテロの脅威から守るのが仕事だ。同時に、他国の警備官や米国の捜査官で構成されるテロ対策チームにも招集された。
 そして、なんと、驚くことに、そこのリーダーは赤井秀一であったのだった。
「俺のチームだ。いいメンバーをスカウトしてきた」
 あの時日本に現れたのも、降谷を釣るためだったらしい。実に、腹立たしい。
 赤井は出会った頃より溌剌として、訓練、任務とアグレッシブに動き回っていた。元気過ぎるくらいだ。勿論、降谷と会うとハグとキス。もう好きにさせている。それだけ親しみを感じてくれてるということだ。
 とはいえ、降谷の方はそうはいかない。まだまだチームメイトにもハグできないまんまだ。   
「これが、こちらの文化とは分かっているんですけど」
「レイ、お前はまだ気付いてないのか?」
 そんな降谷に、チームメイトは呆れ気味に進言してくれるのだった。
「リーダーはハグは好きじゃない。オレにはしない。しようとすると、避けられる」
「へ?」
「もっと言うと、お前にしかしない」
「へ?」
 赤井と長い付き合いの捜査官は肩を竦めた。
「シュウはそういう奴だよ」
「えー?」
 降谷は混乱した。  
 これまでのハグとキスがぐるぐると頭を駆け巡った。あれは、一体…。
「あぁ、ここにいたのか」
 そして、そのタイミングで現れるのが赤井という男なのだ。
「これから飯に行かないか?」
 他のチームメイトには見向きもせず降谷だけを誘う。清々しいまでの特別扱いだ。
「えー?」
 いつから何処から赤井の策略だったのだ?いやいや、策略とは大袈裟だ。
 アプローチ?
「ほらほら、早く着替えてくれ。洒落た店に連れていくから」
「えー?」
 とにかく、自分の鈍さ加減に、ちょっと呆れる降谷なのだった。

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