続・今夜だけでも
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朝の爽やかな日差しが差し込む中、腕組みをして宮殿の回廊を歩く。
昨夜の出来事が頭の中でぐるぐると回り続け、結局ほとんど眠れなかった。時折目元をこすりながら大きな欠伸が自然とこぼれてしまう。
(女の子かぁ…)
忘れかけている男の心を取り戻して、今さら自分が女性を相手にできるのかと、ぼんやりと考えを巡らせる。
(でも女の気持ちが分かるんだから、あたしってきっと素敵な“彼”になれるわよね)
そう考えると勝手に自信が湧いてきて、根拠もないのにうんうんと一人で頷いた。いつの間にか頬が緩んでしまったことに気づき、大広間の扉の前で慌てて表情を引き締めた。
「あ、おはよー柳宿」
「おはようなのだ」
「おはようございます柳宿さん」
「お前が寝坊なんて珍しいなぁ」
「夜更かしでもしてたんじゃねーのか?」
「なんだ、眠れなかったのか?柳宿」
「おはよう、みんな。大丈夫よ軫宿」
すでに朝食をとっている仲間達に返事を返しながらもつい探してしまう名無しの姿。しかしどこにも見当たらない。
何度も周囲を見回しながら、その姿が見えないことに胸に少し不安が広がるのを感じた。
いつもの定位置に腰を下ろし、隣で口いっぱいに食べ物を頬張っている美朱に聞いてみようかと、コホンと咳払いをひとつした。
「柳宿、名無しひゃんは?」
聞こうと思っていた質問を先に投げかけてくる美朱。
「…知らないわよ。まだ来てなかったのね」
「へっひり柳宿といっひょにくるはと思っへはのに」
「喋るか食べるかどっちかにしなさいよ。汚いわねぇ」
美朱が話しながらもさらに食べ物を口に詰め込もうとしているのを見て呆れていると、鬼宿がニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべながら口を挟んできた。
「お前も名無しも二人共姿が見えねぇから、ついに朝帰りか?って噂してたんだよ」
「朝帰りって…な、何言ってんの、たまちゃんってば。あたしと名無しはそんな関係じゃないわよ」
「柳宿お前、ええから正直に言うてみ?」
「だから、そんなんじゃないって。やぁねぇ、翼宿まで。二人して何言ってンのよ」
「ほー?昨夜もお前、名無しを部屋に連れ込んでたのにか?若い男女が毎晩二人きりで何もないわけ……なぁ、翼宿?」
「今頃名無しの奴、お前の布団の中で疲れてぐっすり寝てるんとちゃうかぁ~?」
「あああたしがそんなコト、あのコにするわけないでしょ!連れ込んだなんて、いやらしい言い方しないでくれる?アンタ達みたいな盛りのついた男と一緒にしないでよね!」
思わず立ち上がり声を張り上げてしまった。
井宿が「朝から騒がしいのだ…」とぼやき、その隣で軫宿が張宿の耳を押さえているのが視界の端に映る。慌てて咳払いをし、静かに席に座った。
「そうだよ。変な想像しないでよね、二人共」
突然割って入った名無しの声に、一斉にみんなが振り返った。
「柳宿が私をそんな目で見るわけないじゃない。心は乙女なんだから」
そう言うと、仲間たちの視線を浴びながら、名無しは開き直ったような表情でスタスタと歩いて隣の空いた席に座った。しかし、少し俯きがちなその様子に、わずかに罪悪感を覚えながら声をかけた。
「…おはよう、名無し。よく眠れた?」
「うん…おはよう。柳宿は?」
「あたしはまぁまぁ、かな…。ほら、お水」
「ありがとう…」
お互いに気まずく視線を逸らし、ただ手元を見つめている。二人の間に漂う微妙な緊張感がすでに部屋全体に広がり、先ほどまでの賑やかさが嘘のように静かになってしまった。
その様子を見ながら、向かいの席でコソコソと耳打ちする男二人。
「見ましたか鬼宿さん…あのぎこちなさ」
「ええ、翼宿さん。しかとこの目で」
無言で食事を進めている2人に、翼宿がニヤリと笑って声をかける。
「なんやなんや、二人揃ってしけたツラしよって。一杯やるか?」
「朝っぱらから飲むわけないでしょ」
「…飲もうかな…」
ポツリと呟いた名無しの方を思わず振り向いた。
「ちょっと名無し、こんな朝から何言ってんのよ」
「たまにはそういうのもいいかなって」
「よくないでしょ。あんた、そんなお酒強くもないくせに」
「そうだけど…」と名無しが不満気に口を尖らせている。
その顔には明らかに寝不足の影が漂っているのだ。
もっとも、自分も人のことは言えないが。
「堅いこと言うなや、柳宿。…そーや、朝があかんなら、今晩オレの部屋で飲むか?名無し」
「え…いいの?翼宿。お邪魔しちゃって」
「ええに決まってるやん!なぁ、柳宿?」
「…なんであたしに聞くのよ。いいんじゃない?別に」
意図を感じさせる向かいの嫌な笑顔には目もくれず、表情を崩さないように努めながら静かに湯呑みを手に取り、口元へと運んだ。
「ええんやて。ほな、今夜は二人でお楽しみやな!名無し」
「でも私そんなにお酒強くないから、翼宿に最後までは付き合えないかもよ?」
「大丈夫やって!もしお前が潰れたら、オレが優し~く、介抱したるさかいに」
「何なら朝までなぁ」と、翼宿の軽い調子ながらも含みを持たせたような言葉が耳に届いた瞬間、カッと熱い何かが瞬間的に込み上げるのを感じた。
バリンッ
突如、部屋に響き渡った破裂音に、全員の視線が柳宿の手元に集中した。割れた湯呑みの破片が手の中で散らばり、残っていた水分と共に鮮やかな赤い液体となって血が指先から滴り落ちていく。
「…あら、やだ」
「柳宿、血!血!!」
美朱の声が騒がしく響く中、心の中で煮えたぎるような感情がじわじわと広がっていくのを感じた。
冷静を装い微笑みを浮かべながら、割れた湯呑みの残骸をそっとテーブルに置いた。
「どうやら、少し力が入りすぎちゃったみたいね…。手、洗ってくるわ」
隣で名無しが驚いた顔でこちらを見ているのを感じながら、逃げるように席を立った。翼宿達の表情を見る気にもなれず、視線を合わせないようにしてそのまま部屋を後にした。
部屋を出ると廊下を足早に進んだ。心の中で渦巻く感情をどうにも整理できず、視線は床に向けたまま。
廊下を進むたびに指先からじわりと流れる血が痛みとなって現れたが、それさえも今はただの些細な感覚に過ぎなかった。
翼宿の軽口に、自分がこれほど動揺してしまうなんて――。
まさか、という予感が頭を過ぎる。
名無しへの気持ちが単なる友情や親しみを超えているかもしれないことに、この瞬間、初めて気付き始めたのだった。
.
2/2ページ