学校であった怖い話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
お返しのその意味は
渡そうかな、どうしようかな、迷惑じゃないかな。
でもせっかく用意したんだし、やっぱり渡したいな。
紙袋を握った手にぎゅっと力を込める。もたもたしてると帰っちゃうかもしれない、早く渡しに行かなくちゃ。
放課後の人気のない廊下を早足で歩き進める。冷え込んだ廊下は人がいないのも相まって一段と寒く感じ、私の歩みは自然と早足になる。
確か今日、彼は友達の手伝いをするとかで残っていたはず。教室で待っていれば会えるかな。
ふと、廊下の窓ガラス越しに外の景色が目に付いた。人気の少ない中庭で二人の男女が向かい合っている。
この寒い時にわざわざ外に出なくてもなんて思いながら見ていると、女子の方が男子に何かを手渡した。
女子がためらいながら紙袋を差し出し、男子がはにかみながらそれを受け取る。
そう、今日はバレンタインデー。
大切な人にチョコレートを渡して想いを伝える日だ。
どうやら想いは通じ合ったらしい。二人は連れ立って歩きながら校舎の中へ入っていった。
彼らのように告白をする人もいるが、割合的には少ないらしい。多くの人は友達や家族、お世話になっている人に贈る。はたまた自分用に購入して楽しむ人も少なくないらしい。
そんな私もチョコレートを渡したい人がいる。それが先ほどから探している彼だ。
こんなことなら放課後になる前に渡せば良かった。でも彼は人目に付く所で渡されるのが好きじゃなさそうなイメージがある。だから朝礼が始まる前や休み時間に、今じゃないな、今じゃないなとタイミングを逃してしまい今に至る。
そうこう考えているうちに目的地に着いた。
目的の場所、二年B組に着いた私は教室の扉をそっと開けて室内を覗き込んだ。
一人の男子生徒が窓際の席に座って外を眺めている。
「荒井くん」
探していたその人、荒井昭二を見つけた私は彼の後ろ姿に向かって声をかけた。
彼は何をするでもなく、窓の外を見つめていた。日が落ちるのが早いこの季節は、外の景色はもう既に暗くなりつつあり、この状態だと見えるものも見えなさそうなのに一体何を見ていたのだろう。
彼の顔が向いていた方向に目をやれば、屋上が目に入った。屋上は暗さも相まってどこかどんよりとして見える。誰かいるわけでもないし、見ていて面白そうなものでもなさそうだ。手持ち無沙汰でぼうっとしていたのかな。
「良かった、まだ学校にいたんだね。もう帰っちゃったかと思って」
「どうかされましたか」
声をかけると荒井くんが私の方に振り返った。
私は教室の中に入ると荒井くんの隣の席まで近づく。
「はい、これ。いつもお世話になっているから」
私は鞄から綺麗にラッピングされた箱を取り出し、彼に手渡した。
残念ながら私にはいわゆる「本命」はいない。でも他にチョコを渡したい人は何人かいた。友達や部活仲間、お世話になってる人。荒井くんはその中の一人だ。
「荒井くんにはいつも相談に乗ってもらってるから。本当に助かっているよ、ありがとね」
荒井くんがいなかったら今頃私は鳴神に通い続けられなかった。冗談抜きでこの学校は危機が多すぎる。
「いえ…………」
おや? 何だか浮かない顔をしている。
元々感情が表に出にくい彼だけど、それにしても反応が薄い。あまり歓迎しないものだったのだろうか。
荒井くん、こういうイベント好きじゃなさそう。盛り上がる人を冷めた目で見ていそうな気がする。やっぱりやめておけば良かったかな……。
いや、もしかして、荒井くんには本命がいたとか? だから私から受け取るのは気が引けているのかも。
「もしかして甘いもの苦手だった? ごめんね、そこまで考えないで用意しちゃった。気にしないでね」
贈り物って苦手だ。何がその人の喜ぶものか、嫌なものか分からないから。
やっぱり余計なことしちゃったかな……。
私がそう言えば、彼は静かに否定した。
「いえ、そうではなくて。僕は甘いものも好きです。ただ、こういったものを受け取るのが初めてだったので驚いてしまったんです」
どうやら私の心配は杞憂だったみたいだ。
「そうなの? 荒井くんなら他にもくれる人がいそうだけど。それこそ女の子とか」
「そう見えますか」
じっと私の目を見つめてくる。あまりにも真っ直ぐな視線に、その真意が読み取れない私は居心地の悪さを感じ思わず目を逸らしてしまった。
「えっと、同じクラスでいられるのもあと少しだよね。さすがに来年も同じクラスにはなれないかなあ。寂しくなるね」
心の奥底まで見透かされそうな視線に耐えきれずに、気を逸らす為に話題を変える。
「そうですね」
「三回連続で席が前後で一緒になったもんね、今年に限っていえば親の顔より見たでしょ? 私の後ろ姿」
私が苦笑し、荒井くんはほんのちょっとだけ表情を緩めた。
「ええ、夢野さんの後ろ姿が見られるのもあと少しだと思うと名残惜しいですよ」
荒井くんも寂しいと思ってくれるの、ちょっと嬉しいな。
「夢野さん」
荒井くんが私に向かって何か改まった感じで呼びかける。少し緊張したような雰囲気を感じ、私もつられて背筋を伸ばす。
「どうしたの?」
「いえ、…………何でもないです。よろしかったら一緒に帰りませんか」
「そうだね。暗くなってきたし早く帰ろう」
何かを言いかけて彼は口を閉ざし、いつもと同じ落ち着いた雰囲気で話を始めた。
荒井くんって何考えているか分かりづらいけど、それでも私のプレゼントを受け取ってくれたり、名残惜しいと思ってくれる程度には親しく思ってくれているのかな。
彼が好きな映画の話を聞きながら、いつもより饒舌に話す彼の横顔を見ていた。
*
それから一ヶ月。
少し暖かくなってきたとはいえまだまだ寒さの残るこの季節、私は手を擦り合わせながら屋上に立っていた。
何も好き好んで校舎内よりも寒いこの場所に来たわけじゃない、呼び出されたのだ。
「うーん、さむいさむい。さむいよう」
誰に言うでもなく独り言を呟く。そうすると寒さがまぎれるような気がしたけどそんなことはない。
一旦校舎に入ろうか、そう思った瞬間扉が音をたてて開き待ち人が姿を現した。
「すみません、遅くなりました」
私を呼び出したその人、荒井くんが早足で私のところへ向かってきた。
「大丈夫だよ。また中村くんに捕まってたの?」
荒井くんが時間に遅れるとなると何か突発的な出来事に遭遇したとかそのあたりだろう。だとすると彼によく絡んでいる中村くん辺りに見つかってしまったのかと考えたら、その通りだった。
「ええ、そんなところです。春休みの予定はあるのか、アルバイトをしないかとしつこく聞かれました」
「またやってるの? 懲りないなあ」
中村くんもよくめげないものだと思う。夏休みに知人を片っ端からアルバイトに誘い、実質違法な労働であったことがバレて大勢から詰められたというのに、またこれだ。私はたまたま予定が合わなかったから断ったけど、荒井くんも断ったと言っていたな。
「それと、この紙袋を誰に渡すのかとしつこく聞かれまして。夢野さん、これを」
彼は手に持っていた紙袋を私に差し出した。
「ひと月前のお返しです」
袋から中身を取り出してみると、綺麗にラッピングされた箱が入っていた。有名なブランドのロゴが記されている。顔に箱を近付け匂いをかいでみる。ほんのりとチョコレートのいい香りがする、これだけでちょっと心が弾んでしまう。
「うわあすごい。美味しそう」
それにしても荒井くんってば真面目だ。律儀にお返しをくれるなんて。
しかも私の好きな味のチョコレートだ。中々自分では買えないようなチョコをもらうのって嬉しいな。
この場で開けて食べたくなってきた。一個だけ食べちゃおうかな。
私がすっかりチョコレートに夢中になっていると、荒井くんが私のことをじっと見つめていたので、恥ずかしくなってチョコレートを紙袋にしまった。
「あと、こちらを受け取ってくれますか」
静かな、それでいて意思を感じさせる口調で彼は手のひらに収まるくらいの小さな袋を差し出した。
「気に入ってくださると良いのですが」
こちらの様子をうかがうように差し出されたそれを受け取り、袋から出してみる。中には木で出来た櫛が入っていた。
薄いクリーム色をしたそれは表面を撫でるとすべすべとした質感で、不思議と手に馴染むような感じがする。なめらかな手触りは心地が良く、ずっと触っていたい気持ちになる。
「つげ櫛です。つげという植物から作られた櫛でして、プラスチックで出来た櫛よりも髪を痛めにくいと言われています。静電気が起きにくく、また椿油が染み込ませてある為、とかすほど髪につやとまとまりを与えるそうです。以前夢野さんが、冬は髪が乾燥して広がると言っていましたので、お役に立てればと思いまして」
つげ櫛って何か聞いたことあるかも。手入れをして使う櫛で、ちゃんと手入れをすれば一生ものとして使っていけるとか。凄いものを貰っちゃった。
「そんな、貰っていいの? 私があげた以上に荒井くんから貰っているから何だか申し訳ないよ」
「僕があなたに渡したいんです。受け取ってくれますか」
荒井くんにきっぱりとした口調で言い切られた。
そこまで言われたら受け取らないのも失礼だよね。
「ふふ、ありがとうね荒井くん。大切にするよ」
私が返事をすれば荒井くんもふっと笑顔になった。
いつもクールな彼の珍しい笑顔に、少しどきどきしてしまった。
私のことを思ってプレゼントを選んでくれただなんて、ちょっとときめくかも。荒井くんって頭が良いだけでなく、人のことをよく見ているんだなあ。
「差し支えなければですが、髪を梳かせていただけないでしょうか」
男の子に髪の毛を触られるって、ちょっと意味深じゃない? 荒井くんに他意はないのかな。つげ櫛の実力をこの目で確かめてみたいのかもしれない。荒井くんって好奇心旺盛だし。
「僕は後ろの席から見ていて、ずっと夢野さんの髪をとかしてみたいと思っていたんです」
一度毛先を中心に櫛を通し、その後頭皮から毛先へと櫛を動かしていく。
まるで絹を扱うかのような丁寧な手付きで彼は髪を梳かしていく。
「そうなの? 荒井くんって不思議なことを考えるんだね」
男の子だから長い髪に憧れがあるとか、物珍しさがあるんだろうか。
「痛くはないですか?」
「全然。ちょっとくすぐったいかも」
他愛もない会話をしながら荒井くんが少しずつ私の髪をとかしていく。荒井くんのやり方は自分でとかすよりもはるかに繊細な手つきで、彼が気をつかってくれているのが感じられた。
「終わりました」
彼が私に櫛を差し出し、受け取る。少し名残惜しいと思ってしまったのは何でだろう。
鞄の中を漁り、ポーチから小さい鏡を取り出して見てみる。腕を伸ばし、鏡を出来るだけ遠くにしてより全体が映るように頑張ってみる。すると、鏡の中の私はいつもよりも髪がするんとまとまっていて素敵に見えた。
シャンプーのCMの女優さんまではいかないけど、中々いいんじゃない?
「どう?」
「ええ、とても似合っていますよ」
「似合っているっていうのも、なんか変だね」
二人でふふっと笑う。
荒井くんから貰ったこの櫛、ずっと大事にしよう。
*
ない、ない、ない!
どこにもない!
嘘でしょ、そんな、貰ったばっかりなのに!?
荒井くんから貰った櫛を早々に失くしてしまった。
心当たりがある。昼休みに私はトイレで櫛を使って髪をとかした。相変わらず髪にするする馴染んで綺麗に整い、鏡を見て満足した。
その時に置き忘れたんだ。だってそれ以降使っていない。
あわててトイレに行くも、既に放課後。櫛はどこにも無かった。
落とし物が届いていないか職員室にも確認に行ってみる。けれど、返ってきた答えは私を失望させただけだった。
せっかく荒井くんが私のためにくれたのに。彼の気持ちを台無しにしてしまった。
トボトボと教室まで戻ると、そこにはなんと今私の頭の中を占めているその人、荒井くんがいた。
「どうしたんですか?」
よっぽど私は落ち込んでいたのだろう。何か感じ取った荒井くんが私を気遣うように声をかけてきた。
「えと、その……」
昨日の今日で失くしましたなんて、プレゼントをくれた人に言えるわけがない。
私が言い淀んでいると荒井くんが口を開いた。
「櫛のことですか」
思わず息を呑む。
荒井くんってエスパー?
「荒井くん、ごめんなさい……。貰った櫛、無くしてしまいました。本当にごめんなさい」
深々と頭を下げ謝罪の意を示す。
失望や怒りの反応を身構えていたけれど、返って来た答えはそのどちらでもなかった。
「その心配はありませんよ。鞄の中を探してみてください」
言われるがままに鞄の中を見てみると、なんとつげ櫛が袋に入ったままポーチの中にあった。
「え!? う、うそ。そんな、どうなってるの?」
さっきあれだけ探したのに、私の見落とし?ううん、そんなことはない。だってかれこれ三十分以上は探していたんだから。
私の動揺を他所に、荒井くんは平然と告げた。
「これは特殊な櫛でして、持ち主の元に必ず戻ってくるんです」
何それ、特殊すぎる。
どういう仕組みなんだとか、どこで手に入れたのかとか、本当にそんな事があり得るのかとか、ツッコミを入れたいところが色々あるけど何から聞いたらいいのか戸惑っている間に彼は話を続ける。
「ちなみに、捨てても戻ってきますし、燃やそうとしても無駄です」
「怖!?」
なんか似たような話を聞いたことがある。櫛じゃないけど、確かあれはバレーボールの怪談だったかな、いや今はそんなことは関係ない。
「そして、盗もうとした人間は…………」
これだけ不可思議な櫛なら何か起こるのでは。ゴクリ。緊張して思わずつばを飲み込む。
「夢野さんには関係のないことですから。気にしなくて良いですよ」
「そう言われると気になるなあ」
何だか拍子抜けしてしまった。
私の不服そうな言葉を流して、荒井くんは改まった表情で告げた。
「ところで夢野さん、櫛をプレゼントする意味をご存知でしょうか」
「知らないけど何か意味があるの?」
「ご存知ないのでしたら、いずれ知っていただければ結構です。どちらにせよこの櫛はあなたの物ですから」
荒井くんが私の手を取り、櫛をそっと握らせた。一瞬手と手が触れ合い不覚にも意識してしまう。チラッと荒井くんを見れば、彼は櫛をプレゼントしてくれた時と同じように微笑んでいた。
「あなたの元を離れない、生涯共にある櫛。その意味を忘れないでくださいね」
処分しようとしても不可能な物体を贈る。普通に考えてそれって嫌がらせじゃない?
もしかして私、荒井くんに嫌われていたのかな…………。
その割には荒井くん嬉しそうだけど。
まさか、嫌がらせをして喜んでいるの? なんて卑劣な人なの……!!
*
「ねえ知ってる? 呪われた櫛の話」
「何それ?」
「なんかね、時々女子トイレに櫛が置き忘れられているんだって。それを見かけただけなら特に何もないんだけど、その櫛を使ったり、持って帰ろうとすると呪われちゃうんだって」
「へー、不幸が襲いかかったり?」
「うん。その櫛って一生を添い遂げたいって恋人の為にプレゼントしたものだから、持ち主以外が手にすると苦しみながら死ぬんだって」
「クシだけに、ってか」
「だから不審な落とし物には触れない方がいいよって話」
「落とし物として届けようとする善良な人は?」
「さあ? 不思議パワーで善良無罪判定になるんじゃない?」
「出た、怪談にありがちな曖昧設定」
「そもそもうちの学校にそんな善良な人いないでしょ」
「それは言い過ぎ」
「あはははは」
5/6ページ