2章 見張りに志願

 それからさらに一年が経った秋、セレネは九歳になった。相変わらず雨の少ない日々が続き、今では井戸も枯れそうになっている。

 幼い子供を仕事につかせたと五大神がお怒りだ。いや、魔物憑きを城に上げているせいだ。魔物憑きそのものの仕業だ。ならばセレネを解任するべきではないのか。解任などぬるい、神殿で罰するべきだ。
 街で聞かれるそのような声に、兵士達は胸を痛めていたが、当のセレネは表情一つ変えなかった。

「古い資料を見直していたら、昔の水場について書かれていた」
 セレネはこの頃、昼食の時間に兵士の詰所にやってきて一緒に食べるようになっていた。文官の中で孤立していたセレネを見かねてイファロス大尉が誘ったのだ。妹と食事をすることを、見習いから二等兵になったヘリオは恥ずかしがったが、セレネのためと受け入れた。なんだかんだ言っても面倒見の良い兄である。
「そこならまだ水があるのかい」
 アイギス一等兵の問うとセレネは頷いた。
「可能性があるというだけですけれど」
「何処だそこは。俺は警備で街中を回るがそんな場所は知らないぞ」
 ディニが疑うような視線をセレネに向ける。
「今の街の周りの壁より外側だから。大昔の街は今と違って、城の表門より南に境界があったみたいだし」
「じゃあ、街の南の壁より外も街だったの」
「古い城があったらしい。当時の王族を今の王のご先祖が古い城を攻めた」
 タラッタの問いにセレネが答えた。
 城攻めの際には、スパイを送り込み詳しい城内図を作ったという。旧王朝の王族は籠城、現王族の先祖は城と街の間に壁を作りこの地の支配権を奪った。
 以前に文官が話を聞いた古老も知らなかった歴史が、セレネが暇にまかせて読み説いた文献に書かれていたらしい。
「確かに建物らしい石が崩れた場所はある」
 イファロスが腕組みして言った。
「夜盗も危ないから近寄らないだろうし、見回り場所にはなっていないが」
「物は試しだ。探してみなさい」
 イファロスの後を引き継いでスティーニ少佐が指示を出した。もとより危険は承知の職業である。イファロス中隊の一同が了解の返事をする。
 スティーニは女性ながら、代々軍人の家系という理由だけで少佐まで昇進した。しかしそれを快く思はない上層部や一部の兵士から疎まれ満足に仕事を与えられていない。一族皆大佐まで勤め上げる中で少佐どまりでは恥と焦っているらしく、水の発見は自らの階級を上げる足掛かりになると感じたようだ。
「おいおい、そんなことお嬢ちゃんが勝手に決めていいのかね。魔物憑きの親兄弟までいる中隊に任せて大事な水を独占されたら、それこそ街中が干上がろうよ」
 少佐とは別の大隊に属する老中尉が口を挟んできた。
「ふん、胃袋ばかり動かして身体を動かさない奴に、街の外で仕事が出来るものか」
 メラリス中尉の嫌味にスティーニが同じく嫌味で返す。この二人を放っておけば、いくらでも罵詈雑言が飛び出すだろう。メラリスの言葉にはセレネへの中傷も含まれる。
「まあまあ少佐どの。休憩も終わりますから作戦でも建てましょう」
 アイギスが立ち上がり、スティーニを宥めて詰所から何処かへ連れて行こうとする。
「手の空く者は第四作戦室へ。タラッタ、お前は文官にセレネを借りると伝えて来い」
 察したイファロスがそれに応じる。指示に従い機敏に動き始めたイファロス中隊を尻目に、メラリス達は残りの干し肉やスープをそれぞれの皿に盛った。
 
「なかなか面白いことになっていると小耳に挟んだよ」
 ふらりとやって来た王子、マクロテューミアに、第四作戦室に集まった面々は一斉に立ち上がり敬礼をした。王子はタラッタやヘリオと同じ年頃だ。
「プセフティスとか言ったかな。知の魔物が水のありかを囁いたと僕に教えてくれてね」
 メラリスと同じ小隊の兵士の名前を出す。
「だから、魔物でもなんでも水を与えてくれるならいいじゃないかと返したよ」
 若くても尊大な態度は王族のそれだ。
「父様の許しは貰ったから僕の名において命令を出す。そこの魔物憑き、水を見つけよ」
 さすがに王子に対しては魔物憑きではないと反論できず、セレネとイファロス以下一同は黙って礼をした。
1/6ページ
スキ