2章 見張りに志願

 セレネの身に起きたことを聞かされ、タラッタは上官であるイファロスを睨み付けた。
「何ですかそれは、なんで止めてくれなかったんですか中隊長」
 イファロスは悔しそうに拳を握っている。
「中隊長に言っても仕方が無いだろう」
 周囲の兵士に宥められてもなお、タラッタの気持ちはおさまらない。
「セレネちゃんのどこが町にとって悪いんですか。魔物憑きっていうのは、悪いことをするものでしょう」
「俺だってセレネちゃんが悪いとは思わない。けどな、魔物憑きと言われてしまった以上、俺たちにはどうすることも出来ないんだ」
 噛んで含めるようなイファロスの物言いにも、タラッタは納得は出来なかった。だが見習い兵士のタラッタに口を挟める状況ではない。
「今日は仕事はいいから帰りなさい」
 冷静でいられない者は軍には不要と言外に言われ、タラッタは肩を怒らせながらまだ朝の騒動の余韻が残る町を歩いて帰った。
 
 成人したら神殿で神意を問う。セレネは十歳まで自宅に、それから十四歳まで神殿に閉じ込められて生きることになる。
「水があればみんなが助かるのに。おかしいだろ」
 ヘリオが頬を膨らませた。家の前に残った近衛兵を気にしてか、声を抑えている。
「こんなことなら水場なんて見つからなければ良かったんだ」
「見つからなくても、何とでも理由をつけて魔物憑きにされたと思う。無い水を探させたとでも、それこそ雨が降らないことも理由に出来る」
 淡々とセレネが言う。スィレマは頬をぬらして母親にすがっている。ヴェガヒスは娘の背を優しく撫でてやった。その目にも涙が溜まっている。
「魔物憑きなんて、俺の爺さんの生きてた頃だっていやしなかった」
 古い神話に伝わるだけである。
「悪いことをしたらとっ捕まえて、城で決まりと照らし合わせて裁く。魔物が出れば神殿が封じる。すぐに封じるから、人に憑くことなんてずっと無かったんだ。それが」
 ディニが呻く。堅く握った拳を口元に当て泣き出しそうなのをこらえている。
 一人落ち着いている様子のセレネは、父親の言葉から何かを思いついたらしい。
「もしかしたら、誰かに利用されているのかもしれない」
「どういうことかしら」
 ヴェガヒスの問いかけに、セレネは少し迷うそぶりをしてから答えた。
「水不足の時に都合良く古い水場の情報が見つかった。古い、読めないパピルス紙は今までずっと、すぐに処分していたらしいのに」
「誰かがセレネに読ませているの」
 スィレマが涙声で訊ねる。
「わからない。偶々残っていただけかもしれないし」
 首を振るセレネだが、偶然など信じていなさそうである。
「パピルス紙も、そんなに古くなさそうだった。せいぜい、三代前の王の記録と同じくらいの傷み方だと思う」
「偶々じゃないなら、これからどうなるんだよ」
 ヘリオが震える声で聞いた。
「どうやって神に問うのかは判らない。でもこれが仕組まれたことなら、きっと魔物憑きの判定が出ると思う」
 セレネの言葉に、ヘリオは唇を噛みしめた。
「魔物憑きにされたら」
 ヘリオがさらなる問いを、ディニが首を振り遮った。まだ幼い娘の口から、これ以上残酷な言葉は聞きたくなかったのである。

「女風情で少佐なんぞになりおって、この上中佐大佐を目指すなど」
 老兵士が悪態をついた。夜半の、神殿にほど近い寂れた飲み屋である。向かい合う壮年の男は黙って酒を呷っている。
「あんな女がいなければ」
 メラリスが手にしていたカップに唇をつけ眉をしかめた。なみなみと入っていたはずの酒がすっかりからになっている。仕方なくテーブルに戻した。
「世が世なら少将にだってなれたものを」
 男は無言のままメラリスのカップに酒を注ぐ。メラリスはそれを一気に喉に流し込んだ。
「お前もそうだろう。神官にふさわしいのはお前のはず。それなのにあのような拾い子風情に」
 メラリスの言葉が途切れる。すっかり酔い潰れた老兵士を、男は冷ややかに見下ろした。
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