決別の時
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「……こ、……りこ!柳宿!!」
「!?」
体を揺さぶられてハッと気が付いた。
見慣れた三白眼がじっとこちらを睨むように見つめている。少し焦りの色を浮かべながら。
今のは、夢…?だったんだろうか……
「…あんた、目つき、悪~い」
「ぉおっ!?起きて第一声で何言うねんお前は!!」
余計なお世話や!と怒る翼宿に構わず、キョロキョロと周りを見回した。
どこかの宿だろうか。
小さな部屋に今自分が寝ている寝台が一つ。
その脇にある椅子に、ドカッと翼宿が腰掛けた。
「っとに…ビックリさせんなや。ウンウンうなされとると思ったら急に叫び出しよって」
ほれ、と手拭いを渡される。
そこでやっと自分が涙を流していることに気付く。
どうやら夢の中だけではなかったようだ。
「あんたがずっとついててくれたの?」
「オレだけやないで?交代でついとったんや。傷は治っとるのにちっとも目ェ覚まさんから、みんな心配しとったんやで?」
「そう…なの…。ねェ、もしかしてあんた、あたしが寝てる時に涙拭ってくれた?」
「…さぁ、何のこっちゃ?」
そう言ってふいと目を逸らす翼宿に、くすりと笑みをこぼす。少しの気恥しさを誤魔化すようにそっと目元を拭った。
「あたし、生きてるのね。てっきり死んだのかと思ったわ」
「それはコッチのセリフやっちゅーねん。あと少し遅かったらお前今頃天国やで?ホンマ一人で無茶しよってからに」
(天国かぁ…)
康琳はいるのだろうか。天国に。
それとも本当にずっと自分のそばにいたのだろうか。
もし、いたとしたら。
女装をして自分の名を名乗り出した兄を、ずっとそばで見ていたのだとしたら…
(そりゃ、呆れもするわよね。何してんのって)
「…?何イキナリ笑っとんねん」
(でもそうするしかなかったのよ、康琳)
(康琳の言う通り、お兄ちゃんは強くなんかないんだから)
「!?な、なんでまた泣くねん!」
「泣いてないって…」
「目から鼻水出とんで?」
「……せめて汗って言いなさいよ」
思えば康琳のことで涙を流すのはあの事故の時以来かもしれない。蓋をしていたものが溢れ出してしまったかのように、堰を切ったように流れ続ける涙。
「泣くなや、柳宿~…」
オタオタしながら困り果てたように呟く翼宿。
(放っておけばいいのに)
そう思いつつも黙ったままでいると、近寄ってきた翼宿に頭をポン、とされた。
「!」
「なんや怖い夢でも見たんか?しゃーないやっちゃなぁ」
ポンポンポンポンと少々乱暴に何度も頭を叩かれる。
すると後押しされたように何だか余計に溢れてきてしまって、手拭いを目元に当ててグスッと鼻を啜った。
「あーーーーっ!!?」
「「!?」」
突然の叫び声に二人揃って肩をはね上げる。
扉の方を振り返ると、美朱が目を丸くして立っていた。
「翼宿が柳宿を泣かせてるーー!!!」
「!?オ、オレが泣かせたんとちゃうわ! 人聞き悪いこと言うなや!!」
バタバタと美朱が近寄ってきた。
「柳宿、大丈夫!?どこか痛む??軫宿が全部治したはずなんだけど…!それとも翼宿に何かされた??」
「何かってなんやねん!オレはなぁ、コイツが急に泣き出しよるから親切にも慰めとったんやで?」
「急に…?」
心配そうに覗き込んでくる美朱。
ハッとして慌てて涙を拭き、大丈夫よ、と微笑んでみせた。
「大丈夫には見えへんけどな…お前、さっきからなんやおかしいで?頭でも打っとるんとちゃうか?」
今度は翼宿が顔を覗き込んできた。
「ちょお、自分の名前、言うてみ?」
「名前…」
(兄様の名前は何?)
夢の中の康琳の声が頭に響く。
翼宿に促されて、小さく口を開いた。
「………僕は…」
僕!?と声を合わせて言う翼宿と美朱に、構わず続ける。
「僕の名前は、柳娟。呉服問屋の… “息子” だ」
そう言うと、しばらくポカンとしていた翼宿と美朱がほぼ同時に口を開いた。
「アカン。これはアカンわ。柳宿がまともなこと言い出しよったで!」
「わ、私、軫宿呼んでくる!!」
「…あんたら…」
バタバタと慌てたように部屋を出ていく二人。
相変わらずの騒々しさに溜息を零した。
なんだかかえって落ち着くような気もするけれど。
次第に足音が遠ざかり、静かになったところでそっと寝台から降りた。
「寒っ…」
窓を開けると途端に流れ込んでくる冷たい空気。
ぶるりと体が震えるが、構わずにハラハラと降っている雪にそっと手を伸ばした。
(またね、兄様)
康琳の言葉を思い出す。
手の平でふわりと溶けてなくなる雪に、先程の妹の姿が重なるようだ。
「またね…康琳」
ぽつりと、亡き妹に8年越しの別れを告げた。
真っ白な空の中、ふわりと康琳が笑ったような気がした。
fin.
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