11.憂愁に閉ざされて
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この日、沖舂次はいつもと異なる指示を受けた。
人に会って来い。状況を報告しろ。それが任務だった。
情報を聞き出すわけでも、捕らえるわけでもない。堂々と会って様子を報告する。何とも不思議な任務だ。誰に会うかも聞かされず、行けば分かるとだけ言われた。
「沖舂次、張と合流しろ。行き先は張が知っている」
「張さんはどちらにいらっしゃるんですか」
「ここ警視庁でお前と落ち合うよう言ってある。待っていれば来るだろ」
「分かりました。じゃあ、入り口で待ちます」
「あぁ」
人に会ってこいって、相手は誰なんですか。簡単な質問だが、最後まで聞けなかった。斎藤がどこか他人行儀で、質問を許さない空気が漂っていた。
沖舂次は部屋を出る間際、振り返って斎藤を見た。
既に部屋には己一人といった佇まいで窓辺に立ち、煙草を吸い始めている。窓の外に視線を向け、綺麗な横顔を沖舂次に見せていた。
何を考えているのか分からないのはいつもの事だが、今朝の斎藤はどこか淋しげで、何かを、誰かを思い出して悲しんでいるようだ。
この人に限ってそんな事があるだろうか。沖舂次は何かを想う横顔を見つめた。
「……藤田警部補、」
小さな声で呼ぶと、斎藤は微かに顔を動かして、まだいたのかと沖舂次を見た。
「何だ」
「あの、……行ってきます」
「あぁ、行ってこい」
今日の警部補は何だか、変ですね。そう言い残したかったが、気まずい雰囲気に気圧されて、何も言えなかった。
「藤田警部補、どうしたんだろう。元気……無かった?」
何を、誰を思い出していたのだろう。これから会う人に関係があるのだろうか。
沖舂次が、上司の余り見ない表情の理由を考えていると、間もなく張がやって来た。何やら考え込んで待ち人の登場に気付かないことを面白がり、張は沖舂次の顔を覗き込んで驚かせた。
「どないしてん、暗い顔して」
「わぁっ、張さん! おはようございます!」
「おはようさ~ん」
いつもの調子で陽気な挨拶をした張は、今日は耳元で悪戯せぇへんかったやろと笑った。
「話は聞いとるやろ、早速行くで」
「どこ行くんですか」
「病院や」
「えっ」
二人は合流してすぐ警視庁を出た。
張は一人で行ってしまいそうなほど早足で進んでいく。沖舂次は普段と異なる歩調に慌てて後に続いた。
「病院って……」
「勘違いすな、ワイは元気やで」
「知ってますよ、人に会いに行くんですよね。どなたに会うんですか」
「……着けば分かるやろ」
先程まで明るかった張の声が沈んでいる。急ぎ足が黙り込んでいる理由でもなさそうだ。沖舂次は必死に歩き、張の顔が見えるところまで進んだ。
「病院って、医者ですか、患者さんですか」
「患者や」
「じゃあお見舞い? 任務で様子を見に行くって、お見舞いなんですね。知らない人がお見舞いだなんて変じゃありませんか、その方、気を使いませんか」
「いや、お前が行ったらアイツは喜ぶで」
「私を? 喜んでくださるんですか?」
「せや。それにソイツはお前の先輩や。密偵のな、仕事は決まってるんや、ただ少し……時間が要るんやて」
「先輩……でしたら、ご挨拶しなければなりませんね」
「あぁ。一緒に行くで」
密偵の先輩。張はその人物を知っているらしい。しかも会えば喜んでくれるとは。だったら最初から全てを教えてくれても良いのに。沖舂次は奇妙な任務と、指示の出し方に首を傾げた。
警視庁を出て暫く行くと、ひとつの診療所が見えてきた。
「ここですか」
「あぁ」
張がここを訪れるのは初めてではない。沖舂次は慣れた様子に驚いた。
玄関で靴を脱ぎ、スリッパと呼ばれる上履きに替える。治療の手伝いをする看病婦に会釈で挨拶をして、張は黙って目的の病室まで進んだ。
人に会って来い。状況を報告しろ。それが任務だった。
情報を聞き出すわけでも、捕らえるわけでもない。堂々と会って様子を報告する。何とも不思議な任務だ。誰に会うかも聞かされず、行けば分かるとだけ言われた。
「沖舂次、張と合流しろ。行き先は張が知っている」
「張さんはどちらにいらっしゃるんですか」
「ここ警視庁でお前と落ち合うよう言ってある。待っていれば来るだろ」
「分かりました。じゃあ、入り口で待ちます」
「あぁ」
人に会ってこいって、相手は誰なんですか。簡単な質問だが、最後まで聞けなかった。斎藤がどこか他人行儀で、質問を許さない空気が漂っていた。
沖舂次は部屋を出る間際、振り返って斎藤を見た。
既に部屋には己一人といった佇まいで窓辺に立ち、煙草を吸い始めている。窓の外に視線を向け、綺麗な横顔を沖舂次に見せていた。
何を考えているのか分からないのはいつもの事だが、今朝の斎藤はどこか淋しげで、何かを、誰かを思い出して悲しんでいるようだ。
この人に限ってそんな事があるだろうか。沖舂次は何かを想う横顔を見つめた。
「……藤田警部補、」
小さな声で呼ぶと、斎藤は微かに顔を動かして、まだいたのかと沖舂次を見た。
「何だ」
「あの、……行ってきます」
「あぁ、行ってこい」
今日の警部補は何だか、変ですね。そう言い残したかったが、気まずい雰囲気に気圧されて、何も言えなかった。
「藤田警部補、どうしたんだろう。元気……無かった?」
何を、誰を思い出していたのだろう。これから会う人に関係があるのだろうか。
沖舂次が、上司の余り見ない表情の理由を考えていると、間もなく張がやって来た。何やら考え込んで待ち人の登場に気付かないことを面白がり、張は沖舂次の顔を覗き込んで驚かせた。
「どないしてん、暗い顔して」
「わぁっ、張さん! おはようございます!」
「おはようさ~ん」
いつもの調子で陽気な挨拶をした張は、今日は耳元で悪戯せぇへんかったやろと笑った。
「話は聞いとるやろ、早速行くで」
「どこ行くんですか」
「病院や」
「えっ」
二人は合流してすぐ警視庁を出た。
張は一人で行ってしまいそうなほど早足で進んでいく。沖舂次は普段と異なる歩調に慌てて後に続いた。
「病院って……」
「勘違いすな、ワイは元気やで」
「知ってますよ、人に会いに行くんですよね。どなたに会うんですか」
「……着けば分かるやろ」
先程まで明るかった張の声が沈んでいる。急ぎ足が黙り込んでいる理由でもなさそうだ。沖舂次は必死に歩き、張の顔が見えるところまで進んだ。
「病院って、医者ですか、患者さんですか」
「患者や」
「じゃあお見舞い? 任務で様子を見に行くって、お見舞いなんですね。知らない人がお見舞いだなんて変じゃありませんか、その方、気を使いませんか」
「いや、お前が行ったらアイツは喜ぶで」
「私を? 喜んでくださるんですか?」
「せや。それにソイツはお前の先輩や。密偵のな、仕事は決まってるんや、ただ少し……時間が要るんやて」
「先輩……でしたら、ご挨拶しなければなりませんね」
「あぁ。一緒に行くで」
密偵の先輩。張はその人物を知っているらしい。しかも会えば喜んでくれるとは。だったら最初から全てを教えてくれても良いのに。沖舂次は奇妙な任務と、指示の出し方に首を傾げた。
警視庁を出て暫く行くと、ひとつの診療所が見えてきた。
「ここですか」
「あぁ」
張がここを訪れるのは初めてではない。沖舂次は慣れた様子に驚いた。
玄関で靴を脱ぎ、スリッパと呼ばれる上履きに替える。治療の手伝いをする看病婦に会釈で挨拶をして、張は黙って目的の病室まで進んだ。