2章 見張りに志願

「面倒なことになった」
 ディニは、城でこそ堂々とした振る舞いをしていたが、家に帰ると頭を抱えて愚痴をこぼした。食欲などまるでない。
「セレネが文献で見つけた水場が本当にあれば助かる。だが王族が命令した以上ありませんでしたではスティーニ嬢とイファロス中隊全員の首が飛ぶ」
 王の許しのある命令だ。事実上の王命と捉えるべきものである。水場がなければ本当に頭と胴体が泣き別れになりかねない。
「あら、水場は本当にあるんでしょう、セレネが言うんですもの」
 今までだって落とした針を見つけるのも、なくした櫛を探し出すのもセレネが一番上手でしたと妻のヴェガヒスは笑った。
「だが古い話だ。俺の曾爺さんの曾爺さんだって生きてた頃かどうか」
「あら、記録っていうのは、物事をちゃんと残しておくためのものでしょう」
 去年から見習い仕事を始めて一段と姉らしくなったスィレマが口を挟む。母と同じ機織り工房でめきめきと腕をあげているらしい。
「それならば書かれている場所に水場がなければおかしいわ」
「でも水は雨が降らなきゃなくなるぞ」
 ヘリオもそう言うと心配そうな顔をして腹を押さえた。
「胃も痛くなるよなあ、ヘリオ」
「いや、腹減っただけ」
 ディニは呆れて大きくため息をついた。
 
 翌朝早く、イファロス中隊の三十人が革の鎧を身につけて門を出た。未だ見習いのタラッタだけはセレネと共に城で留守番だ。街では何事かと仰天した人々が、別の街から大軍が攻めてきたと思い逃げ惑ったり、神の判断を仰ごうと神殿に詰めかけたりで大混乱になった。マクロテューミア王子の名で「魔物憑きが水場を白状した。これ以上人を不安に陥れようものなら神も黙ってはいまい」と触れを出すと、昼前にようやく騒ぎは治まった。
 
 セレネが詳しく語った場所を探すと、確かに水場の跡はあった。古い城の東にある山に降った雨が一度大地にしみ込み、この場所で湧き出たようだ。そばに埋め込んだ水瓶に水が溜まるように工夫されていた。しかしそこはすでに枯れている。過去の大雨で川の流れが変わったため、水がしみ込まなくなったか。
「どうするんだよ親父」
 一同が頭を抱え、絶望的な気分になったとき、かすかに足音が聞こえてきた。
「イファロス隊長、ディニさん」
「タラッタ」
 駆けて来たのはタラッタだった。待機を命じていたはずの見習いの膝に手を当てた姿に、イファロスが眉をつり上げた。
「何をしている」
「すいません、緊急事態なんで。大隊長には少佐から話を通しています」
 息を整えたタラッタが直立して答えた。
「何があった」
「セレネちゃんが、“チカクヘンドウ”とやらで昨日言っていた水場が枯れっていう記録を見つけました」
「なんだ、その、近くが変だとか言うのは」
 ディニが首をかしげる。タラッタは水瓶をのぞき込んで、ここが水場か、と呟いた。
「セレネちゃんが言うには、地面の下の様子が変わってしまうことらしいです。二代目の王様の時に大きな地震があって、それでここの水場に水が流れなくなったということです」
 悪い知らせに沈黙する兵士たちに、タラッタはもう一言告げる。
「でも、お城の中にもう一つくらい、別の水の流れから引いている水場があるかもしれないって言ってました」
「どこかな、それは」
「判りません。そもそも場所がはっきりしない水場らしくて、水場に毒か何かが入っても王様が安全なように、王様か、後は王族の一部しか知らない水場があるかもしれないってことだけ書かれているそうです」
 あるとすれば王様くらいしか入れない秘密の場所。重要な場所の警備に当たる兵士たちなら予想できないか。
 セレネの言葉をタラッタが伝えると、イファロス中隊はにわかに活気づいた。
「草の根分けても探し出せ」
「おう」
 イファロスの命令に勇ましい声が答える。
「セレネの命を守るためにも」
 中でもヘリオとディニは真剣だった。
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