16.萎れた長髪 -oki-
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思わぬ差し入れの後、警部補は煙草を吸いながら弥彦君達の話を聞いた。
弥彦君が交渉を粘った結果、こちらの任務と弥彦君達の要望の一致点が見出され、互いに協力する流れになった。
緋村さんが心配だけど、警部補が信じているなら私も信じるしかない。
話の途中で神谷道場の主、神谷薫さんの偽装の死を聞かされた。それで緋村さんは心を閉ざして落人群に流れたのだ。
警部補には無言で放っておけよと釘を刺された。今度ばかりは自分の感情だけでは動かない。皆と同じ、緋村さんを待つ間に自分に出来ることをするだけだ。
まずは武器組織の新アジトの捜索。
これは、操ちゃんと弥彦君が引き受けて飛び出していった。何て元気な子達。
署を飛び出していく操ちゃん達を窓越しに見送った直後、用は済んだだろと言わんばかりに警部補も資料室を出て行った。手にあった煙草の臭いがまだ部屋に漂っている。
部屋に残ったのは蒼紫様と恵さんと、それから。
「あれ、張さんは?」
あんなに威勢よく寿司を食べていた張さんの気配が無い。出ていく姿も見ておらず、おかしいなと部屋を見回すと、隅で小さくなっている張さんを見つけた。
張さんは、操ちゃんと弥彦君に警部補の部下であることをダサいと揶揄われ、その言葉が深く突き刺さっていた。
警部補の下で働くことは私にとっては誇りだが、張さんにとっては異なるようで、どんよりとして蹲っている。自慢の怒髪天を衝く髪型さえも萎れて見える落ち込みようだ。
普段、散々警部補に厭味を言われて耐性がある筈なのに、分からないものだ。
「ワイはカッコ悪いんか……ダサいんか……好きでやってるんちゃうで、司法取引や……なんや、自分より若いモンに言われるんはキツいなぁ……ワイはダサくてカッコ悪いオッサンなんか……」
「えぇぇっ、いえ、あの張さん、張さんは頼りになる先輩ですよ、カッコいいですよ、一緒に捜査する時は先導してくれるじゃありませんか!」
「そうよ、若干のダサさは否定し無いけれども、あの子達も勢いで言っただけよ、気にする事ないわ」
微妙ながら恵さんも一緒に慰めの言葉を掛けてくれて、張さんがようやく顔を上げた。ホンマかいなと恨めしそうにしているが、お世辞でも良いから信じたがっている。
「元気出しなさいね」
「俺達も失礼する。進展があれば伝える」
「じゃあまたね」
蒼紫様と恵さんも部屋を去って行く。間を置かず、張さんが後を追うように、ふらつく足取りで扉へ向かった。いつもビクともしない長い髪が、なんだか揺れて見える。
「どこ行くんですか」
「捜査のやり直しやって、オッサンの指示や……ワイの上司のな」
悔しいが事実。肩を落として言うと行ってしまった。
ちゃんと帰って来るかな。扉から顔を出して廊下を覗き見るが、不安を感じるほど落ち込んだ後ろ姿だった。
「大丈夫かな……」
「心配なのはお前だ」
「わっ、斎藤さん!」
突然警部補が戻って来た。背後で声がして、跳び上がってしまった。
手袋を嵌め直している。手にしていた煙草も消えている。もしかして厠にでも行っていたのかな。手袋から顔に視線を動かすと、考えを見抜かれたらしく、嫌がる顔で睨まれた。
「随分と浮かれて蕎麦を食っていたな」
「うぅっ、あれは、ごめんなさい!」
御汁を飛ばしたこと、流してくれたと思ったら、根に持っていた。
いや、根に持っているわけでは無く、単に部下を苛めただけかもしれない。
ここで突っかかっても墓穴を掘るだけで勝ち目はない。話を逸らすのが一番、と窓の外に視線を誘導した。
蒼紫様達が出ていくのが見えて、少し経ってから足取り重い張さんが通り過ぎて行った。
「最初に飛び出していったあの子達、本当に意志が強いですね。御庭番衆の子と緋村さんのお弟子さん?」
「緋村は弟子なんざ持たん。あいつらは、まぁそうだな、幕末の動乱のとばっちりを受けた世代か。明神弥彦は志々雄真実の一件でも、例の上野の山からの砲撃後の事件でも闘ったらしいな」
「えっ、あんな子供なのに」
「奴らはガキだが侮れんぞ。下手をしたらお前も手合わせで負けるかもな」
「そんなに、凄い子達ですね。私も負けていられません!」
「あぁ。そんなお前に一つ任務だ」
「は、はいっ! 何なりと!」
「張を追いかけろ。手伝ってやれ」
「へっ」
「ここから先は迅速な捜査が求められる。一人より二人だ。ガキ共が荒川沿いを当たってくれるからな。貴様らはもう一度例の拠点跡を探れ」
「分かりました。その代わり……」
何だ、交換条件とはいい度胸だな。そんな鋭い視線を受けるが、怯まない。
「今度はちゃんと教えてください。これまでの事件、全然こちらの勝利じゃないじゃありませんか。緋村さんや神谷薫さんの件も……」
「フン。貴様の仕事に必要な情報を渡せば、それで十分だろう」
「でもですねっ!」
「煩い。毎日状況を報告しろ。こちらもしてやる。それでいいだろ。早く行け、張を見失うぞ」
「分かりました! ありがとうございます、警部補!」
「阿呆」
やった! 一跳ねして喜んで、頭を下げた。何だかんだで思いを汲んでくれた。
警部補が喜ぶ部下をフッと笑ったように見えたけど、気のせいかな。
警部補は煙草を取り出して、自分だけの空間を作ろうとしている。煙草は嫌い。でも、器用に一本だけ箱から煙草を取り出す仕草が好きで、つい見てしまう。
本当、なんて綺麗な指をしているんだろう。顔に似合わずって言ったら絶対に怒られちゃう。
でも、すらっと長くて……手袋してると余計に綺麗に見えるのかな……大きな手なのに、器用な指先、不思議……どうしてこんな滑らかに動かせるんだろう……。
「早く行かんと火をつけてお前の嫌いな煙を充満させるぞ」
「分かりましたって、もう厭らしいなぁ! 行ってきまぁす!」
しっかり役に立って見せます、落ち込んでいた張さんの力にもなれるよう頑張ります。
見惚れていたことを誤魔化そうと畏まって敬礼すると、今度こそ警部補がニッと笑った。
「馬鹿やってないでさっさと行け」
「はいっ」
私の返事より早く、警部補は煙草に火をつけた。
漂い始めた煙から逃げるよう飛び出したのに、浴び損ねた煙を惜しむ私がいた。
弥彦君が交渉を粘った結果、こちらの任務と弥彦君達の要望の一致点が見出され、互いに協力する流れになった。
緋村さんが心配だけど、警部補が信じているなら私も信じるしかない。
話の途中で神谷道場の主、神谷薫さんの偽装の死を聞かされた。それで緋村さんは心を閉ざして落人群に流れたのだ。
警部補には無言で放っておけよと釘を刺された。今度ばかりは自分の感情だけでは動かない。皆と同じ、緋村さんを待つ間に自分に出来ることをするだけだ。
まずは武器組織の新アジトの捜索。
これは、操ちゃんと弥彦君が引き受けて飛び出していった。何て元気な子達。
署を飛び出していく操ちゃん達を窓越しに見送った直後、用は済んだだろと言わんばかりに警部補も資料室を出て行った。手にあった煙草の臭いがまだ部屋に漂っている。
部屋に残ったのは蒼紫様と恵さんと、それから。
「あれ、張さんは?」
あんなに威勢よく寿司を食べていた張さんの気配が無い。出ていく姿も見ておらず、おかしいなと部屋を見回すと、隅で小さくなっている張さんを見つけた。
張さんは、操ちゃんと弥彦君に警部補の部下であることをダサいと揶揄われ、その言葉が深く突き刺さっていた。
警部補の下で働くことは私にとっては誇りだが、張さんにとっては異なるようで、どんよりとして蹲っている。自慢の怒髪天を衝く髪型さえも萎れて見える落ち込みようだ。
普段、散々警部補に厭味を言われて耐性がある筈なのに、分からないものだ。
「ワイはカッコ悪いんか……ダサいんか……好きでやってるんちゃうで、司法取引や……なんや、自分より若いモンに言われるんはキツいなぁ……ワイはダサくてカッコ悪いオッサンなんか……」
「えぇぇっ、いえ、あの張さん、張さんは頼りになる先輩ですよ、カッコいいですよ、一緒に捜査する時は先導してくれるじゃありませんか!」
「そうよ、若干のダサさは否定し無いけれども、あの子達も勢いで言っただけよ、気にする事ないわ」
微妙ながら恵さんも一緒に慰めの言葉を掛けてくれて、張さんがようやく顔を上げた。ホンマかいなと恨めしそうにしているが、お世辞でも良いから信じたがっている。
「元気出しなさいね」
「俺達も失礼する。進展があれば伝える」
「じゃあまたね」
蒼紫様と恵さんも部屋を去って行く。間を置かず、張さんが後を追うように、ふらつく足取りで扉へ向かった。いつもビクともしない長い髪が、なんだか揺れて見える。
「どこ行くんですか」
「捜査のやり直しやって、オッサンの指示や……ワイの上司のな」
悔しいが事実。肩を落として言うと行ってしまった。
ちゃんと帰って来るかな。扉から顔を出して廊下を覗き見るが、不安を感じるほど落ち込んだ後ろ姿だった。
「大丈夫かな……」
「心配なのはお前だ」
「わっ、斎藤さん!」
突然警部補が戻って来た。背後で声がして、跳び上がってしまった。
手袋を嵌め直している。手にしていた煙草も消えている。もしかして厠にでも行っていたのかな。手袋から顔に視線を動かすと、考えを見抜かれたらしく、嫌がる顔で睨まれた。
「随分と浮かれて蕎麦を食っていたな」
「うぅっ、あれは、ごめんなさい!」
御汁を飛ばしたこと、流してくれたと思ったら、根に持っていた。
いや、根に持っているわけでは無く、単に部下を苛めただけかもしれない。
ここで突っかかっても墓穴を掘るだけで勝ち目はない。話を逸らすのが一番、と窓の外に視線を誘導した。
蒼紫様達が出ていくのが見えて、少し経ってから足取り重い張さんが通り過ぎて行った。
「最初に飛び出していったあの子達、本当に意志が強いですね。御庭番衆の子と緋村さんのお弟子さん?」
「緋村は弟子なんざ持たん。あいつらは、まぁそうだな、幕末の動乱のとばっちりを受けた世代か。明神弥彦は志々雄真実の一件でも、例の上野の山からの砲撃後の事件でも闘ったらしいな」
「えっ、あんな子供なのに」
「奴らはガキだが侮れんぞ。下手をしたらお前も手合わせで負けるかもな」
「そんなに、凄い子達ですね。私も負けていられません!」
「あぁ。そんなお前に一つ任務だ」
「は、はいっ! 何なりと!」
「張を追いかけろ。手伝ってやれ」
「へっ」
「ここから先は迅速な捜査が求められる。一人より二人だ。ガキ共が荒川沿いを当たってくれるからな。貴様らはもう一度例の拠点跡を探れ」
「分かりました。その代わり……」
何だ、交換条件とはいい度胸だな。そんな鋭い視線を受けるが、怯まない。
「今度はちゃんと教えてください。これまでの事件、全然こちらの勝利じゃないじゃありませんか。緋村さんや神谷薫さんの件も……」
「フン。貴様の仕事に必要な情報を渡せば、それで十分だろう」
「でもですねっ!」
「煩い。毎日状況を報告しろ。こちらもしてやる。それでいいだろ。早く行け、張を見失うぞ」
「分かりました! ありがとうございます、警部補!」
「阿呆」
やった! 一跳ねして喜んで、頭を下げた。何だかんだで思いを汲んでくれた。
警部補が喜ぶ部下をフッと笑ったように見えたけど、気のせいかな。
警部補は煙草を取り出して、自分だけの空間を作ろうとしている。煙草は嫌い。でも、器用に一本だけ箱から煙草を取り出す仕草が好きで、つい見てしまう。
本当、なんて綺麗な指をしているんだろう。顔に似合わずって言ったら絶対に怒られちゃう。
でも、すらっと長くて……手袋してると余計に綺麗に見えるのかな……大きな手なのに、器用な指先、不思議……どうしてこんな滑らかに動かせるんだろう……。
「早く行かんと火をつけてお前の嫌いな煙を充満させるぞ」
「分かりましたって、もう厭らしいなぁ! 行ってきまぁす!」
しっかり役に立って見せます、落ち込んでいた張さんの力にもなれるよう頑張ります。
見惚れていたことを誤魔化そうと畏まって敬礼すると、今度こそ警部補がニッと笑った。
「馬鹿やってないでさっさと行け」
「はいっ」
私の返事より早く、警部補は煙草に火をつけた。
漂い始めた煙から逃げるよう飛び出したのに、浴び損ねた煙を惜しむ私がいた。