男子校であった怖い話
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吉村賢太郎を狭間の部屋から守れ!毒まんじゅう大作戦〜サンブラキッスを添えて〜
狭間の部屋探訪記ネタ
「吉村先輩、何か顔色悪くないですか?」
「…………気のせいだよ」
ここは狭間の部屋と呼ばれる場所。
笹ヶ丘高校のどこかにあり、その部屋へ向かったものは誰一人として帰って来れないという都市伝説、その部屋に守山成樹含む七名は閉じ込められてしまっていた。
水もない、食料もない、空気もいつまで保つかわからない。一同はパニックになって騒ぎたて、次に部屋のあちこちを調べ、自分たちではどうすることも出来ないと悟り、閉鎖された地下室という究極の環境のなか何も出来ずただその場に立ち尽くしていた。
守山は落ち着いていられず、是枝や都築と目を合わせてはお互い苦い顔をするということをもう何度も繰り返していた。そんな時、距離をとって壁際のほうで何かを考えている吉村がふと目に映った。心なしか青い顔をしているような気がする。そこで声をかけてみたのだった。
「そうですか? ならいいんですけど……」
守山と目も合わせずじっと壁を睨む。やはり天才といえどこの状況に精神的にきているのかもしれない。なんといったってこのままいけば待ち受けているのは"死"だ。守山はぶるりと身震いした。
ゴ、ゴゴゴ、ゴゴ……
「…………?」
ふと遠くで何か重いものが動くような音がした。きょろきょろと辺りを見回すが、音の出どころは掴めない。気のせいだったのかと思ったその瞬間、
ゴゴゴゴゴゴ……
空耳かと思ったがやはり聞こえてくる。そしてその音はどんどん守山達の方へ向かって近づいてくる。守山以外も物音に気づき、一同に緊張が走る。音は今は塞がれて壁になった、入り口側から聞こえてきた。
その時、突然扉が開いた。
咄嗟のことに動ける人間は誰一人としていなかった。もし動けたとしても、扉は一瞬で閉まってしまったので脱出は不可能だっただろうが。
間髪入れず一人の人間がこの部屋に駆け込み、再び扉は閉まってしまった。
「はあ、疲れた。まったくなんて場所よ」
現れたのは守山達と同じくらいの年頃の女の子だった。服に付いた汚れを払いながら文句を垂れていたが、七人の視線に気付くとにこりと微笑んだ。
「はーい、みなさんこんにちは。賢ちゃん、遅れてごめんね」
女は全員の顔を見渡した後、吉村に向かって声をかけた。その様子から二人は顔見知りであることをにじませる。
「誰ですか貴女は。なぜここを知っているんですか」
宮本が厳しい顔で詰問するも、女は意にも介さずにこにこと笑みを返す。
「ごめんなさい、失礼しました。私は夢野夢子、そこのお腹いたくて震えている吉村賢太郎の親戚です。吉村から狭間の部屋のことを聞いて、心配して来たんです」
「腹が痛い?」
是枝が目を丸くしながら問い返す。
「はい、そうですよ。みなさんお気付きになりませんでしたか? えらいね賢ちゃん、我慢出来たのね。よしよしよし」
その一言でこの場にいる全員が何かを察した。二人の間にある関係性をだ。夢野は吉村の頭を撫でようと手を伸ばしたが振り払われていた。だが、夢野はさして気にもとめていない様子であった。
「一体何の用だ」
吉村が夢野をにらみつける。
「賢ちゃんがお腹いたくて泣いてると思ったから、こうやってわざわざ心配しにきたのよ。ほら、薬も持ってきたんだから」
「待って、何で君が自分の体調のことを知っているの……君、何かしたんだな……!」
くふふふふ、と夢野は実に楽しそうに声をあげて笑った。
「私は心配だったの。足を踏み入れたら戻ってこれない狭間の部屋、そんなところに賢ちゃんを行かせたくない。だから、おやつのまんじゅうに毒を混ぜて体調不良でお休みさせようと思ったの。そうしたら効き目が思ったより遅くて、なんと狭間の部屋で効果が現れちゃった!」
「なんてことしてくれたんだ! …………う゛ぅっ」
腹痛には波がある。
凪いだ海のように穏やかな時と、まるで押し寄せる津波のような時。今の吉村は後者だった。
「あ〜っ! 賢ちゃん大丈夫?」
夢野が吉村の背中をさする。
「いいから、はやくっ……くすり……っ!!」
「はいはい」
気の抜けた返事を返し、夢野は背負っていたリュックサックの中から細身の水筒を取り出した。フタに中の液体を注ぐ。見た目はコーヒーのように色濃い。夢野はその液体を一気に口に含んだ。
一体何をしているんだこいつは、というような表情を浮かべる吉村の顔に夢野の顔が近付く。そして、唇がそっと触れた。
「ん!? んぐ…………!?」
突然の行動に動揺した隙に、吉村の口内に液体が流れ込んできた。夢野の口内にあったため多少生ぬるくなったそれは、あまりいい気持ちのするものではなかった。しかし特記するところはそこではない。その液体は今まで飲んだこともないような奇妙な味がした。青臭いような、生薬か何かが使われていそうな、そんな味だ。緑茶や麦茶のように水分補給として飲むようなものではないことは感じ取れた。
口に含んだ分を吉村の口内にうつすと、夢野はそっと唇を離した。満足そうな表情であった。
「む、むぐっ…………!!」
気持ち悪さに思わず口から吐き出そうとしたところを夢野に制される。
顔を両手で掴み無理矢理夢野の方を向かされた。抵抗する気力のない吉村はされるがままであった。
「はぁ……はぁ……、もっとその苦しむ顔を見せて、私だけに……もっと……」
恍惚の表情を浮かべ唇が触れそうな距離で二人は見つめ合う、というか吉村は無理矢理そうさせられている。他に人がいることなど頭からまるきりなくなっているであろう、完全に二人の世界に浸っている。周りの人間もこの異様な雰囲気に一言も発することが出来ず、息をのんで見守るばかりである。
顔をしかめながら液体を飲み下した吉村は、二、三度咳き込むと喉の辺りを抑えながらうめいた。
「うっ……なんかムズムズする。何だ、これは? 君、自分に何をうつしたんだ」
「性病」
その言葉を聞いた斉藤が吹き出した。
「吉村お前、ヒッキーだから人にうつる心配ねぇじゃねえか。良かったな、ぎゃははは!!」
「ヒッキーじゃなくても、関わりがないとうつらないですけどね」
是枝が守山をちらりと見る。予期せぬ闖入者に守山はすっかり縮こまっていた。
「せ、せせせ、せいびびびび!?」
「うんうん、成樹は大丈夫だよ」
都築が守山をなだめるように言い聞かせているが、当の守山はそれどころではなかった。異性と同じ空間にいるということに耐えきれず、顔を真っ赤にしてうつむいている。
「…………咽喉感染している場合は唾液を介してうつることもあるが、こんなに早く症状が出るわけがない。夢野、ふざけている場合じゃないよ」
夢野は水筒のフタに液体を注ぐと自分でも飲み始めた。顔をしかめている吉村とは対照的に、ぐいっと一気に飲み干す。
「これはね、私の友達の友達の先輩の同じクラスの人のそのまた先輩から分けてもらったものなんだけど、サンブラ茶っていうの」
「サンブラ茶? 初めて聞く名前だ」
先程までの不快感を引きずりながらも吉村は興味を示した。
「サンブラ茶っていうのはね、特別なお茶なの。植物の一種なんだけどね、人間の体内に入ることで活動を始める。不純物を全部食べてくれて、それを汗として排出する」
そう話す夢野の顔面、皮膚の下で緑色の小さな物体が無数にうごめいていた。
「ひぃっ!」
それを見た吉村は小さく悲鳴をあげる。
「賢ちゃんはもう、トイレに行く必要はないのよ。分からない? 腹痛がすうっと引いていったでしょ?」
「排泄をしないなんて、そんなことあるわけ……うっ、また動いた」
吉村が顔をしかめながら頬を抑える。その皮膚の下でもぞもぞと何かがうごめいているような感覚があった。それは筋肉とは違う、自分の意志とは明確に異なる動きであった。
「そして、このサンブラ茶には強い中毒性がある。一度飲んでしまったらまた飲まずにはいられないのよ。でも心配しなくても大丈夫、いつでも私が融通してあげるからね」
夢野がそっと吉村の頬に手を添える。その皮膚の下にいるであろうモノを感じ取るように、優しく慈しむように撫でさすった。
「ところで夢野さん、ここに来ることは誰かに伝えてきましたか」
会話の流れを切るように宮本が夢野に問いかけた。
「はい。昭二さん……えっと、私と吉村の親戚の人に伝えてきました。というか、この毒まんじゅう作戦も彼に相談したんですけどね。午後五時になっても戻らないようなら何らかの手をうってくださいとは言っていますよ」
その言葉を聞いた瞬間、宮本は愛想の良い笑みを夢野に向けた。
「さすがですね。夢野さん、あなたがここに来てくれて本当に良かったですよ。吉村くんはいいお友達を持ちましたね」
結果よければ全てよし。宮本にとって、吉村の腹痛や体質変化など微塵も気にするところではなかった。元より彼はブレーンだ。腹が痛かろうが謎の生物に寄生されようが、その頭脳さえ無事なら利用価値に支障はない。
「とすると、助けが来るまであと数時間ですか。さすがにお腹が空いてきましたね」
「そういうと思って食べものを持ってきましたよ。本当はアイスが食べたかったんですけど、さすがにクーラーボックスを背負ってここまで来るのは無理でしたね」
夢野は背負っていたリュックを下ろすとジッパーを開いた。中にはスナック菓子、飴、グミ、せんべい、クッキー等々様々なお菓子が詰め込まれている。
「わあ、お菓子がいっぱいある〜!」
松平が声を弾ませながらリュックの中をのぞき込んだ。
「これ、ゲーセンで取ったんですけど食べきれなくて。みなさんどんどん食べてくださいね」
「ええ、いただきます」
有無を言わさず三年生二人と夢野がほとんどを占有し、残った溶けかけのチョコや、へんてこな味の飴、粉々に砕けたうまい棒などを残りの面子で分けあった。喜びの声を上げていた松平は一転嘆き悲しんだが、それでも何か口に出来ただけありがたいと感じていた。吉村だけは食欲がないからと断っていたが。
「はい、みなさんゴミはこの袋に入れてくださいね。はいそこ、食べたものをそこらに散らばさない」
「うるせぇなあ……」
そう言いながらも斉藤は指示された袋の中にゴミを入れ直した。
「あれ? キミ、顔赤いけど大丈夫?」
夢野が守山の顔をのぞき込む。
「ぴ!?」
いきなり話しかけられた守山は声にならない声を上げてしまった。その後も何かを話そうとはするが、上手く言葉にならず、金魚のように口をぱくぱくと動かすだけだった。
「あはは! ぴ!? だって。キミかわいいね」
「おっ! 成樹、いい感じだよ〜、せっかくだからお話しようよ」
「こいつは女の子が苦手なんだ。それでこんな状態になっているが、自分でも何とかしたいと思っているんだ」
都築と是枝がすかさずフォローに入る。その言葉を聞いた夢野の瞳はより一層輝きを帯びた。
「え〜ウブなんだ、かわいい。ねえねえ、じゃあさ、私とポッキーゲームしない? 負けたらサンブラ茶飲ーます」
「ポッポポポッ!?!?」
「いいぞ〜! やっちゃえ〜!」
「守山! 行け!」
都築と是枝が囃し立てる。逃げようとする守山を二人がかりで抑えつけ夢野の前から動けないよう固定させていた。その様子を見ながら夢野はポッキーを咥え守山ににじみ寄る。守山は声にならない悲鳴をあげながら小刻みに震え、今にも失神しそうなほど真っ赤になっていた。
そんな騒ぎを気にもせず、松平は余ったお菓子を物色していた。
「吉村クン、これもらっていい?」
チョコで口の周りをべたべたにしながら松平は残っていたお菓子を指差し問う。
「どうぞ、ご自由に」
興味なさげに言い捨て吉村は部屋のすみへと移動し一人うずくまっていた。一年生達の騒がしい声を聞きながらこれからのことを考える。夢野の言っていたことは本当だろうか。にわかには信じがたい話だったが、今もなお自分の皮膚の下でうごめく存在のことを感じれば、嘘だとも一蹴出来ずにいた。
自分の身体はどうなってしまうのだろう。
荒井昭二の助けが来るまであと数時間。吉村は答えの出ない問いに、いつまでも思いを巡らせていたのだった。
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