22.奪われた殺しの仕事 ~懐かしい傷痕
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22.奪われた殺しの仕事 ~懐かしい傷痕
ある昼下がり、沖舂次は資料室の扉を勢いよく開いた。同時に、開口して大きな声を響かせた。
「張さん、斎藤さんを見ませんでしたか!」
長椅子に寝転がっていた張は、呑気な声で「見てへんで」と返して、もぞもぞと起き上がった。
柔らかく温かな秋の日差しの中、長い午睡を楽しんでいたのだ。そろそろ起きてもいい塩梅だ。大きなあくびをしながら身を起こして、座り直す。
脇に置かれた刀を手繰り寄せるが、背負わずに、場所を変えて置き直すだけで手を離した。
「最近のつくしちゃん、オッサン探してばっかりやな」
愛刀の所在に満足した張は、再び大あくびをした。
元より特徴的な張の瞼だが、寝惚け眼がその特徴に輪を掛ける。腫れぼったく見える目で、沖舂次を長椅子から見上げた。
「そうですか? そんなコトありませんよ」
「いんや、金魚のフンか鴨の親子並みに後くっついて歩いとるで」
「そんなコトありません!」
張のただの揶揄いの言葉に、沖舂次は本気の怒りを滲ませた。
いつもの可愛い後輩の不貞腐れと異なる反応に、張の寝惚け眼も丸くなる。
「す、すみません……」
金魚のフンや鴨の子供、ぶら下がっているだけの存在か何も出来ぬ子鴨でしかない。そう言われた気がした沖舂次は、声を荒げてしまった。
反省でしぼむ肩を見た張から、溜め息が出る。溜め息なのに柔らかい。萎えた肩を撫でるような太い息に、沖舂次は顔を上げた。
「オッサンは見てへんけど、殺しの仕事がひとつあるっちゅう話は聞いたで。外で巡査らが話しとったわ。斎藤の旦那が行ったんやろな」
「ころ……」
「ホンマは管轄外らしいけど、まぁ話が回ってきたんやろなぁ。先週、似たような仕事があったのに失敗したらしいからな」
「失敗?」
「始末するはずの下手人が殺されてたんやて、口封じなんか理由は分からんけど」
「殺されて……でも、元々殺す予定だったんですよね」
「せやで。けどコッチで殺るんと、誰かに殺られるんじゃあ大違いや。面目丸つぶれやな」
「そっか……」
警視庁には通常任務の警官も、密偵も、多く存在している。
別件で動く密偵らの失敗だ。泳がせていた下手人の後始末、いざ標的の元へ乗り込んでみれば、死んでいた。それも踏み込む直前に殺られていたのだ。
「で、また別の下手人の始末や。ちょうど手ぇ空いとるオッサンが出張ったんやろな、オッサンも願ったり叶ったりや。好きな仕事やろ」
張はそこまで言うと長椅子に背を預けて、伸びをした。
ワイでも行けんのになぁ、と文句を溢す。殺しは俺の仕事と譲らない上司には逆らえない。
「私だって行けたのに」
「はあっ?」
何を言うとんのや。張の緩み切った顔が歪んだ。
沖舂次は無意識に刀を強く握っており、張の視線で我に返ると力みを解いた。
「どうしたんや、つくしちゃん」
「斎藤さんが、私には実戦経験が足りないと言っていました。その通りなんです。殺しの仕事って、まさにそれじゃありませんか」
「いやいやいや、そうやけども、違うやろ。分かるやろ?」
「分かるけど、分かりません」
張は参ったなと頭を掻いた。そういえば先日も実戦経験が話題に上がった。後輩は思った以上に焦っているらしい。
焦っても仕方が無いが、気が逸るのも理解は出来る。張自身、修行気分で刀を狩っては試し斬りを挑んでいた。だが、警官の身である沖舂次には勧められない。おまけに相手がそれなりの腕でなければ、経験になるかどうかも怪しい。
「殺せばエェっちゅうもんでもナイで……ワイが言うのもなんやけど」
くぐもった声で張が本音を溢すと、沖舂次も似たような声で「分かっていますよ」と溢した。
「ま、つくしちゃん若いんやし一気に伸びるで。腐らんと。それより何でオッサン探してるん、急ぎかいな」
「いえ、最近稽古の相手をしていただいてて……仕事がひと段落したので斎藤さんを探しに来たんです」
「稽古?! あのオッサンと!! 死んでまうやんか!」
「大丈夫ですよ、使い物にならなくなったら困るからって、程々には手加減してくれてます」
「程々、ねぇ」
「私の首が飛ぶ前には刀を止めてくれます」
「おぉ怖っ」
想像した張の体が震えると、張はそれを更に大袈裟にして、体を震わせて見せた。
実戦経験以上に為になる修行を付けてもらっているようだ。無暗に殺しの現場に出る必要は無いだろう。
斎藤が担当しているのは暗殺に近い殺し。激しい剣戟の場とも異なる。
「あのオッサン、案外、部下思いやな」
「えっ」
「いや、オッサン仕事早いしすぐ戻るんちゃうか」
対象は明確、所在地も判明している。
なっ、と首を傾げられて、沖舂次は素直に頷いた。
ある昼下がり、沖舂次は資料室の扉を勢いよく開いた。同時に、開口して大きな声を響かせた。
「張さん、斎藤さんを見ませんでしたか!」
長椅子に寝転がっていた張は、呑気な声で「見てへんで」と返して、もぞもぞと起き上がった。
柔らかく温かな秋の日差しの中、長い午睡を楽しんでいたのだ。そろそろ起きてもいい塩梅だ。大きなあくびをしながら身を起こして、座り直す。
脇に置かれた刀を手繰り寄せるが、背負わずに、場所を変えて置き直すだけで手を離した。
「最近のつくしちゃん、オッサン探してばっかりやな」
愛刀の所在に満足した張は、再び大あくびをした。
元より特徴的な張の瞼だが、寝惚け眼がその特徴に輪を掛ける。腫れぼったく見える目で、沖舂次を長椅子から見上げた。
「そうですか? そんなコトありませんよ」
「いんや、金魚のフンか鴨の親子並みに後くっついて歩いとるで」
「そんなコトありません!」
張のただの揶揄いの言葉に、沖舂次は本気の怒りを滲ませた。
いつもの可愛い後輩の不貞腐れと異なる反応に、張の寝惚け眼も丸くなる。
「す、すみません……」
金魚のフンや鴨の子供、ぶら下がっているだけの存在か何も出来ぬ子鴨でしかない。そう言われた気がした沖舂次は、声を荒げてしまった。
反省でしぼむ肩を見た張から、溜め息が出る。溜め息なのに柔らかい。萎えた肩を撫でるような太い息に、沖舂次は顔を上げた。
「オッサンは見てへんけど、殺しの仕事がひとつあるっちゅう話は聞いたで。外で巡査らが話しとったわ。斎藤の旦那が行ったんやろな」
「ころ……」
「ホンマは管轄外らしいけど、まぁ話が回ってきたんやろなぁ。先週、似たような仕事があったのに失敗したらしいからな」
「失敗?」
「始末するはずの下手人が殺されてたんやて、口封じなんか理由は分からんけど」
「殺されて……でも、元々殺す予定だったんですよね」
「せやで。けどコッチで殺るんと、誰かに殺られるんじゃあ大違いや。面目丸つぶれやな」
「そっか……」
警視庁には通常任務の警官も、密偵も、多く存在している。
別件で動く密偵らの失敗だ。泳がせていた下手人の後始末、いざ標的の元へ乗り込んでみれば、死んでいた。それも踏み込む直前に殺られていたのだ。
「で、また別の下手人の始末や。ちょうど手ぇ空いとるオッサンが出張ったんやろな、オッサンも願ったり叶ったりや。好きな仕事やろ」
張はそこまで言うと長椅子に背を預けて、伸びをした。
ワイでも行けんのになぁ、と文句を溢す。殺しは俺の仕事と譲らない上司には逆らえない。
「私だって行けたのに」
「はあっ?」
何を言うとんのや。張の緩み切った顔が歪んだ。
沖舂次は無意識に刀を強く握っており、張の視線で我に返ると力みを解いた。
「どうしたんや、つくしちゃん」
「斎藤さんが、私には実戦経験が足りないと言っていました。その通りなんです。殺しの仕事って、まさにそれじゃありませんか」
「いやいやいや、そうやけども、違うやろ。分かるやろ?」
「分かるけど、分かりません」
張は参ったなと頭を掻いた。そういえば先日も実戦経験が話題に上がった。後輩は思った以上に焦っているらしい。
焦っても仕方が無いが、気が逸るのも理解は出来る。張自身、修行気分で刀を狩っては試し斬りを挑んでいた。だが、警官の身である沖舂次には勧められない。おまけに相手がそれなりの腕でなければ、経験になるかどうかも怪しい。
「殺せばエェっちゅうもんでもナイで……ワイが言うのもなんやけど」
くぐもった声で張が本音を溢すと、沖舂次も似たような声で「分かっていますよ」と溢した。
「ま、つくしちゃん若いんやし一気に伸びるで。腐らんと。それより何でオッサン探してるん、急ぎかいな」
「いえ、最近稽古の相手をしていただいてて……仕事がひと段落したので斎藤さんを探しに来たんです」
「稽古?! あのオッサンと!! 死んでまうやんか!」
「大丈夫ですよ、使い物にならなくなったら困るからって、程々には手加減してくれてます」
「程々、ねぇ」
「私の首が飛ぶ前には刀を止めてくれます」
「おぉ怖っ」
想像した張の体が震えると、張はそれを更に大袈裟にして、体を震わせて見せた。
実戦経験以上に為になる修行を付けてもらっているようだ。無暗に殺しの現場に出る必要は無いだろう。
斎藤が担当しているのは暗殺に近い殺し。激しい剣戟の場とも異なる。
「あのオッサン、案外、部下思いやな」
「えっ」
「いや、オッサン仕事早いしすぐ戻るんちゃうか」
対象は明確、所在地も判明している。
なっ、と首を傾げられて、沖舂次は素直に頷いた。