橋の上で
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恐る恐る下を覗き込んでみる。
辺り一面に広がる霧のせいではっきりとは確認できない。だが、吊橋の上から見下ろすと思った以上に深く見える谷底に、ごくりと唾を飲み込んだ。
手摺代わりにかけられた不安定に揺れるロープを握りしめ、そーっと慎重に足を踏み出してみる。すると途端にぎしっ…と嫌な音が鳴り響き、思わず喉の奥でヒッと小さな悲鳴をあげた。
「………おい。何してんねん。はよ行けや」
「う、うううるさいわねっ!今、真剣なんだから…!」
後ろから急かしてくる翼宿の方を振り返ることなく、もう一歩、二歩とゆっくり足を踏み出してみる。すると先程より大きくなった軋み音に顔を歪めてまた息を飲んだ。ついつい腰が引けてしまう。
「なんやその体勢。柳宿お前、いくら何でもビビりすぎやろ」
「う、うるさいっつってんでしょ……急かさないでよ」
「そやかて、置いてかれてるやんけ俺ら。オマエがグズグズしよるせいで」
翼宿の言葉にむぅと頬を膨らます柳宿。
美朱の手を取り先に行ってしまった星宿達は、もう霧の先にいて姿が見えなくなっている。
「……っ……あたし、こういうのダメなのよぉ……星宿さまぁ~!待ってぇ~!!」
柳宿がそう叫ぶと同時に、業を煮やした翼宿が吊橋に足をかけた。するとその振動に「ヒッ」と声を上げた柳宿が片側の手摺にしがみついた。
「!ちょ、ちょっと…」
道が出来たと言わんばかりにスルリと自分の横を抜けてそのまま進んでいこうとする翼宿に、柳宿が慌てた声を出す。
「ちょっと待ちなさいよ!あんた、まさかあたしを置いてく気!?」
「日が暮れるわ、お前に付きおうとったら」
「レディーを一人でこんなトコに置いていこうとするなんて、男の風上にも置けないわねっ!」
「はぁー?どこにレディーがおんねん」
あっちか?ソッチか?
とキョロキョロしながらちょこまかと吊橋の上を動き回る翼宿に、ぎゃーっと悲鳴をあげる柳宿。
「バカッ!!下手に動かないでよ!!」
「お前なぁ、こういう時はこう言うんやで?ええか?
『ステキな翼宿様、どうかこの情けない私に手をお貸しください』。さ、言うてみ?」
「いーから早く手ェ貸しなさいって!」
ドスの効いた声でそう叫ぶと、前のめりに腕を伸ばし翼宿の服の裾をグイッと掴んだ。
バランスを崩しそうになった翼宿が慌てて手摺を掴み進行方向へと体勢を立て直すと、その背中に柳宿がサッとしがみついた。
「何すんねん!ひっくり返るかと思ったやんけ!」
「はぁ、ビックリした。危ないトコだったわね」
さっ行くわよ、と気を取り直して言う柳宿。
両手で翼宿の服をしっかりと掴んでいる。
「……何が悲しゅうて男にしがみつかれながら歩かなあかんねん…」
ブツブツと文句を言いながらもゆっくりと前へ進んでいく翼宿に引っ張られるようにしながら、柳宿も慎重に歩を進めていった。
「なんで星宿様じゃなくてアンタなのよォ…」
せっかくのチャンスだったのに、と翼宿の背中に引っ付いたまま文句を言う柳宿。
「人にしがみついときながら言うセリフか」
「だぁーって、吊り橋よ?吊り橋効果って知ってるでしょ?その時感じるドキドキをそばにいる人への恋愛感情と勘違いして惚れてしまうってヤ・ツ」
「知らんわそんなもん」
「星宿様だったら今頃きっともうあたしに…♡」
ぐふふ、と笑う柳宿。
「なんや知らんけど、そんなん言うたら今のお前の方がよっぽど危ないんとちゃうか?オレに惚れんなや?」
「お生憎様。あたしそんな軽いオンナじゃないもの。星宿様一筋なんだから!」
「案外そー言うとる奴ほど…」
吊橋の真ん中に差し掛かったその瞬間、突如として強い風が吹き抜けた。
途端に橋が揺れ出し、風に煽られてバランスを崩しそうになった柳宿がまた悲鳴をあげた。
「お、落ちる、落ちる!いやーっ!!」
「!?おいコラ引っ張んなや!!」
「しょーがないじゃないっ!!ちょっと翼宿、何とかしなさいよアンタ山賊の頭でしょ!!」
「カンケーないやろ今ァ!!」
グラグラと揺れる吊橋の上でギャーギャーと騒ぐ声が辺りに響き渡った。
前の方から(柳宿~!翼宿~!大丈夫~?)と美朱の声が聞こえてくる。どうやらもう渡り切っているようだ。
「ちっ…こういうのはグズグズしとるから余計怖なんねん」
いまだ背中にしがみついている柳宿の腕をガシッと掴んだ。
「ほんじゃ、行くで柳宿!!」
「え"」
嫌な予感に顔を引き攣らせる柳宿。
次の瞬間、揺れている吊橋の上を勢いよく走り出した翼宿。
声にならない悲鳴をあげる柳宿を半ば引きずるようにして走り抜けて行った。
「はぁ、はぁ…。お、落ちるかと思った……」
「なんや渡り切ってみると案外あっという間やったな」
両膝に手をつき息を切らせている柳宿。
その背中を翼宿が笑いながらポンポンと叩いた。
「良かったなぁ柳宿お前、優しい翼宿様がそばにおって。ほな、これは貸しにしとくでぇ♪」
翼宿の満足げな顔を引き攣った顔でじろりと一瞥して、ボカッと一発お見舞いした。
「大丈夫ぅ?柳宿」
「…もう二度とアイツには頼らないわ…」
近寄ってきた美朱に返事を返すことなく息を整えながらそう呟くと、服の裾をパンパンとはらい顔を上げた。
すると少し先の方でこちらを見ている星宿が目に入った。
瞬間、か弱い乙女の表情にサッと切り変える柳宿。
美朱の横をすり抜け、後ろで何やら声を荒らげている翼宿を気にすることなく、パタパタと駆け出した。
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