9.思い出の朱景色

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主人公の女の子

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主人公の女の子

「あははっ、冗談ですよ。でも本当だよ……幕末の頃は妓の皆さんから情報を集めたり。一人二人じゃありません、案外と普通の手段だったんですよね」

「それで……斬られちゃうんですか」

怖々と訊く姿に沖田はにんまりと口元を緩めた。
澄ました顔で誇り高い遊女を演じる京の妓を良く知る沖田には、なんとも愛らしい反応だ。

「ううん、そんなの滅多にありませんよ。暴れん坊の誰かさんが斬っちゃった事はありましたけど……」

例えば芹沢鴨、沖田は自分が粛清した壬生の暴君を思い出していた。
新選組の名を背負った者が角屋で暴れた、沖田にしてみれば汚点だ。その汚れを消し去った過去を思い出した。
そして角屋や島原の景色を、この吉原に重ねていた。

「いやや、怖いわ」

「ははっ、大丈夫だよ。皆、仕来りを守って刀を預けているでしょう。あれは特別だったんです。それより……君、京か大坂にいた事があるの」

「えっ、どうして……」

「今、向こうの言葉が出ていたよ」

「あっ……吉原言葉が嫌だって聞いてたから気を付けてたらお国言葉が……」

「ありんす、なんし……確かに耳について嫌いですね。でもどうしてそんな遠くから」

「もともと私は京都に住んでいたんです。それが京が焼けた時に大坂に移って……戦が起きて父と江戸へ……京にいた頃の記憶は正直ありません。小さかったので……ただ五重塔が大きかった記憶だけは鮮明に……」

昼間眺める立派な姿に、月明かりに照らされる五重塔、沖田もお気に入りの景色だった。

「そう。確かに見事でしたね五重塔……。お父上はどうされたんです」

よく知る地の名が続き、沖田は初めて興味を持って妓に訊ねた。
妓は先程までの媚を忘れ、身の上を語り始めた。

「江戸に着いてすぐに薩摩の兵に捕まって……」

江戸で躍起になって、西から逃げて来た人間を取り締まっていた薩長の兵。その兵士に目を付けられてしまったのだ。
不運としか言えない。一度目を付けられれば有無を言わさず罪人に仕立てられてしまう、あの頃の嫌な風潮だ。

「京から大坂、そして江戸とやっと逃げて来たのに、父は疑われ連れて行かれてしまったんです。すぐに戻ると言って従った父は戻りませんでした。……代わりにやって来た男達に、私は吉原に……はした金にしかならんって笑ってました。……だから、明治政府なんて大嫌いです」

「そぅ……」

戦を仕掛けたのは新政府側、しかし自分達幕府側にも民の平和な暮らしを壊した責任はあるのだろうか。
顔を歪ませる妓を眺め、沖田はこれまでの戦いを振り返った。
咄嗟の思考で何も結論など見出せない。沖田はふと顔を上げた。

「ねぇ、遊女は身の上話はしちゃいけないんじゃないですか」

「それは京の花街でのお話ではありませんか、吉原の遊女はお情けを頂かないとやっていられませんから」

「あはははっ、そうですね!確かに……お辛い身の上だ」

「今のは本当ですよ!でも貴方の同情なんて必要ありません!こんな邪険に扱われて……同情なんて……」

同情を引き出す為の偽り話に受け取られたと感じた妓は、強い声で反論して強がってみせた。

……邪険だ何てとんでもない、だが告げた所で意味は無い……

沖田は強がる妓を哀れに想うが、若く容姿も整っているのに部屋持にも上がれないのはこの駆け引きの下手さが理由なのかと、心の中で密かに苦笑をした。
売られてきて間もなく、芸事が身に付いていないせいもあるのかもしれないが、恐らくは前者が理由だろう。
可哀相だが余程奇特な客でも付かなければ先は暗い。
時代が大きく変わってしまい、食べていけなくなった武家の娘が多く遊郭に流れている。遊女余りの状態だ。
それを知ったうえで、沖田はにこやかに妓を見つめた。

「ふぅん……でも大丈夫ですよ、僕は同情なんてしません。だって情なんて移ったら面倒なだけでしょう」

「旦那さん……」

「でも参ったな、大坂に京か……嫌でも気になっちゃいますね」

「せやったら……」

「もう君は買えない」

「そんな」

沖田に近付こうと腰を上げかけた妓だが、きつい言葉に戸惑い、その場に力なく座り直した。

「ごめんね、言ったでしょう。僕は酷い男だって」

「本当に酷い……」

「僕なんかに期待しちゃいけないよ、でも気が変わりました。お相手してもらえるかな……今夜だけ」

言いながら窓の障子に指先を乗せ、静かに閉めた。そして涙ぐむ妓に体を向けた。
妓は驚いて顔を上げるが、我に返ると畏まって畳に手をつき、喜んでと頭を下げた。
二度も続けて何もせずに客を帰すなんて……そんな遊女の意地よりも、気になる優しい客に抱いてもらえる嬉しさが勝っていた。
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