2章 見張りに志願

 その日の夕暮れ近く、イファロス中隊は意気揚々と町に戻った。イファロスが水場を見つけた証拠として持ち帰った大きな水瓶に一杯の水をスティーニ少佐に届ける。
「本当に見つけたか」
「はい、セレネちゃんの言うとおり、王の間らしき場所の奥に秘密の水場がありました」
「これだけ汲んでも尽きる気配がないです」
 兵士達の報告にスティーニは満足そうに頷くと、マクロテューミア王子に面会を求める使いを出した。

 面会はすぐに許可され、イファロスとスティーニによって、水がマクロテューミア王子に捧げられた。毒味を命じられたイファロスが、高価な透明硝子製のカップに三杯の水を飲んだ。それを見て王子は、自らも一口含んだ。長い間忘れられていた水場から汲んだが、さらりとしたよい水だ。
「これほどの水を隠し持つとは。やはり魔物は身勝手なものだな」
「恐れながら、セレネが魔物であるとは断定できないと神殿からのお言葉がございます」
 王子はスティーニの反論に応じず下がれと命じた。

「やはりあの小娘は魔物憑きでありましょうな」
 イファロス達が立ち去った後の王子の部屋で、物陰から出てきた老兵士が言うと、王子は重々しく答えた。
「神殿の者が直接見たわけではない。魔物憑きでないなどと決められぬからな」
 老兵がにやりとして頷く。
「そうでございますとも。それに、魔物憑きから水を恵まれたとなれば、捧げられたあなた様のお立場も変わってきましょう」
 王子は腕を組んで考え込んだ。王子といえども末弟である彼は、このままでは王位に就けない。それどころか僅かでも汚点があれば、兄の立場を脅かす理由を作られ追放されかねない。
「メラリス、お前の意見を入れて水場を探させたが本当に見つけてしまった。次はどうすればよいか」
「なに、魔物憑きを放置したのは神殿の怠慢。それを正させればよいのです」
「神殿に意見を、か」

 翌日の早朝、ディニは激しいノックの音に起こされた。ただならぬ様子に警戒しながら細く戸を開ける。何人もの近衛兵と、神殿の衣装を着た男が立っていた。
「セレネは魔物憑きの疑いがある。神殿の指示に従うように」
 戸を強引に開き、マクロミューティア王子付きの近衛兵がパピルス紙を広げてみせる。王子の紋章入りだ。
 周囲の家からも、何事かと人々が顔をのぞかせている。
「長きに渡り雨の神を妨害し、さらに貴重な水場を隠していた。まさに魔物憑きの所業である」
「魔物憑きではないと、前に神殿からお達しが出たはず」
 ディニが反論の試みた。ヘリオも眠そうに目をこすりながら玄関の様子をうかがっている。
「あの時点では娘が魔物憑きであると断定できぬと申したまで。当時とは別のお方から訴えがあり、神殿としても正式に神に問うことにした」
 男が答える。
「あなたは」
 ディニが疑わしい目で、しかしできる限り穏便に尋ねた。
「こちらは神殿より派遣された神官だ」
 近衛兵が答える。
「この方の言葉は神殿よりの正式な言葉、ひいては神の言葉と心得よ」
 神官とは、神殿内で童女わらわめに次いで重要な役割を担う者である。神殿の奥で神々に祈りを捧げ、神々の声を聞き、時にその身に神を下ろす幼い童女を支え、神の言葉の真偽を判定するのだ。また、町の人々が神殿に行った際に神事を行うのは巫女である。巫女とは、童女の役目を終えたもの、神殿に拾われて、あるいは見習いとして神殿に上がった女が担う役目である。他にも縁あって神殿に上がり神官候補として学ぶ男、神官の役目に就けなかった男衆おとこしゅが神殿内で暮らしている。
「十四歳となったら神のご判断を仰ぐ。それまでは魔物祓いの儀式が行われるであろう」
 神官が告げる。
「セレネは未だ九歳。規定により十歳になる季節から神殿に入れるように。それまでは家の外に出ることを禁止する」
 
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