◆沖田総司に似た密偵の部下
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2.藤田警部補の指定場所
「あーーっ、ここも違う! 蕎麦屋って! どこの蕎麦屋なの!」
私は沖舂次、警視庁特務担当、いわゆる密偵になりたての新米警官だ。
舂次は「つくし」と読む。たまに「そうじ」と読み間違えられるが、舂は穀物を"つく"言葉。
「春」に似てるし、食と生命に繋がる縁起のいい字で気に入っている。
私の上司は強面で有名な藤田五郎警部補。
実は新撰組の生き残りらしく、めっぽう強い。それでいて案外部下の面倒見はいい。
恵まれた環境で働ける、そう思っていたのだが、藤田警部補との待ち合わせだけはいつも難儀していた。
「……あぁあっ、もぅ! ここにもいない!」
『新しい情報が入った。待ち合わせ場所は蕎麦屋』
そこまで知らせてくれるなら、どうして蕎麦屋の情報も伝えてくれないのか。
伝言を受けて先輩の張さんに助言を求めたが、
「探すしかないで、あのオッサンほんまに!」
と苛立たせてしまうだけだった。
泣きたいのを我慢して東京を駆け巡ること一時間、ようやく一軒の蕎麦屋台で藤田警部補を見つけた。
川沿いにある店に他の客はいない。
「見つけました、藤田警部補!」
「遅い」
「遅いって……もしかして一時間もこの屋台にいたんですか?」
「そんな時間の無駄はせん、阿呆。辺りを廻っていたさ」
「どうしてどこの蕎麦屋か教えてくれないんですか、って言うか警視庁で良くありませんか?」
「昼飯ついでで丁度いいだろう。お前も食うか、走って腹が減っただろう」
腹が立つのに変な所で優しい上司。
いりませんと怒鳴りたいが、腹が正直に空腹の音を鳴らした。
「じゃぁ……お言葉に甘えて」
「遠慮するな。ご主人、こいつにも一杯」
藤田警部補は慣れた口調で蕎麦を頼んでくれた。
そもそも仕事上の待ち合わせなのに、呑気に蕎麦なんて食べていて、いいのだろうか。
でもお腹が空いたから、聞くのは食べてからにしよう。
「走り回らせて悪かったな」
「えっ」
「例の件だが追加情報だ。蕎麦を食い終えたら、この覚書にある場所を探れ」
そう言って藤田警部補は私の胸の隠しに小さな紙を押し込んだ。
──あの……仮にも女性の胸なんですよ……
任務中は晒を巻いて潰すから、女性らしい胸の膨らみは見てとれない。だから気にも留めていないのかな。
けれども紙が胸部の制服に触れた瞬間、私は自分の顔が熱くなったのが分かった。
緊張したのを知られたくなくて、私は単調な声で
「分かりました」
と返した。
ちらと見れば、私と同じ制服姿の警部補が座っている。
何でもない、職務上の服装。
なのに、胸の隠しに覚書を押し込まれて妙な感覚を抱いてしまった。
お揃いの制服……うぅん、私の馬鹿、同じ制服の男性は沢山いるのに。
「へい、お待ち」
店の主人の明るい声と共に、目の前に蕎麦が置かれた。
ごちゃごちゃした私の考えを遮ってくれる。
「いい香り……美味しそうですね!」
ふふっと笑うと、隣で藤田警部補も「フッ」と小さく笑った。
珍しい。でも警部補はたまにこうして私を笑う。
私は藤田警部補が新撰組にいた頃、共に闘った男の人に似ているらしい。
多分、それが私を見て笑う理由。
新撰組一番隊組長、沖田総司。
動乱の京で不逞浪士たちを震え上がらせた剣客の一人、なんでも警部補の背中を預かる存在だったとか。双璧と呼ばれた最強の二人。
そんな凄い人なのに、病で戊辰戦争には参加せず、ひっそりと息を引き取った。
なんだか淋しい人。
警視庁にも幕末の京を知る人が幾人かいる。
私が本当に沖田総司に似ているのか聞いてみたら、みんな揃って頷いた。
中には私が女というだけで「あの沖田総司を抱けるのか、こいつぁいい」と卑猥な言葉を浴びせる者もいた。
新撰組を目の敵にしていた者には、私が好奇の対象だと知った。
どうやら似ているのは本当みたい。
でも、思うの。
そんな私が傍にいて、藤田警部補は辛くないのかな。悲しいことを沢山思い出させる顔なんじゃないのかなって。
「どうした、食わんのか」
「いえ……いただきます」
沈んだ声になってしまい、藤田警部補がさりげなく私の顔を覗いた。
やっぱりこの人は優しい人だ。
心配させたら悪いから、思い切り笑顔で突っかかってみた。
「あの、せめてここのお蕎麦屋さんって決めませんか、合流場所! いつもありえないくらい走り回るんですけど!」
「駄目だ」
「だって誰かに狙われているわけでもありませんし、万一狙われたって藤田警部補なら平気ですよ、私だって」
「阿呆、俺を探してお前や張が走り回れば、町の状況を把握できるだろう。運が良ければ不審人物を見つけられる。おまけに体力まで付くんだ、一石二鳥どころじゃない」
「でもぉ!」
今の私には少しも思い付かなかった。
藤田警部補が、むかし京の町を走り回ることで情報を得て体も鍛えられた、それと同じ体験を私にさせようと考えているなんて。
同じことを繰り返すうちに洞察力が付き、物事を冷静に分析して策を見出せば、捜索の時間は徐々に縮まっていく。
危険な任務の中で私が負傷しないよう、体力と経験を与えてくれているなんて。
「いいから、さっさと食って午後の任務に行け」
「はぁい」
何だかんだで私が食べ終わるまで隣にいてくれた藤田警部補。
「ふふっ、ご馳走様でした」
屋台を出て次の調査地へ向かう為、藤田警部補に別れを告げると、わざわざ私を見送ってくれた。
いつもより穏やかに見える顔。切ない影が見えなくもない。
大袈裟に手を振ると、警部補の顔が崩れるのが見えた。「阿呆が」と笑ったのかな。
もしかしたら私ではなく、沖田さんを見送ったのかもしれない。
「それでもいい、警部補が嬉しそうなら」
任務を成功させてもっと喜んでもらおう。
いつしか仕事の目的がずれてしまった私だけど、目的地に向かって一目散に駆けだした。
川沿いの道は水面の光が良く見える。目を細めたくなるほど、眩しく輝いていた。
「あーーっ、ここも違う! 蕎麦屋って! どこの蕎麦屋なの!」
私は沖舂次、警視庁特務担当、いわゆる密偵になりたての新米警官だ。
舂次は「つくし」と読む。たまに「そうじ」と読み間違えられるが、舂は穀物を"つく"言葉。
「春」に似てるし、食と生命に繋がる縁起のいい字で気に入っている。
私の上司は強面で有名な藤田五郎警部補。
実は新撰組の生き残りらしく、めっぽう強い。それでいて案外部下の面倒見はいい。
恵まれた環境で働ける、そう思っていたのだが、藤田警部補との待ち合わせだけはいつも難儀していた。
「……あぁあっ、もぅ! ここにもいない!」
『新しい情報が入った。待ち合わせ場所は蕎麦屋』
そこまで知らせてくれるなら、どうして蕎麦屋の情報も伝えてくれないのか。
伝言を受けて先輩の張さんに助言を求めたが、
「探すしかないで、あのオッサンほんまに!」
と苛立たせてしまうだけだった。
泣きたいのを我慢して東京を駆け巡ること一時間、ようやく一軒の蕎麦屋台で藤田警部補を見つけた。
川沿いにある店に他の客はいない。
「見つけました、藤田警部補!」
「遅い」
「遅いって……もしかして一時間もこの屋台にいたんですか?」
「そんな時間の無駄はせん、阿呆。辺りを廻っていたさ」
「どうしてどこの蕎麦屋か教えてくれないんですか、って言うか警視庁で良くありませんか?」
「昼飯ついでで丁度いいだろう。お前も食うか、走って腹が減っただろう」
腹が立つのに変な所で優しい上司。
いりませんと怒鳴りたいが、腹が正直に空腹の音を鳴らした。
「じゃぁ……お言葉に甘えて」
「遠慮するな。ご主人、こいつにも一杯」
藤田警部補は慣れた口調で蕎麦を頼んでくれた。
そもそも仕事上の待ち合わせなのに、呑気に蕎麦なんて食べていて、いいのだろうか。
でもお腹が空いたから、聞くのは食べてからにしよう。
「走り回らせて悪かったな」
「えっ」
「例の件だが追加情報だ。蕎麦を食い終えたら、この覚書にある場所を探れ」
そう言って藤田警部補は私の胸の隠しに小さな紙を押し込んだ。
──あの……仮にも女性の胸なんですよ……
任務中は晒を巻いて潰すから、女性らしい胸の膨らみは見てとれない。だから気にも留めていないのかな。
けれども紙が胸部の制服に触れた瞬間、私は自分の顔が熱くなったのが分かった。
緊張したのを知られたくなくて、私は単調な声で
「分かりました」
と返した。
ちらと見れば、私と同じ制服姿の警部補が座っている。
何でもない、職務上の服装。
なのに、胸の隠しに覚書を押し込まれて妙な感覚を抱いてしまった。
お揃いの制服……うぅん、私の馬鹿、同じ制服の男性は沢山いるのに。
「へい、お待ち」
店の主人の明るい声と共に、目の前に蕎麦が置かれた。
ごちゃごちゃした私の考えを遮ってくれる。
「いい香り……美味しそうですね!」
ふふっと笑うと、隣で藤田警部補も「フッ」と小さく笑った。
珍しい。でも警部補はたまにこうして私を笑う。
私は藤田警部補が新撰組にいた頃、共に闘った男の人に似ているらしい。
多分、それが私を見て笑う理由。
新撰組一番隊組長、沖田総司。
動乱の京で不逞浪士たちを震え上がらせた剣客の一人、なんでも警部補の背中を預かる存在だったとか。双璧と呼ばれた最強の二人。
そんな凄い人なのに、病で戊辰戦争には参加せず、ひっそりと息を引き取った。
なんだか淋しい人。
警視庁にも幕末の京を知る人が幾人かいる。
私が本当に沖田総司に似ているのか聞いてみたら、みんな揃って頷いた。
中には私が女というだけで「あの沖田総司を抱けるのか、こいつぁいい」と卑猥な言葉を浴びせる者もいた。
新撰組を目の敵にしていた者には、私が好奇の対象だと知った。
どうやら似ているのは本当みたい。
でも、思うの。
そんな私が傍にいて、藤田警部補は辛くないのかな。悲しいことを沢山思い出させる顔なんじゃないのかなって。
「どうした、食わんのか」
「いえ……いただきます」
沈んだ声になってしまい、藤田警部補がさりげなく私の顔を覗いた。
やっぱりこの人は優しい人だ。
心配させたら悪いから、思い切り笑顔で突っかかってみた。
「あの、せめてここのお蕎麦屋さんって決めませんか、合流場所! いつもありえないくらい走り回るんですけど!」
「駄目だ」
「だって誰かに狙われているわけでもありませんし、万一狙われたって藤田警部補なら平気ですよ、私だって」
「阿呆、俺を探してお前や張が走り回れば、町の状況を把握できるだろう。運が良ければ不審人物を見つけられる。おまけに体力まで付くんだ、一石二鳥どころじゃない」
「でもぉ!」
今の私には少しも思い付かなかった。
藤田警部補が、むかし京の町を走り回ることで情報を得て体も鍛えられた、それと同じ体験を私にさせようと考えているなんて。
同じことを繰り返すうちに洞察力が付き、物事を冷静に分析して策を見出せば、捜索の時間は徐々に縮まっていく。
危険な任務の中で私が負傷しないよう、体力と経験を与えてくれているなんて。
「いいから、さっさと食って午後の任務に行け」
「はぁい」
何だかんだで私が食べ終わるまで隣にいてくれた藤田警部補。
「ふふっ、ご馳走様でした」
屋台を出て次の調査地へ向かう為、藤田警部補に別れを告げると、わざわざ私を見送ってくれた。
いつもより穏やかに見える顔。切ない影が見えなくもない。
大袈裟に手を振ると、警部補の顔が崩れるのが見えた。「阿呆が」と笑ったのかな。
もしかしたら私ではなく、沖田さんを見送ったのかもしれない。
「それでもいい、警部補が嬉しそうなら」
任務を成功させてもっと喜んでもらおう。
いつしか仕事の目的がずれてしまった私だけど、目的地に向かって一目散に駆けだした。
川沿いの道は水面の光が良く見える。目を細めたくなるほど、眩しく輝いていた。