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午前十時、イェソド教会宿舎。
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カナフの部屋の前にて
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アディンは扉を前に大きく深呼吸をした。
妙にノックするのに緊張してしまい、手汗が滲む。 -
アディン……
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1日空きがあるからどうしようかと迷っていたら、
せっかくなら出かけてくれば?と数人に同じことを言われ
アディンはカナフに声をかけてみたのだった。 -
そしたら
「明日のデート楽しみにしてます!」
なんて返されたものだから、
肩に力が入ってしまったというか…。 -
下手に時間をかけるといつまでも動けなそうなので、意を決して扉を叩いた。
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コン、コン
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カナフ
はぁい!

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アディンお、お待たせ……!
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カナフ
わっアディンさん
ちゃんとオシャレしてきてくれたんですか〜!
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カナフも
いつもは括っている髪を下ろして、ワンピースに羽織もの、それからうっすら口紅をさしていた。
おめかしバッチリといった装いだ。 -
アディンう、うん。
皆に協力してもらっちゃった。
カナフも……か、可愛いね -
まさか、いつか読んだ恋愛小説みたいなセリフを言うことになるとは。
と思いながら、アディンは視線をずらさないように頑張った。 -
カナフはちょっぴり頬を赤く染めると、
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カナフ
ありがとうございますっ。
さ、行きましょう!
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と、照れ隠しにアディンの手を引っ張るようにして歩き出した。
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広場にて
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朝が早いイェソド教会は、昼餉時も前倒しなのか
ぽつぽつ飲食店が賑わい始めていた。
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休日で賑わう表通りを歩きながら、
アディンはゲブラー都の港でも
同じようにカナフと歩いたな、と思い出す。 -
カナフ
イェソド都は色んな場所から人が来るので、
首都マルクトとかティファレト都の港みたいに結構賑わってるんですよ!
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アディンホントに、すごい人だね
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カナフ
なにかつまみながら
よく行く喫茶店にでもご案内しましょうか!?
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アディンうん、お願い!
屋台のいい香りがするね -
カナフ
この香りはタレの香り……絶対串焼きです。
食べましょう……!
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カナフは匂いをたどって串焼きを入手し、
口紅なんてお構い無しにかじりついた。
これでこそカナフ、といった感じだ。 -
そんなことを考えながらアディンが自分の串を片手にその様子を眺めていると、
彼女はその視線に気づいて赤面する。 -
カナフ
はしたなくてすみませんっ!

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アディンいや!
美味しそうに食べるカナフ好きだよ -
と言ってから、「好き」という言葉を変に意識してしまい視線を逸らす。
いつもなら微塵も気にならないのに……。 -
慌てて串焼きで気を紛らわせるように、
アディンも先に刺さっている玉ねぎを口にした。 -
アディンん、美味しいね!
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真ん中の肉のあたりまで食べ進めて、
アディンはちらりとカナフに目を向ける。
と、ばっちり目が合った。 -
カナフ
美味しいですねぇ〜!

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アディン(わ……)
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思いがけず「可愛い」と漏らしそうになって、
アディンは誤魔化すようにかじった肉を飲み込んだ。 -
それから屋台をいくつか回っていたが、
食べ物の味よりも
完全に彼女の仕草の方が記憶に残ってしまう。 -
こちらへ笑顔で駆けてくる姿が可愛い。
上機嫌でくるりと回る姿が可愛い。
好きなお菓子が売り切れで、唇を尖らせる姿が可愛い。 -
アディン(かわ……ダメだ!
今日の僕おかしい) -
カナフ
アディンさん?

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アディンわっ
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お手洗いから帰ってくるのを待ち、
ベンチに腰かけていたところに、口紅を直したカナフが上から顔をのぞかせた。
にへっと笑みを浮かべて隣に座る。 -
カナフ
アディンさん疲れてませんか?
歩きっぱなしでしたしっ
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アディンカ、カナフこそ
ずっと案内してくれて疲れてない!?
僕は大丈夫…… -
カナフ
私も全然問題ないですよぅ!
せっかくのアディンさんとのお出かけなので、
たくさん色んなところ回りたくって
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彼女が張り切ってたくさん連れ回してくれているのに、
上の空じゃ失礼な上に勿体ない。 -
胸がきゅっと締め付けられる感覚に、アディンは確信する。
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アディン(これは、僕
絶対、カナフのこと……) -
アディン……
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アディンさ、さっきのお店ケーキ売り切れてたし、
喫茶店のケーキ食べない? -
カナフ
わー!賛成ですっ。
オススメのごはんメニューもあるんです!
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カナフも元気いっぱいに立ち上がるとアディンの腕を掴む。
体が密着すると顔がのぼせるくらい火照っていそうで不味いと思い、
アディンは心の中で
平常心……と唱えながらカナフに誘導されていった。 -
夕暮れ時
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なんだかんだ一日を振り返ると食べてばっかりだったが、
眺めのいい丘や綺麗な花壇にも案内してもらったアディンは
閉まり始めた店と自然につく街灯を見つめ、 -
アディン綺麗だな……
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と、今日一日を締めくくるように呟いた。
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カナフ
夜が賑やかな町も素敵ですけど、
イェソド都の落ち着いた夜もいいですよね
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カナフの言葉に頷いて、
最後くらい自分が手を引こうとアディンは手を差し伸べる。 -
カナフは少し驚きながら、そっと小さな手を重ねた。
いつも彼女はグローブをしているので
素手の今日は、握るととても温かかった。 -
カナフ
アディンさんに慰めてもらった日があったでしょ?

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歩きながら、
カナフは泣きじゃくった夜のことを口にする。 -
カナフ
私今まで……と言っても
記憶がある三年間ですけど、
ああいう話ができる相手がいなかったので
アディンさんにすごく助けられたんです
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カナフ
改めて、
ありがとうございます
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彼女の瞳に街の光が反射してゆらゆらと煌めく。
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カナフ
なんか一方的にご迷惑だけかけちゃって、
すみませんでした
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アディンなっ、謝らないでよ。
本音で話してくれて僕も嬉しかったし -
アディンそれに、
本音を話すのって、きっとかなり勇気がいる
すごいことだよ -
そう言うアディンを
カナフはじっと見てから目をそらす。 -
カナフ
アディンさんにお悩みごとができた時に
ちゃんと聞かせてもらえるように、
私も頑張りますっ
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アディンふふ、心強いよ
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カナフ
遠慮なく言ってくださいね!
ちなみに……
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カナフは握っている手にぎゅっと力を込めて
立ち止まった。 -
カナフ
今、困ってることはありませんか?
なんでも聞きますから!
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困り事と言われると、現実に引き戻される。
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こんな、自分が浮かれている間、失踪したテフィラーはどうしているのか。
対峙した時になんて言われるか。
こんなことを考えても全部推測でしかないのに、何故考えてしまうのだろうか。 -
そんなようなことを、
真剣な目で受け止める彼女にアディンは躊躇いながら吐露した。 -
アディンずっと考えても仕方ないことだけど
今、呑気にしてて大丈夫かなとか
ふと思っちゃって -
アディン……あっ、もちろんカナフとのお出かけは楽しかったよ!
これは嘘じゃないよ! -
カナフ
わかってますよぅ、大丈夫です!

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カナフ
そうですね……
私も初めて祓い師の任務を終えた後に、
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カナフ
世界には赤眼で震えている人が何人もいるのに
自分はのんびりしていていいのか、
とか悩んだことがあります
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アディン……
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カナフ
でもその時にシャルヘヴェット様に言われたんです

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カナフ
楽しい日々を送るために辛いことを乗り越えているのに、
ずっと嫌なことを気にしていたら
楽しい日々はいつ来ますか?
って
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カナフ
その、受け売りで申し訳ないですけど、
でも本当にその通りだと思って……!
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カナフ
楽しい日々の為に毎日を頑張るのに、
肝心の楽しいはずの日を
楽しんでないのはよくない!と
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アディンなるほど……
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カナフ
今は楽しんでいいんです!
ちゃんとこの後に起こることに備えれられれば。
私はそう思ってます
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納得して、アディンは大きく首を縦に振った。
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アディンなんか少し気持ちが晴れたよ。
ありがとう、カナフ -
カナフ
えへへ

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カナフ
アディンさんに優しく名前呼ばれるの、
なんだか安心感があるというか。
すごく好きなんです
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アディンすっ……
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また変に言葉を意識してしまい、アディンは心の中で
今度は横に首を振る。 -
カナフ
だからこの楽しい時間が名残惜しいですっ……

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アディンぼ、僕も
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アディンでも、今日のおかげで明日から気張れる気がする!
一日付き合ってくれて本当にありがとう -
カナフ
こちらこそっ!
アディンさんにお出かけ誘っていただけて
嬉しかったですっ
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カナフが、顔を隠すようにアディンに抱きついた。
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カナフ
オシャレでかっこいいアディンさんも見れましたし、
大満足!
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抱きつかれていると、
再び高鳴り始めた心臓の音が伝わってしまいそうで
アディンはぎゅっと目を閉じた。 -
が、頭を離したカナフは
にかりと笑って -
カナフ
アディンさん……心臓バクバクですね!私もです!

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と恥ずかしそうに自分の顔を指さして
それから、くるくると回りながら歩き出す。 -
アディン……!
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カナフ
また楽しめる日には
お出かけしましょっ!
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アディン……うん!
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そびえ立つ塔に囲まれた広場は
そのあちこちから降り注ぐ光に照らされて、きらきらと石畳を輝かせる。 -
まるでステージに舞う主役のように
その光は、カナフの姿を美しく彩るのだった。
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