お礼
『Happy Bazar』
「降谷さんって、赤井さんのこと好きなんですか?」
唐突な質問に、降谷は手に持ったコップを手から落としてしまった。
「きゃっ」
隣にいた可愛らしいお嬢さんは、小さな悲鳴をあげた。
「あ、あ、す、すみません」
慌ててしゃがみ込み、落としたカップを拾おうとして、そのまま、立ち上がれなくなった。
今、このお嬢さんは何と言った?
赤井のことを好きかと?そう?
「あの、降谷さん?」
「あ、しゃがまないで、蘭さん。可愛いスカートが汚れたら大変だ」
降谷は気合いで立ち上がり、何でもない顔を装った。
「紙コップで良かったです。手が滑ってしまって」
「中身が空で助かりましたね」
にこり
蘭は愛らしく微笑んだ。
本日は、米花町で行われているバレンタインフェスタに来ていた。「チョコを作りたいんですけど、材料とかラッピングとかのお店を巡りたくて」世話になった毛利家のお嬢さんにそんな風に誘われたら、断れない。
それが、まさか、騙し討ちを喰らうとは知らずに。
のこのこと現場にやってきた降谷は、公園の入り口で蘭のボーイフレンドの新一と、因縁の男である赤井に鉢合わせることになったのだった。
勿論、偶然のわけがない。騙されたのだ。
降谷とこの男、赤井の仲は微妙だ。顔を合わせれば殴り合いになった時期もあった。それをちょこっとずつじりじりと歩み寄っているところだったのだ。
それをこの男は、何を考えているのか、先日、いきなり「二人きりで会いたい」と言い出した。勿論、降谷だとて、頑なに拒みはしない。分かりましたと承諾したというのに、赤井は微妙な顔で「デートに誘ってる」と宣ったのだった。
降谷はその時も、休憩スペースでコーヒーの紙コップを落とした。そして、戸惑いのままに逃げたのだった。
あのコーヒーは赤井が片付けてくれたのだろうか。まぁ、どうでも良い。
とにかく、二人の仲は前のようにギクシャクした物に戻り、降谷は赤井を避け始めた。
そんな、矢先のコレだ。
蘭は屈託ない笑顔で、あれも見たい、これも食べたいと楽しそうだ。降谷も波風は立てたくない。
「このココア、美味しかったですね。帰りに買おうかな」
店先で配られた試飲のココアは二口で飲み終わった。今は、フードを買い出しに行ってる新一と赤井を待っているところだ。
「ふふ。それにしても、降谷さんって安室さんとは全然違う人みたいですね」
「えぇ、そうですね。僕は安室ほど人好きするタイプでもないですから」
「安室さんは、色んな女の人に声掛けられても、ひらりと躱しちゃってたじゃないですか」
蘭はキラキラと瞳を輝かせて、ほらほらと何度も頷いた。
「やっぱり、赤井さんのことは特別なんですね」
「いやっ!そういうはわけでは」
「新一が言ってました。二人は、お互いを特別に思ってるって」
それは、蘭が思うようなロマンスではなくて…。
あぁ、もう、仕方ない。
降谷は滅多に自分のことを語らない。語る相手がいないし、仕事ばかりのつまらない人間だと自分でも知ってるからだ。
だが、誤解されたままというのは、困る。
「僕と、あの男は、そんな甘い関係ではないのです」
降谷は腹を括って切り出した。
「出会った頃から嫌いでした。全てが僕より優っていて、僕のことは眼中にない素振りで、それが悔しくて」
「分かります。自分を見て欲しいって気持ち」
「うん?」
そんな話だったか?
少し引っかかるが、先に進む。
「その後も色々とありました。お互いを傷付ける決定的な出来事もありました。僕らは、完全に、袂を分かったんです」
「でも、降谷さんは、赤井さんのことを命懸けで守ったって聞きました」
大規模作戦の折のことだ。確かに、降谷は凶弾から赤井を守った。
「それは、なんというか、まぁ、体が勝手に動いたというか」
「ほらぁ、やっぱり好きなんじゃないですか」
「好きじゃないですっ、あんな男。でも、どうしたって死なせられませんよ。あの男がいなくなるなんて、世界にとってもとんでもない損失です」
「世界…」
少し大袈裟すぎた。蘭が戸惑ってしまっている。
ゴホン
降谷は一つ咳払いをして気を取り直す。
「と、とにかく、恋愛とかそういうのとは別です」
「でも、赤井さんは降谷さんのこと好きって言ってました」
「それが変なんですよ。なんであの男が僕なんて好きになるんですか。理解できませんよ」
それこそが、降谷が赤井のことを避けた理由だ。
あの赤井が、何をトチ狂ったのか、そんな馬鹿を言い出したのだ。距離を置いて、頭を冷やす必要があった。
そのうち、冷静になったら、きっと、また、ぎこちない友人未満の仲に戻れるだろう。
「分かります、降谷さんの気持ち。恋すると、自信が無くなっちゃうんですよね。新一ばっかり余裕あって、私はいつも置いてきぼりで、じゃあ私って新一の何なの?って、不安で」
蘭は何度も頷いた。そして、小さな…小さくはないが、胸を抑えて切ない溜息を吐いたのだった。
「新一、言ってたんです。私の事だけは解くのは無理だって。すごく悩んでくれてた。私の事、いっぱい考えてくれてるんですよね」
艶々の頬が真っ赤に染まって、恋にピカピカ輝いている。降谷はそれを眩しく見つめた。
「降谷さんが、赤井さんのこと何で?って考えるの、理解したいからですよね?それって、やっぱり恋なんじゃないですか?」
「こ、こ、恋っ?」
「赤井さん、喜ぶと思うな。降谷さんがこんなにも悩んでくれてるって知ったら」
「いやいやいやいやいや」
なんでもかんでも恋になるわけじゃない。
だが、それを恋する乙女に説明するのは、これまた難しい。男同士の意地とか面子というのは、女性からするととんでもなく馬鹿馬鹿しい事であるし、言葉にすると陳腐になる。
降谷と赤井は、違う。恋愛とか、そういうふわふわした物でなく、もっと、こう、魂の…。
ザリ
靴音に振り返る。
そこでは、両手に飲み物とフードを持った赤井が立ち尽くしていた。
「そうだったのか」
ぽつりと呟かれた言葉には、不安な要素しかない。
まずい。変な方向に話が進み出してる。
「すまない。そういう君の繊細さを分かってなかった」
「だから、そういうのではなくてっ!」
降谷の叫び声は、チョコの甘い匂いと、祭りのふわふわした空気に紛れて、消えた。
勿論、彼自身、己の頬が、赤く染まっていることには気が付かなかった。
それは、まるで、先ほどの蘭のように恋にピカピカ輝く頬だった。
「降谷さんって、赤井さんのこと好きなんですか?」
唐突な質問に、降谷は手に持ったコップを手から落としてしまった。
「きゃっ」
隣にいた可愛らしいお嬢さんは、小さな悲鳴をあげた。
「あ、あ、す、すみません」
慌ててしゃがみ込み、落としたカップを拾おうとして、そのまま、立ち上がれなくなった。
今、このお嬢さんは何と言った?
赤井のことを好きかと?そう?
「あの、降谷さん?」
「あ、しゃがまないで、蘭さん。可愛いスカートが汚れたら大変だ」
降谷は気合いで立ち上がり、何でもない顔を装った。
「紙コップで良かったです。手が滑ってしまって」
「中身が空で助かりましたね」
にこり
蘭は愛らしく微笑んだ。
本日は、米花町で行われているバレンタインフェスタに来ていた。「チョコを作りたいんですけど、材料とかラッピングとかのお店を巡りたくて」世話になった毛利家のお嬢さんにそんな風に誘われたら、断れない。
それが、まさか、騙し討ちを喰らうとは知らずに。
のこのこと現場にやってきた降谷は、公園の入り口で蘭のボーイフレンドの新一と、因縁の男である赤井に鉢合わせることになったのだった。
勿論、偶然のわけがない。騙されたのだ。
降谷とこの男、赤井の仲は微妙だ。顔を合わせれば殴り合いになった時期もあった。それをちょこっとずつじりじりと歩み寄っているところだったのだ。
それをこの男は、何を考えているのか、先日、いきなり「二人きりで会いたい」と言い出した。勿論、降谷だとて、頑なに拒みはしない。分かりましたと承諾したというのに、赤井は微妙な顔で「デートに誘ってる」と宣ったのだった。
降谷はその時も、休憩スペースでコーヒーの紙コップを落とした。そして、戸惑いのままに逃げたのだった。
あのコーヒーは赤井が片付けてくれたのだろうか。まぁ、どうでも良い。
とにかく、二人の仲は前のようにギクシャクした物に戻り、降谷は赤井を避け始めた。
そんな、矢先のコレだ。
蘭は屈託ない笑顔で、あれも見たい、これも食べたいと楽しそうだ。降谷も波風は立てたくない。
「このココア、美味しかったですね。帰りに買おうかな」
店先で配られた試飲のココアは二口で飲み終わった。今は、フードを買い出しに行ってる新一と赤井を待っているところだ。
「ふふ。それにしても、降谷さんって安室さんとは全然違う人みたいですね」
「えぇ、そうですね。僕は安室ほど人好きするタイプでもないですから」
「安室さんは、色んな女の人に声掛けられても、ひらりと躱しちゃってたじゃないですか」
蘭はキラキラと瞳を輝かせて、ほらほらと何度も頷いた。
「やっぱり、赤井さんのことは特別なんですね」
「いやっ!そういうはわけでは」
「新一が言ってました。二人は、お互いを特別に思ってるって」
それは、蘭が思うようなロマンスではなくて…。
あぁ、もう、仕方ない。
降谷は滅多に自分のことを語らない。語る相手がいないし、仕事ばかりのつまらない人間だと自分でも知ってるからだ。
だが、誤解されたままというのは、困る。
「僕と、あの男は、そんな甘い関係ではないのです」
降谷は腹を括って切り出した。
「出会った頃から嫌いでした。全てが僕より優っていて、僕のことは眼中にない素振りで、それが悔しくて」
「分かります。自分を見て欲しいって気持ち」
「うん?」
そんな話だったか?
少し引っかかるが、先に進む。
「その後も色々とありました。お互いを傷付ける決定的な出来事もありました。僕らは、完全に、袂を分かったんです」
「でも、降谷さんは、赤井さんのことを命懸けで守ったって聞きました」
大規模作戦の折のことだ。確かに、降谷は凶弾から赤井を守った。
「それは、なんというか、まぁ、体が勝手に動いたというか」
「ほらぁ、やっぱり好きなんじゃないですか」
「好きじゃないですっ、あんな男。でも、どうしたって死なせられませんよ。あの男がいなくなるなんて、世界にとってもとんでもない損失です」
「世界…」
少し大袈裟すぎた。蘭が戸惑ってしまっている。
ゴホン
降谷は一つ咳払いをして気を取り直す。
「と、とにかく、恋愛とかそういうのとは別です」
「でも、赤井さんは降谷さんのこと好きって言ってました」
「それが変なんですよ。なんであの男が僕なんて好きになるんですか。理解できませんよ」
それこそが、降谷が赤井のことを避けた理由だ。
あの赤井が、何をトチ狂ったのか、そんな馬鹿を言い出したのだ。距離を置いて、頭を冷やす必要があった。
そのうち、冷静になったら、きっと、また、ぎこちない友人未満の仲に戻れるだろう。
「分かります、降谷さんの気持ち。恋すると、自信が無くなっちゃうんですよね。新一ばっかり余裕あって、私はいつも置いてきぼりで、じゃあ私って新一の何なの?って、不安で」
蘭は何度も頷いた。そして、小さな…小さくはないが、胸を抑えて切ない溜息を吐いたのだった。
「新一、言ってたんです。私の事だけは解くのは無理だって。すごく悩んでくれてた。私の事、いっぱい考えてくれてるんですよね」
艶々の頬が真っ赤に染まって、恋にピカピカ輝いている。降谷はそれを眩しく見つめた。
「降谷さんが、赤井さんのこと何で?って考えるの、理解したいからですよね?それって、やっぱり恋なんじゃないですか?」
「こ、こ、恋っ?」
「赤井さん、喜ぶと思うな。降谷さんがこんなにも悩んでくれてるって知ったら」
「いやいやいやいやいや」
なんでもかんでも恋になるわけじゃない。
だが、それを恋する乙女に説明するのは、これまた難しい。男同士の意地とか面子というのは、女性からするととんでもなく馬鹿馬鹿しい事であるし、言葉にすると陳腐になる。
降谷と赤井は、違う。恋愛とか、そういうふわふわした物でなく、もっと、こう、魂の…。
ザリ
靴音に振り返る。
そこでは、両手に飲み物とフードを持った赤井が立ち尽くしていた。
「そうだったのか」
ぽつりと呟かれた言葉には、不安な要素しかない。
まずい。変な方向に話が進み出してる。
「すまない。そういう君の繊細さを分かってなかった」
「だから、そういうのではなくてっ!」
降谷の叫び声は、チョコの甘い匂いと、祭りのふわふわした空気に紛れて、消えた。
勿論、彼自身、己の頬が、赤く染まっていることには気が付かなかった。
それは、まるで、先ほどの蘭のように恋にピカピカ輝く頬だった。