68.たずさえる手
夢主名前設定
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警視庁に着いて血相を変えて警視総監室を目指す沖田を止める者は無く、赤絨毯の廊下も階段も飛ぶように走り抜け、蹴破る勢いで扉を開いた。
川路は驚き、部屋にいた警官達が身構えた。
「川路さん!!お聞きしたいことがあります!!」
「君は帰ったと思っていたが、何事だ」
「何が周辺警備はするだ!!」
「何?」
只ならぬ剣幕に川路は人払いをし、沖田の話を聞いた。
厄介な事態に川路の眉間に皺が浮かび上がる。
「斎藤君の細君がいないだと」
「いないんです、いたはずなのに、何故です、護衛はどこです!」
「護衛はこれから手配する所だ」
「これから……遅いですよ、この前いたではありませんか、何故今日に限っていないんです!」
「あれはお前を試す為の人員だ」
沖田の体は勝手に威嚇の体勢に入っていた。
手が腰の仕込み刀を握っている。
「抜くなよ」
「貴方でないなら志々雄の手下に連れて行かれたに違いない、分かるんです!僕も京都へ行きます!」
「駄目だ、君には東京に残ってもらう」
「何故です、力は多いに越したことはないでしょう!」
「緋村と斎藤に任せたのだ。大事なものは東京にある」
「大事なもの……政府ですか」
「政府、要人、大切なものは東京に集中しておる。志々雄は斃さねばならぬ。だが東京の戦力を削ぐ訳にもいかん」
「貴方、二人を捨て駒にする気ですか」
「とんでもない、二人の力を信じておるからこそ。大勢の警官も支援に向かっている」
「……」
川路は大きく息を吐いて巨大な窓の前に顔を向けた。
窓から見える別の窓の向こうでは警官達が忙しなく動いている。
「吉原と寺の娘達は今日も元気だそうだな」
収まりかけた怒りが再び沸騰し、沖田の手に今にも抜刀しそうな力が加わった。
「言ったであろう、君を動かす為なら幾らでも口にするぞ。人手が足りんのだ」
「汚い、貴方は昔からそうやって人を動かし続けたのですか」
「誤解せんでくれ、あくまでも国の為だ。このままでは志々雄の思うまま国は崩壊していく。それだけはさせん。斎藤も同じ思いだからこそ京都へ向かったのだ。彼なら己の事で動揺したりはせん」
「斎藤さんは貴方が思うほど冷酷ではありませんよ」
「彼は京都を、君は東京を守る。頼む。力が足りんのだ」
……夢主ちゃん……
身重の体でどれだけ負担を強いられているのだろうか。
不安で一杯だろう。恐怖に押し潰されてはいないか。
手の中で簡単に崩れてしまう花のように儚い存在。でも、それだけではないヒト。それも知っている。
「斎藤には儂から告げておく、無論こちらで手も打つ」
「貴方を信用できない。でも斎藤さんと夢主ちゃんを信じています。僕は……二人を」
力なく手を離し、用があれば使いを寄こしてください、そう言い残して沖田は部屋を出た。
吉原と寺で生きる娘達は守られた。東京の町も守ってみせる。
……だけど、あの人を守るのは僕では無いのか……
何より守りたい人へ届かぬ己の手を、沖田は痛みを感じるまで握りしめた。
「力になりたいのに」
必要な時、またそばにいられない。
屋敷に戻ると乱れた心を戻す為、一晩中刀を振り続けた。
真っ暗な道場で空を切る音は鳴りやまず、夜が明ける。
ようやく外の空気を吸う気分になった沖田が庭に出ると、見たくないものが目に入った。
早速用を言い付けに来たのか、警官が門の外に立っている。
顔をしかめるが見ぬ振りも出来ず出迎えると、沖田の顔は一変した。
警官が出向いたのは出動を言い渡す為ではなく、斎藤からの使いだった。
警官の後ろに一人の少年が立っている。
「君は……」
「この者を井上殿に預けると、藤田警部補からです。仔細は御内儀様が承知のはずだと」
「御内儀、夢主ちゃんが……」
その夢主はいない。
しかし沖田はその意味を汲み取った。
沖田の無言に警官は怪訝な顔を見せ、少年は戸惑いを見せて遠慮がちに頭を下げた。
「あの……迷惑なら俺、大丈夫ですから」
「いえ、失礼致しました。僕は井上総司、貴方は斎藤さんをご存知なんですね」
沖田は警官にお引き受けしますと目配せをして立ち去らせ、更に続けた。
「幕末、僕は斎藤さんと共に剣を握っていました」
「あの人と一緒に……」
「はい。この屋敷は部屋があるのに誰も使っていないんです。だから嬉しいですよ、君が使ってくれるなら」
「あっ、あの!俺は三島栄次です!ありがとうございます、お世話になります!宜しくお願いします!」
「あははっ、いつも通りで構いませんよ、こちらこそよろしくお願いします」
笑顔で歓迎して、沖田は栄次の姿を確かめた。
着替えを与えられずここまでやって来たらしい。
擦り切れ千切れて土と血に汚れ色を変えた着物、手には鞘も無くぼろぼろに刃が毀れた刀。
「大事な一振りなんですね。そのままではすぐに朽ちてしまう。修復は無理ですがせめて血だけでも落としてあげましょう」
「あ……」
握り締めたままの刀を体の一部のように感じていた栄次は、一度も手離さずここまで来た自分に気が付いた。
大切な兄の形見、自分を守ってくれた刀。
「力になりますよ。剣を握りたいのでしたら僕が教えます。敵討ちの為ではなく、大切な人を守る剣、新しい時代を生きる剣を」
「大切な人を……」
栄次は涙を流していた。
何も話していないのにこの人は全てを察してくれた。
手を差し伸べて優しい目を向けてくれる。
新月村で出会った斎藤さんや緋村さんのように。
「ありがとう、ございます」
声を振り絞って震える少年を沖田は優しく迎え入れた。
京都へ行かなくて良かった。
この子を預かれるのは僕だけだ。
この為に僕はここへ残されたんだ。
二人を、皆を信じて東京で待とう。
朝日の中で涙を拭う少年が、明るい未来を見出せるよう。
「さぁこちらへ」
唇を噛みしめて頷く姿は小さくても力強さに溢れている。
栄次を新しい世界へ導く沖田の微笑みはとても穏やかに輝いていた。
川路は驚き、部屋にいた警官達が身構えた。
「川路さん!!お聞きしたいことがあります!!」
「君は帰ったと思っていたが、何事だ」
「何が周辺警備はするだ!!」
「何?」
只ならぬ剣幕に川路は人払いをし、沖田の話を聞いた。
厄介な事態に川路の眉間に皺が浮かび上がる。
「斎藤君の細君がいないだと」
「いないんです、いたはずなのに、何故です、護衛はどこです!」
「護衛はこれから手配する所だ」
「これから……遅いですよ、この前いたではありませんか、何故今日に限っていないんです!」
「あれはお前を試す為の人員だ」
沖田の体は勝手に威嚇の体勢に入っていた。
手が腰の仕込み刀を握っている。
「抜くなよ」
「貴方でないなら志々雄の手下に連れて行かれたに違いない、分かるんです!僕も京都へ行きます!」
「駄目だ、君には東京に残ってもらう」
「何故です、力は多いに越したことはないでしょう!」
「緋村と斎藤に任せたのだ。大事なものは東京にある」
「大事なもの……政府ですか」
「政府、要人、大切なものは東京に集中しておる。志々雄は斃さねばならぬ。だが東京の戦力を削ぐ訳にもいかん」
「貴方、二人を捨て駒にする気ですか」
「とんでもない、二人の力を信じておるからこそ。大勢の警官も支援に向かっている」
「……」
川路は大きく息を吐いて巨大な窓の前に顔を向けた。
窓から見える別の窓の向こうでは警官達が忙しなく動いている。
「吉原と寺の娘達は今日も元気だそうだな」
収まりかけた怒りが再び沸騰し、沖田の手に今にも抜刀しそうな力が加わった。
「言ったであろう、君を動かす為なら幾らでも口にするぞ。人手が足りんのだ」
「汚い、貴方は昔からそうやって人を動かし続けたのですか」
「誤解せんでくれ、あくまでも国の為だ。このままでは志々雄の思うまま国は崩壊していく。それだけはさせん。斎藤も同じ思いだからこそ京都へ向かったのだ。彼なら己の事で動揺したりはせん」
「斎藤さんは貴方が思うほど冷酷ではありませんよ」
「彼は京都を、君は東京を守る。頼む。力が足りんのだ」
……夢主ちゃん……
身重の体でどれだけ負担を強いられているのだろうか。
不安で一杯だろう。恐怖に押し潰されてはいないか。
手の中で簡単に崩れてしまう花のように儚い存在。でも、それだけではないヒト。それも知っている。
「斎藤には儂から告げておく、無論こちらで手も打つ」
「貴方を信用できない。でも斎藤さんと夢主ちゃんを信じています。僕は……二人を」
力なく手を離し、用があれば使いを寄こしてください、そう言い残して沖田は部屋を出た。
吉原と寺で生きる娘達は守られた。東京の町も守ってみせる。
……だけど、あの人を守るのは僕では無いのか……
何より守りたい人へ届かぬ己の手を、沖田は痛みを感じるまで握りしめた。
「力になりたいのに」
必要な時、またそばにいられない。
屋敷に戻ると乱れた心を戻す為、一晩中刀を振り続けた。
真っ暗な道場で空を切る音は鳴りやまず、夜が明ける。
ようやく外の空気を吸う気分になった沖田が庭に出ると、見たくないものが目に入った。
早速用を言い付けに来たのか、警官が門の外に立っている。
顔をしかめるが見ぬ振りも出来ず出迎えると、沖田の顔は一変した。
警官が出向いたのは出動を言い渡す為ではなく、斎藤からの使いだった。
警官の後ろに一人の少年が立っている。
「君は……」
「この者を井上殿に預けると、藤田警部補からです。仔細は御内儀様が承知のはずだと」
「御内儀、夢主ちゃんが……」
その夢主はいない。
しかし沖田はその意味を汲み取った。
沖田の無言に警官は怪訝な顔を見せ、少年は戸惑いを見せて遠慮がちに頭を下げた。
「あの……迷惑なら俺、大丈夫ですから」
「いえ、失礼致しました。僕は井上総司、貴方は斎藤さんをご存知なんですね」
沖田は警官にお引き受けしますと目配せをして立ち去らせ、更に続けた。
「幕末、僕は斎藤さんと共に剣を握っていました」
「あの人と一緒に……」
「はい。この屋敷は部屋があるのに誰も使っていないんです。だから嬉しいですよ、君が使ってくれるなら」
「あっ、あの!俺は三島栄次です!ありがとうございます、お世話になります!宜しくお願いします!」
「あははっ、いつも通りで構いませんよ、こちらこそよろしくお願いします」
笑顔で歓迎して、沖田は栄次の姿を確かめた。
着替えを与えられずここまでやって来たらしい。
擦り切れ千切れて土と血に汚れ色を変えた着物、手には鞘も無くぼろぼろに刃が毀れた刀。
「大事な一振りなんですね。そのままではすぐに朽ちてしまう。修復は無理ですがせめて血だけでも落としてあげましょう」
「あ……」
握り締めたままの刀を体の一部のように感じていた栄次は、一度も手離さずここまで来た自分に気が付いた。
大切な兄の形見、自分を守ってくれた刀。
「力になりますよ。剣を握りたいのでしたら僕が教えます。敵討ちの為ではなく、大切な人を守る剣、新しい時代を生きる剣を」
「大切な人を……」
栄次は涙を流していた。
何も話していないのにこの人は全てを察してくれた。
手を差し伸べて優しい目を向けてくれる。
新月村で出会った斎藤さんや緋村さんのように。
「ありがとう、ございます」
声を振り絞って震える少年を沖田は優しく迎え入れた。
京都へ行かなくて良かった。
この子を預かれるのは僕だけだ。
この為に僕はここへ残されたんだ。
二人を、皆を信じて東京で待とう。
朝日の中で涙を拭う少年が、明るい未来を見出せるよう。
「さぁこちらへ」
唇を噛みしめて頷く姿は小さくても力強さに溢れている。
栄次を新しい世界へ導く沖田の微笑みはとても穏やかに輝いていた。