10.斎藤の嗜好品
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赤べこ前で転んで懲りたのか、夢主は足下に気をつけて歩いている。
一定の距離を保ち、斎藤は見慣れぬ着物姿の妻を見守って歩いた。
不意に立ち止まって道を確認する横顔に、斎藤は見惚れていた。
……あんな色も似合うのか……
古来から伝わる独特の青い色に染められた小袖。
……花色だったか……いや、少し違う、あれは……
「花浅葱……」
あぁ浅葱色……懐かしい色だ。斎藤は知らず知らず呟いていた。
平安以前より存在した花色と呼ばれる深い青に染まった着物は、少し浅葱のような色味を含んでいる。
浅葱色よりはだいぶ色濃いが、それゆえに、花浅葱と呼ばれる色。
斎藤はそれを思い出しフッと笑った。
ずっと顔を下に向け歩く妻が、転ぶ代わりに何かにぶつかるのではないかと、目が離せない。
すぐにでも追いつくべきか……迷う斎藤だが、やはり家まで様子を見ようと黙って後ろに続いた。
斎藤は夢主が家に入る姿を見届けて、手にした薬の包みを確認し、大きく一呼吸おいてから家の門をくぐった。
玄関の戸を開けても、いつものように迎えには来ない。
「やれやれ、相当機嫌を損ねたようだな」
久しぶりに怒った顔でも拝もうかと軽い気持ちで廊下を進み座敷の障子を開けば、入り口から顔を隠すように座る夢主が見えた。
振り向きもせずに拗ねているのか、斎藤が小さく溜め息を吐いて見ていると、細い肩が時折揺れている事に気が付いた。
「……何を泣いている」
声を掛けるが夢主は黙って首を振った。泣き顔を見せまいとしているのか、顔を見たくないほど怒っているのか。
斎藤は片膝を付いて座り、夢主の肩に手を掛けて、優しくも強引に振り向かせた。
どうして泣いているのか、ここまで機嫌を損ねている理由が分からなかった。
「おい」
悲しそうな夢主と目が合い、思わず固まってしまった。
……忘れていた。こいつはこんな目をするんだった……
「……夢主」
こんな目を見せられては、こうするしか俺には分からん……
斎藤はそっと口付けた。
「っ……」
自分の態度に斎藤も怒っている、そう感じていた夢主は予想しない出来事に驚き、睫を震わせた。
伝わる熱に、瞼を閉じた。
……ほら、一さんやっぱり熱あるじゃない……唇が熱い……手も……
優しく触れてくれている斎藤の手に、そっと手を重ねた。
いつも温かい手が、今は熱い。激しく求められる時の熱とは違う、体の熱。
そして仄かに感じた苦味に薄っすらと目を開いた。
……煙草の味になっちゃった……だから嫌なのに……嫌なのに……
つるつると追いかけっこのように、二雫の涙が頬を伝い落ちた。
斎藤が当たり前のように煙草をふかす姿が夢主にとって既知の姿だと知らない斎藤本人は、何故こんなに戸惑っているのか理解出来ずにいる。
駄目なら駄目と突っぱねれば良い。それだけでは無い何かがあると察した。
「そんなに嫌か」
「嫌なのに……嫌じゃないのが悔しいんです……これが一さんだから……」
「何を言っている」
斎藤は親指でそっと涙の痕を拭った。
煙草の作用で気が緩むのかもしれない。いつも気を張っている斎藤にとって、精神的な命綱になっていくのかもしれない。
「斎藤さんが煙草を吸うの……体が心配だから……でも、煙草が好きでそれで落ち着くなら……斎藤さんがこれから沢山吸うの……知ってます……」
「夢主……」
あぁ、そういう事か……俺が煙草を愛飲する事を知っていたが、有毒性を知るが故に止めたかったのか……
斎藤は合点がいったと頷いた。
そして肺を患った記録が無いからやはり止められないと自らに言い聞かせ迷っていた全てを理解した。
一定の距離を保ち、斎藤は見慣れぬ着物姿の妻を見守って歩いた。
不意に立ち止まって道を確認する横顔に、斎藤は見惚れていた。
……あんな色も似合うのか……
古来から伝わる独特の青い色に染められた小袖。
……花色だったか……いや、少し違う、あれは……
「花浅葱……」
あぁ浅葱色……懐かしい色だ。斎藤は知らず知らず呟いていた。
平安以前より存在した花色と呼ばれる深い青に染まった着物は、少し浅葱のような色味を含んでいる。
浅葱色よりはだいぶ色濃いが、それゆえに、花浅葱と呼ばれる色。
斎藤はそれを思い出しフッと笑った。
ずっと顔を下に向け歩く妻が、転ぶ代わりに何かにぶつかるのではないかと、目が離せない。
すぐにでも追いつくべきか……迷う斎藤だが、やはり家まで様子を見ようと黙って後ろに続いた。
斎藤は夢主が家に入る姿を見届けて、手にした薬の包みを確認し、大きく一呼吸おいてから家の門をくぐった。
玄関の戸を開けても、いつものように迎えには来ない。
「やれやれ、相当機嫌を損ねたようだな」
久しぶりに怒った顔でも拝もうかと軽い気持ちで廊下を進み座敷の障子を開けば、入り口から顔を隠すように座る夢主が見えた。
振り向きもせずに拗ねているのか、斎藤が小さく溜め息を吐いて見ていると、細い肩が時折揺れている事に気が付いた。
「……何を泣いている」
声を掛けるが夢主は黙って首を振った。泣き顔を見せまいとしているのか、顔を見たくないほど怒っているのか。
斎藤は片膝を付いて座り、夢主の肩に手を掛けて、優しくも強引に振り向かせた。
どうして泣いているのか、ここまで機嫌を損ねている理由が分からなかった。
「おい」
悲しそうな夢主と目が合い、思わず固まってしまった。
……忘れていた。こいつはこんな目をするんだった……
「……夢主」
こんな目を見せられては、こうするしか俺には分からん……
斎藤はそっと口付けた。
「っ……」
自分の態度に斎藤も怒っている、そう感じていた夢主は予想しない出来事に驚き、睫を震わせた。
伝わる熱に、瞼を閉じた。
……ほら、一さんやっぱり熱あるじゃない……唇が熱い……手も……
優しく触れてくれている斎藤の手に、そっと手を重ねた。
いつも温かい手が、今は熱い。激しく求められる時の熱とは違う、体の熱。
そして仄かに感じた苦味に薄っすらと目を開いた。
……煙草の味になっちゃった……だから嫌なのに……嫌なのに……
つるつると追いかけっこのように、二雫の涙が頬を伝い落ちた。
斎藤が当たり前のように煙草をふかす姿が夢主にとって既知の姿だと知らない斎藤本人は、何故こんなに戸惑っているのか理解出来ずにいる。
駄目なら駄目と突っぱねれば良い。それだけでは無い何かがあると察した。
「そんなに嫌か」
「嫌なのに……嫌じゃないのが悔しいんです……これが一さんだから……」
「何を言っている」
斎藤は親指でそっと涙の痕を拭った。
煙草の作用で気が緩むのかもしれない。いつも気を張っている斎藤にとって、精神的な命綱になっていくのかもしれない。
「斎藤さんが煙草を吸うの……体が心配だから……でも、煙草が好きでそれで落ち着くなら……斎藤さんがこれから沢山吸うの……知ってます……」
「夢主……」
あぁ、そういう事か……俺が煙草を愛飲する事を知っていたが、有毒性を知るが故に止めたかったのか……
斎藤は合点がいったと頷いた。
そして肺を患った記録が無いからやはり止められないと自らに言い聞かせ迷っていた全てを理解した。