祭りの夜
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「柳宿?ねぇ…ねぇってば。聞いてる?」
「…」
呼びかけても無言のままの柳宿に手を引かれ歩く。
賑わう祭りの喧騒を背に、浅い川に架かる橋の上でようやく柳宿の足が止まった。川のせせらぎと遠くの祭りの音がかすかに耳に入る中、静かな緊張感が漂う。
「……井宿と喧嘩でもしたの?何怒って…」
「名無し、あんた井宿のことが好きなの?」
「へっ??」
ようやく柳宿が振り返った瞬間、不意に投げかけられた唐突な質問に驚いて思わず変な声が出てしまった。ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら真剣な表情をじっと見つめると、柳宿は居心地が悪そうに視線をそらし始めた。
「だから、井宿が好きなのかって聞いてるの」
「す、好きって、井宿はそういうんじゃ…」
言葉を詰まらせながら、違うと伝えるように小さく頭を振る。
「……じゃあ、どうして井宿を誘ったりしたのよ」
返す言葉が見つからず、沈黙が続く。柳宿はムスッとした顔をしているけれど、それは怒っているというよりも、どこか拗ねているように見えた。
「抱き寄せられて顔赤くしちゃってさ。見てらんないわよ全く」
「抱き寄せられてって、あれは別に…!あ、赤くなんてなってないし」
「なってたじゃないの。見間違いとは言わせないわよ?2人で変な空気作っちゃってさぁ」
「そんな変な空気なんて……あ、もしかして」
「なによ?」
柳宿が眉をひそめて近づくその顔を、下から覗き込む。
「柳宿、ヤキモチ妬いてるんじゃない?」
「!」
そう言った瞬間、柳宿の顔が一瞬赤くなった…ような気がした。けれど、すぐにふんっと誤魔化すようにそっぽを向かれてしまった。
「とっ…とにかく!あたしが言いたいのは、アンタは隙があり過ぎるってことよ。井宿だってあんな澄ました顔してるけど男なのよ?翼宿だって軫宿だってみんなそう。そうやって安易に近付いたりしたら男なんてすーぐその気に」
「柳宿は?」
「なっちゃうんだから……え?」
「柳宿はどうなの?柳宿だって…男の子、でしょ?」
一応、と小さく付け加えておいた。
「あ、あたしは…」
言葉に詰まっている柳宿。
少し戸惑ったように黙り込んでいたが、やがて何かを決心したかのように、視線を真っ直ぐこちらに向けた。
垂れた瞳でじっと真っ直ぐに見つめられ、その視線の熱さに心臓がどんどん高鳴っていく。やがて耐えきれずに視線をそらして下を向いたが、逃がさないと言わんばかりに柳宿の指で顎をクイッと持ち上げられた。
「!?」
「…あんたが仕掛けたんでしょ?逃げるんじゃないわよ」
「あ、え…」
「あんたの言う通り、あたしもその“馬鹿な男”の一人よ。他の男と一緒にいるあんたを見ると、どうしようもなくたまらない気持ちになるの。これ、どうしてくれるの?」
顎を持ち上げていた手がそっと頬に移り、優しく触れる。
「責任…取ってくれるかしら?」
「…柳宿…」
不安げに揺れる柳宿の瞳を見つめながら、頬に添えられた手にぎこちなく自分の手を重ねた。柳宿が一瞬、ピクリと動いて小さく息を飲んだのがわかる。
その反応に思わず微笑み、こくりと静かに頷いた。
--
「いーい?これからは、行きたいところがあるなら、まずあたしに言いなさいよ」
「うん、分かった」
すっかりとあたりが暗くなった中、橋の手すりにもたれて座り、満天の星空を見上げる。
隣にいる柳宿との距離は、さっきよりもずっと近く感じる。
「それと…無闇に男の顔を覗き込むのは、もうやめなさいよ」
「…はーい」
「あたし以外にはね」と柳宿が小さく付け加えながら、繋いでいる手をぎゅっと強く握ってくる。
「あと、あんまり無邪気に笑顔を振りまくのも控えなさい」
「えぇ?笑顔は別に…」
いいんじゃない?と言うと、柳宿が『分かってないわね』という表情でこちらを見た。
「あんたはね、自分が可愛いってことをもっと自覚しなさい。ほんっと危なっかしいんだから」
変な虫がついちゃうわ、とブツブツ言っている柳宿。
その姿にくすっと笑い、そっと柳宿の肩に寄りかかる。
「でも、もしそうなったら、柳宿が追い払ってくれるでしょ?」
「…当然よ。ぶっ飛ばしてやるんだから」
柳宿がそっと腕を回し、優しく頭を引き寄せて、小さな声で「あたしのことだけ見てなさい」と呟いた。
顔がすっかり赤くなっているのを感じながら、先程こっそり買った狸のお面をごそごそと取り出し、その顔を隠すように当ててみる。
「あ!あんたそれ、いつの間に」
「私ね、狐より狼より、狸が好きだよ。…大好き」
「…」
喜ぶべきか否かと複雑な表情を浮かべる柳宿に、プッと仮面の下で噴き出した。