2.連れ添い詣
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帰り道。続く石段。
上りは互いに一言も発さなかったが、下る最中、斎藤はおもむろに訊ねた。
「いつも何を祈っている」
「貴方にお話しする必要がございますか」
「無い」
即答した斎藤の眉がピクと動いた。時尾の言う通りだ。立ち入ったことを訊いてしまった。だがこうも毎日付き合ってやってるんだ、答えても良いではないか。しかし、付き合っているのは俺の勝手と言えばそれまで。
斎藤は密かにフンと鼻をならした。
やがて時尾が住まう屋敷の角に差し掛かる。門に辿り着く前にと、斎藤が再び口を開いた。
「先程の話だが」
「え」
「俺は人に軽蔑されてしかるべきことにも手を染めている。後ろ指をさされようが蔑まれようが、必要だと判断すれば俺は動く」
時尾はハッと息を呑んだ。胸の奥に生じた靄を見抜かれた。
会津に届いた新選組の話は頼もしく、誇らしい話ばかりだった。本当にそうなのかしら、自分の目に映ったものは……。当人にしか分からぬ本心や取り巻く状況を勝手に想像して疎んだ自分。時尾は負い目を隠すように目を逸らした。
「綺麗ごとだけでは守れないものもあるんだよ」
「それくらいは私にも」
「俺が嫌なら明日は別の誰かを寄越す。それでいいか」
「いえっ、その」
時尾は勢いよく顔を上げた。低い声で掲示された案。斎藤の低い声はいつものこと。しかし、今は沈んだ声に聞こえた。心身共に鋼のように強そうなこの男を、自分は傷つけてしまったのか。
それに、その案は承服しかねる。理由は分からないが、この男でなければならない、時尾はそう感じていた。
「どうした」
「……明日も来てくださるのですか」
「詣を続けたいのだろう、ならば誰か行かせる」
「いえ、ですから明日も、山口様が来てくださるのですか」
答えを聞くのが怖い。強気な声に隠れた動揺。斎藤は容易く察し、時尾の本音を確かめるように首を傾げた。
「嫌では無いのか」
「一番、お強いのでしょう」
強いから望むわけではない。何を言っているのか。
時尾は馬鹿なことを言った自分を責めた。
「ククッ、確かに。護衛の腕を望むなら俺が適任でしょう、高木時尾殿」
「もっ、ですから」
「明日も俺が付き添う。城からここに向かうなら、俺も城で待つさ」
思わず嬉しそうに頬を緩めた時尾、そうしてくださいと頷いて、再びとぼとぼ歩き出した。
背中に感じる斎藤の存在がむず痒い。行き道ではこんな感覚はなかったのに。行き道では聞こえなかった、地面を擦る音が響く。門までの僅かな距離を、時尾はゆっくりと足を引きずって歩いていた。
「何故こんなにもお付き合いくださるのですか」
「さぁて、俺も男だからな」
「それはどう言った意味でしょう」
時尾が振り返ると、斎藤が微かに笑みを浮かべていた。二ッと小さく上がった口角。鋭い目の、目尻がほんの少しだけ下がっている。時尾が表情の変化を見るや否や、斎藤は薄い唇を動かした。
「下心だよ」
「なっ、何を仰ってっ、何てことを!」
「ククッ、冗談だ。先にも言った通り、照姫様のご祐筆を危険に晒すわけにはいかんだろう」
「そ、そうでしたね、そうでした」
「それとも別の理由が良かったか、男の下心が無いとは言わんぞ」
斎藤が素早く視線を上下に動かして揶揄う。不躾な視線に、時尾は顔を火照らせた。
「要りません!特別な理由があるとすれば、貴方が今、会津で一番時間を持て余した腕の立つお侍様ということです!」
「間違っちゃいない」
ハハッと笑って、斎藤が手を広げた。
「えっ」
「着いたぞ」
「あ……」
斎藤に促されるまで、門に着いたと気付かないほど話し込んでいた。斎藤が手を上げ、広がった袖に下心を感じてしまった時尾は、厭らしいのは自分だと頬を染めた。袖で女を包み抱き寄せる、いつもそうする人なのだと想像してしまった。ただ、到着を知らせてくれただけなのに。
「あの、ありがとうございます。明日も、お願い致します」
「御意」
斎藤が畏まって返事をすると、時尾は強張っていた表情を崩した。ふふっと声が漏れる。恥じらいと感謝と、申し訳なさも含んだ愛らしい笑い声。さすがの斎藤もフッと笑った。
「お休みなさいませ」
「あぁ」
門をくぐる時尾の胸が躍っている。
これは少し笑った名残。慣れない会話に驚いているだけ。時尾は勘違いしてはならないと騒ぐ胸を落ち着け、自分を宥めた。
見上げると、夕暮れの空がいつにも増して朱く輝いて見えた。
上りは互いに一言も発さなかったが、下る最中、斎藤はおもむろに訊ねた。
「いつも何を祈っている」
「貴方にお話しする必要がございますか」
「無い」
即答した斎藤の眉がピクと動いた。時尾の言う通りだ。立ち入ったことを訊いてしまった。だがこうも毎日付き合ってやってるんだ、答えても良いではないか。しかし、付き合っているのは俺の勝手と言えばそれまで。
斎藤は密かにフンと鼻をならした。
やがて時尾が住まう屋敷の角に差し掛かる。門に辿り着く前にと、斎藤が再び口を開いた。
「先程の話だが」
「え」
「俺は人に軽蔑されてしかるべきことにも手を染めている。後ろ指をさされようが蔑まれようが、必要だと判断すれば俺は動く」
時尾はハッと息を呑んだ。胸の奥に生じた靄を見抜かれた。
会津に届いた新選組の話は頼もしく、誇らしい話ばかりだった。本当にそうなのかしら、自分の目に映ったものは……。当人にしか分からぬ本心や取り巻く状況を勝手に想像して疎んだ自分。時尾は負い目を隠すように目を逸らした。
「綺麗ごとだけでは守れないものもあるんだよ」
「それくらいは私にも」
「俺が嫌なら明日は別の誰かを寄越す。それでいいか」
「いえっ、その」
時尾は勢いよく顔を上げた。低い声で掲示された案。斎藤の低い声はいつものこと。しかし、今は沈んだ声に聞こえた。心身共に鋼のように強そうなこの男を、自分は傷つけてしまったのか。
それに、その案は承服しかねる。理由は分からないが、この男でなければならない、時尾はそう感じていた。
「どうした」
「……明日も来てくださるのですか」
「詣を続けたいのだろう、ならば誰か行かせる」
「いえ、ですから明日も、山口様が来てくださるのですか」
答えを聞くのが怖い。強気な声に隠れた動揺。斎藤は容易く察し、時尾の本音を確かめるように首を傾げた。
「嫌では無いのか」
「一番、お強いのでしょう」
強いから望むわけではない。何を言っているのか。
時尾は馬鹿なことを言った自分を責めた。
「ククッ、確かに。護衛の腕を望むなら俺が適任でしょう、高木時尾殿」
「もっ、ですから」
「明日も俺が付き添う。城からここに向かうなら、俺も城で待つさ」
思わず嬉しそうに頬を緩めた時尾、そうしてくださいと頷いて、再びとぼとぼ歩き出した。
背中に感じる斎藤の存在がむず痒い。行き道ではこんな感覚はなかったのに。行き道では聞こえなかった、地面を擦る音が響く。門までの僅かな距離を、時尾はゆっくりと足を引きずって歩いていた。
「何故こんなにもお付き合いくださるのですか」
「さぁて、俺も男だからな」
「それはどう言った意味でしょう」
時尾が振り返ると、斎藤が微かに笑みを浮かべていた。二ッと小さく上がった口角。鋭い目の、目尻がほんの少しだけ下がっている。時尾が表情の変化を見るや否や、斎藤は薄い唇を動かした。
「下心だよ」
「なっ、何を仰ってっ、何てことを!」
「ククッ、冗談だ。先にも言った通り、照姫様のご祐筆を危険に晒すわけにはいかんだろう」
「そ、そうでしたね、そうでした」
「それとも別の理由が良かったか、男の下心が無いとは言わんぞ」
斎藤が素早く視線を上下に動かして揶揄う。不躾な視線に、時尾は顔を火照らせた。
「要りません!特別な理由があるとすれば、貴方が今、会津で一番時間を持て余した腕の立つお侍様ということです!」
「間違っちゃいない」
ハハッと笑って、斎藤が手を広げた。
「えっ」
「着いたぞ」
「あ……」
斎藤に促されるまで、門に着いたと気付かないほど話し込んでいた。斎藤が手を上げ、広がった袖に下心を感じてしまった時尾は、厭らしいのは自分だと頬を染めた。袖で女を包み抱き寄せる、いつもそうする人なのだと想像してしまった。ただ、到着を知らせてくれただけなのに。
「あの、ありがとうございます。明日も、お願い致します」
「御意」
斎藤が畏まって返事をすると、時尾は強張っていた表情を崩した。ふふっと声が漏れる。恥じらいと感謝と、申し訳なさも含んだ愛らしい笑い声。さすがの斎藤もフッと笑った。
「お休みなさいませ」
「あぁ」
門をくぐる時尾の胸が躍っている。
これは少し笑った名残。慣れない会話に驚いているだけ。時尾は勘違いしてはならないと騒ぐ胸を落ち着け、自分を宥めた。
見上げると、夕暮れの空がいつにも増して朱く輝いて見えた。