人誅編 完・繋ぐ日々、廻る月

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主人公の女の子

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主人公の女の子

ある日の昼過ぎ、警視庁の資料室、斎藤のもとへ一通の手紙が届けられた。
目を通した斎藤が居合わせた張へ手紙を投げ渡す。
それは面白いだろと言いたくなる内容だった。

緋村剣心、斎藤にとっては緋村抜刀斎からの手紙、果し状。
互いに認める最後の宿敵として決着を望む呼び出しだった。
斎藤自身も長年待ち望んだ時の訪れだ。
けれども何故か晴れぬ気分で、斎藤は放り投げた手紙を取り戻そうとはしなかった。


井上道場では昼餉が終わり、勉も乳を飲んで満たされて、暖かな綿入り半纏の中で眠っている。
うとうとと夢主も舟を漕ぎ始めた時、そばにいた沖田が突然身構えた。

「おぉぉワイや沢下条張、密偵や」

「密偵、斎藤さんのお仲間ですか」

張は以前対峙した抜刀斎や上司である斎藤から感じるものと同じ剣気を受けて、攻撃するなと両手を上げて見せた。
沖田の声と張の声、それに刀が鳴らす音で夢主は眠気の底から呼び戻された。

「ハッ、張さん!総司さん、張さんは斎藤さんの部下として働いてくださっているんです」

「斎藤さんの下で、それは大変ですね。ですがあの人あれでいてなかなか人が好いですから、良かったですね」

「どこが、あのオッサンのどこを見て人が好い言ぅてんねや!」

突然姿を現すから警戒されるんですよと、沖田は刺々しく言って警戒を解いた。
張は実力差を感じて引き下がるが、沖田が無駄な殺生をする男では無いと感じるや、怯まず言い返す。
夢主は騒ぐと勉が起きてしまうと、二人の間に入った。

「おぉすまんなぁ。しっかし可愛い坊やなぁ、ホンマに生まれたんやなぁ。オッサンの子ぉ思われへんで、可愛えぇ坊や」

「はい、勉さんって言うんです。って、張さんまさかっ」

「ちょちょっ、何を思ったかは知らんがワイは夢主はんにも夢主はんの坊にも手出しせぇへんからな!そんな怖い顔せんといてぇな、傷付くわぁ」

昔、荒井赤空最後の一振りを求めた際、張が赤子切りがしたいと暴挙に出たことがあった。
裏取引の結果、警察に身を置いているからには多少節制しているはず。そうは思うが夢主は張を睨んでしまった。

「ごめんなさい、つい……でも元はと言えば張さんが……」

「痛いとこ突いてくるなぁ、よぉ知っとんで、侮れんわ」

疑って申し訳ないと謝るが、誤解のきっかけは張自身の過去の過ち。
夢主がむすっと拗ねた顔を見せると、張はその顔にはかなわんなぁと肩を竦めた。

「それで、張さんはどんな御用でいらしたんですか」

「それがまぁ……言うといた方がえぇ思うてな、夢主はんには、何や、ほら」

上司の斎藤は好きじゃないが、何だかんだで縁がある夢主は気に入っている。
張は、斎藤宛に届いた剣心からの果たし状について知らせた。

「果たし状……」

「緋村さんと斎藤さんが。いいですね、僕も行こうかな」

「駄目ですよ総司さん、これはお二人の」

「分かっていますよ」

羨ましいなと漏らす沖田は、自分が抜刀斎と真剣を向け合う機会はもう無いのだと悟った。
木刀や竹刀の手合わせには応じてくれるかもしれない。だがそれは求める本気の対峙とは異なる。

「残念だな」

沖田は呟いた。

行くと思いますか、沖田はちらと夢主に視線を送った。
夢主は苦い顔でうぅんと首を捻る。

「さすがですね、総司さん。一さんのことをよくご存じで……」

誰もが認める斎藤の宿敵、緋村抜刀斎、今は緋村剣心。
志々雄一派討伐に続き雪代縁の件で共に闘い、自身は子も授かった。あの斎藤だって何か思う所があるのではないか。
感じ取った沖田の鋭さに、夢主は感嘆した。

「なんや、オッサンと抜刀斎、勝負の行方の予想でも付くんか」

「いいえ……張さん、ありがとうございます。お知らせくださって」

「えぇって事よ!せやかて抜刀斎相手にオッサンも無傷ではすまへんで」

実際に剣心と刃をぶつけ、死の手前まで追い込まれた張は戦いを思い出して後ろ首を擦った。

「ワイはオッサンが闘う姿は見たことないけども、逆らったらアカン人やっちゅうんは嫌でも感じる。でもな、実際に戦った抜刀斎、アイツはえげつない強さやで。せやから、ほら、その」

旦那に何かあったら困るやろ、止めるなら一緒に行くでと、口には出さないが張は夢主の出方を窺った。
止めないにしても、万一に備えて心構えをしておけば心の衝撃も少しは抑えられる。

「張さんは好い人なんですね」

「せやで、ワイはえぇ人や」

くすくすと夢主が笑うと張は胸を張り、沖田はうんうんと頷いた。

「それで、斎藤さんも無傷では済まないと踏んでのトンズラ計画ですか、夢主ちゃんを思って伝言に来てくださったのは嬉しいですが」

「なっ、何言うてんねん!」

「だってほら、早いとこ逃げようって顔に書いてありますよ。そう言う顔、嫌と言うほど見てきたので分かっちゃうんです」

沖田に痛い指摘をされた張は、肩を大きく弾ませた。
額から突然流れる冷や汗が夢主の目にも分かる。
それでも夢主はふふふと笑った。
自分を案じてここを訪れてくれたのは事実だ。

「ありがとうございます張さん。教えてくださって。それに……難しいあの人を今まで支えてくださって、ありがとうございました」

「お……おぅ、まぁ、仕事……やからな、夢主はんには関係ないし、礼なんていらんで」

本気でトンズラを考えていた張は気まずく頭を掻いた。
気まずさを打ち消そうと張が大きく動くと、身に付けた数々の刀が硬質な音を鳴らし、反応した勉が寝ぼけてぐずりだした。
夢主をはじめ、張までもが慌てた素振りを見せる。
三人の大人に見守られて、勉はもう一度落ち着きを取り戻し、眠りに戻っていった。


果たし状の夜。
勉が生まれてから毎晩帰宅していた斎藤が、初めて帰らなかった。
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