9.思い出の朱景色
夢主名前設定
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「急いで上がろうと思ったのに……」
怖さから音に気を取られてばかりで、吹き付ける風の音と雨戸や裏口の戸が立てる音を聞きながら、湯船でぼんやりしてしまった。
急いで出ると台所に洗って伏せた器が並んでいた。
「本当に洗ってくれたんだ……」
寝間に入ると斎藤が本当に布団に入り待っていた。
「温めてやったぞ、来い」
「ふふっ、一さんったら……面白い」
「そうか」
お道化て薄い夏の布団を捲る斎藤。夢主は中に身を滑らせて、自分から身を寄せた。
「くっついてもいいですか、今日は……」
「構わんさ、幾らでも」
「あぁっ、今日は本当にそういうのは無しです!怖くてそんな気になれません」
するすると伸びてきた斎藤の指先に夢主は驚き背を反らせた。
「ほぅ、それは仕方が無いな」
諦めたよと告げる言葉に反し、斎藤は夢主の腰にしっかりと手を置いた。
触れられて肌の奥からぞくりと不思議な痺れが走るが、夢主は困った声で訴えた。
「駄目ですよ……明日、もしお帰りが早ければ……いいですけど……」
すぐそばで大きな物が倒れる音がして、夢主は斎藤の胸にしがみ付くよう身を縮めた。
鳴り止まない雨音がごつごつと聞こえ、吹き付ける風も信じられないほど激しい音を立てている。
今、求められても応えられる自信が無かった。それでもきっと優しく愛してくれるのだろうが……夢主は斎藤の胸で縮こまっている。
「明日か、いいだろう。ほら、そう怖がるな……」
その場凌ぎの夢主の言葉を斎藤は素直に受け入れた。本当に明日も早く帰る気なのだろう。
優しい声に顔を上げると、不安など微塵も感じていない頼もしい顔が見えた。
「一さんは怖くありませんか」
「嵐がか、怖くは無いな」
会津の戦、御堂で大砲を打ち込まれた時の方が余程命の危険を感じた。煙と土埃で遮られた視界の中を飛び散る木片に石つぶて、背中に傷を負ったのもその時だ。
フッと小さく笑うが、とても理由は説明出来まい。大砲よりましだと言えば、昔話だろうが夢主はまた辛そうに瞳を揺らすだろう。
「一さんはお強いですね……」
「お前は子供みたいだな」
「もぅっ……」
子供のようだと言われ拗ねるが、今はそれでも構わないと大きな胸に甘えていた。
先程好きだろうと指摘された斎藤の匂いを感じながら、分厚い胸に温められている。
「一さんは……吉原に行った事はあるのですか」
「何だ突然」
「深い意味は無いんです……ただ、行った事があるのかなぁって……」
優しい夫、女の扱いに慣れている夫。慰められるうちにふと先程の沖田の話を思い出した。
吉原、遊郭、遊女。
斎藤は関わった事があるのだろうか。この温もりを味わった妓がかつて吉原にいたのだろうかと、答えて欲しくない問い掛けをして目を合わせた。
「どうだったか、忘れちまったな」
「本当ですか……あるんじゃありませんか、だって島原ではその……馴染みの方がいらっしゃったじゃありませんか」
「随分と古い話を持ち出したな。確かにいたが、それがどうした」
「別に責めたいわけじゃないんですよ、ただ一さんは……どんな気持ちで通ってたのかなぁ……って……総司さんは今、どんなおつもりなのかなって思っただけで……」
「……沖田君は分からんが、俺は本当にただの遊びだったさ。若い男がそんな事を望むのは分かっちゃくれまいか」
斎藤が嫌な想いをさせた昔を物柔らかい声で詫びると、夢主は小さくコクンと頷いた。
「わかります……いぇ、わかりはしませんが……仕方が無いんだろうなってのは……総司さんはどうなんだろうって今はそれが気になって」
「訊いてみればすっきりするだろう」
「はぃ……」
大きな音が鳴る度にびくりと跳ねる夢主の肩を見ていた斎藤が、ゆっくりと頭を撫で始めた。
「一さん……」
「いいから、お前が寝るまで起きていてやる。先に寝ろ」
「はぃ……一さんっ」
「何だ」
「……ありがとうございます。その……大好きですっ」
こんなに優しく慈しんでくれる貴方が……
目を見つめて一言告げ、夢主は顔を隠してしまった。
「フッ、言い逃げか」
無言で小さく頷く頭を、斎藤はゆっくりと撫で続けた。
強く激しくなる外の嵐とは裏腹に、夢主は優しく穏やかな温もりの中、眠りについた。
怖さから音に気を取られてばかりで、吹き付ける風の音と雨戸や裏口の戸が立てる音を聞きながら、湯船でぼんやりしてしまった。
急いで出ると台所に洗って伏せた器が並んでいた。
「本当に洗ってくれたんだ……」
寝間に入ると斎藤が本当に布団に入り待っていた。
「温めてやったぞ、来い」
「ふふっ、一さんったら……面白い」
「そうか」
お道化て薄い夏の布団を捲る斎藤。夢主は中に身を滑らせて、自分から身を寄せた。
「くっついてもいいですか、今日は……」
「構わんさ、幾らでも」
「あぁっ、今日は本当にそういうのは無しです!怖くてそんな気になれません」
するすると伸びてきた斎藤の指先に夢主は驚き背を反らせた。
「ほぅ、それは仕方が無いな」
諦めたよと告げる言葉に反し、斎藤は夢主の腰にしっかりと手を置いた。
触れられて肌の奥からぞくりと不思議な痺れが走るが、夢主は困った声で訴えた。
「駄目ですよ……明日、もしお帰りが早ければ……いいですけど……」
すぐそばで大きな物が倒れる音がして、夢主は斎藤の胸にしがみ付くよう身を縮めた。
鳴り止まない雨音がごつごつと聞こえ、吹き付ける風も信じられないほど激しい音を立てている。
今、求められても応えられる自信が無かった。それでもきっと優しく愛してくれるのだろうが……夢主は斎藤の胸で縮こまっている。
「明日か、いいだろう。ほら、そう怖がるな……」
その場凌ぎの夢主の言葉を斎藤は素直に受け入れた。本当に明日も早く帰る気なのだろう。
優しい声に顔を上げると、不安など微塵も感じていない頼もしい顔が見えた。
「一さんは怖くありませんか」
「嵐がか、怖くは無いな」
会津の戦、御堂で大砲を打ち込まれた時の方が余程命の危険を感じた。煙と土埃で遮られた視界の中を飛び散る木片に石つぶて、背中に傷を負ったのもその時だ。
フッと小さく笑うが、とても理由は説明出来まい。大砲よりましだと言えば、昔話だろうが夢主はまた辛そうに瞳を揺らすだろう。
「一さんはお強いですね……」
「お前は子供みたいだな」
「もぅっ……」
子供のようだと言われ拗ねるが、今はそれでも構わないと大きな胸に甘えていた。
先程好きだろうと指摘された斎藤の匂いを感じながら、分厚い胸に温められている。
「一さんは……吉原に行った事はあるのですか」
「何だ突然」
「深い意味は無いんです……ただ、行った事があるのかなぁって……」
優しい夫、女の扱いに慣れている夫。慰められるうちにふと先程の沖田の話を思い出した。
吉原、遊郭、遊女。
斎藤は関わった事があるのだろうか。この温もりを味わった妓がかつて吉原にいたのだろうかと、答えて欲しくない問い掛けをして目を合わせた。
「どうだったか、忘れちまったな」
「本当ですか……あるんじゃありませんか、だって島原ではその……馴染みの方がいらっしゃったじゃありませんか」
「随分と古い話を持ち出したな。確かにいたが、それがどうした」
「別に責めたいわけじゃないんですよ、ただ一さんは……どんな気持ちで通ってたのかなぁ……って……総司さんは今、どんなおつもりなのかなって思っただけで……」
「……沖田君は分からんが、俺は本当にただの遊びだったさ。若い男がそんな事を望むのは分かっちゃくれまいか」
斎藤が嫌な想いをさせた昔を物柔らかい声で詫びると、夢主は小さくコクンと頷いた。
「わかります……いぇ、わかりはしませんが……仕方が無いんだろうなってのは……総司さんはどうなんだろうって今はそれが気になって」
「訊いてみればすっきりするだろう」
「はぃ……」
大きな音が鳴る度にびくりと跳ねる夢主の肩を見ていた斎藤が、ゆっくりと頭を撫で始めた。
「一さん……」
「いいから、お前が寝るまで起きていてやる。先に寝ろ」
「はぃ……一さんっ」
「何だ」
「……ありがとうございます。その……大好きですっ」
こんなに優しく慈しんでくれる貴方が……
目を見つめて一言告げ、夢主は顔を隠してしまった。
「フッ、言い逃げか」
無言で小さく頷く頭を、斎藤はゆっくりと撫で続けた。
強く激しくなる外の嵐とは裏腹に、夢主は優しく穏やかな温もりの中、眠りについた。