68.たずさえる手
夢主名前設定
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案内された部屋の広さは十二畳程か、我が家より広い床は火に強いタイルが貼られ、天井も倍ほどの高さがある。
「この部屋を自由に使ってちょうだい、そのうち世話役が付くでしょうから足りない物はその人に言えばいいわ」
「凄い……足りない物なんてありません」
大きなベッドが一つ、洋式の椅子と机が一組。
立派な箪笥は観音扉があり、下には着物用の薄い引き出しが五つある。その全てに着替えが用意されていた。
「長旅で汚れたでしょう、自由に着替えてくださいね、それじゃ私はこれで」
「あっ、ありがとうございました」
自分を拐かした相手に心から礼を述べるのも可笑しいが、自ずと頭を下げていた。
夢主は一人になった部屋を見回して、懐かしい錯覚を得た。
初めて八木邸で斎藤の部屋に入った時を思い出したのだ。
あの時も一人で初めての部屋を見回した。
葛籠を開けて見えたまっさらな褌に驚いたものだ。
この箪笥には変な物は入っていないか、期待と不安で扉を開け引き出しを覗いた。
質の良い着物が重なっている。どれも色鮮やかで華やかな女物だ。
「由美さんのお古なのかな、由美さんが選んだとか……」
全て由美に似合いそうな艶やかな色合いだ。
別の引き出しにある襦袢は緋色と紫紺、女の色を引き立てる色彩。
夢主は気後れしながらも、新しく清潔な襦袢と着物に袖を通した。
「どうしよう、お部屋以外のこと何も聞いてない」
帯を締め終えて気が付いた。
例えば厠の場所。一番大事ではないか。
世話役が付くそうだが、それまでにもよおしてしまったらどうすれば。夢主は急にそわそわし始めた。
旭はまだ近くにいるだろうか。
恐る恐る廊下に出た夢主は迷わないようこの扉が見える範囲で行動しようと、扉を開けたまま廊下を進んだ。
角を一つ曲がるだけなら確実に戻れる。
そう考えて怖々と顔を覗かせた角で、予想もしない硬い何かにぶつかった。
「痛ぁっ……」
「オイ、気ぃつけェや!」
「ひっ」
赤くなった額を摩る手の向こうに見えたは斎藤の未来の部下、沢下条張だった。
急に現れた何かに反応して張が振り上げた腕の籠手にぶつかったのだ。
腹に巻かれた薄刃乃太刀にぶつかったと勘違いした夢主は驚くより早く慌てて頭を下げた。
「大丈夫ですかお腹、ごめんなさい!」
「はぁっ?」
薄刃乃太刀の下に腹を守る武具を付けていると知らず、反射的に張の腹が傷付いていないか心配してしまった。
女がぶつかったぐらいで怪我するかいな、張は顔を歪めるが、夢主が腹の武器に気付いていると察して俄かに瞳孔を開いた。
「ほぉん、おもろいなアンタ」
「あっ」
角を曲がって部屋のある廊下へ押し戻された夢主、壁を背に立ち、迫る張の顔色に怯えた。
張の夢主への興味からくる感情を、気が立って機嫌が悪いのだと誤解した。
「ご、ごめんなさい」
「由美姐さん以外にこんな別嬪さんがおるなんて聞いてへんで、なぁアンタ誰や」
「あの……」
真っ直ぐ逆立った髪が張の体を大きく見せる。斎藤より四寸は背が低いはずだが、近付く存在に圧倒されてしまった。
体中に仕込まれた武器が硬い音を鳴らし、夢主を強張らせる。
「なぁ、ワイ一番乗りで暇もてあましてんねん」
「や、やめてください」
張が気晴らしに何を求めているか感じてしまう。
息が掛かるほど距離を詰めてくる張から逃れたくて顔を背けるが、体を押し離そうと出した手は掴まれてしまった。
「この部屋を自由に使ってちょうだい、そのうち世話役が付くでしょうから足りない物はその人に言えばいいわ」
「凄い……足りない物なんてありません」
大きなベッドが一つ、洋式の椅子と机が一組。
立派な箪笥は観音扉があり、下には着物用の薄い引き出しが五つある。その全てに着替えが用意されていた。
「長旅で汚れたでしょう、自由に着替えてくださいね、それじゃ私はこれで」
「あっ、ありがとうございました」
自分を拐かした相手に心から礼を述べるのも可笑しいが、自ずと頭を下げていた。
夢主は一人になった部屋を見回して、懐かしい錯覚を得た。
初めて八木邸で斎藤の部屋に入った時を思い出したのだ。
あの時も一人で初めての部屋を見回した。
葛籠を開けて見えたまっさらな褌に驚いたものだ。
この箪笥には変な物は入っていないか、期待と不安で扉を開け引き出しを覗いた。
質の良い着物が重なっている。どれも色鮮やかで華やかな女物だ。
「由美さんのお古なのかな、由美さんが選んだとか……」
全て由美に似合いそうな艶やかな色合いだ。
別の引き出しにある襦袢は緋色と紫紺、女の色を引き立てる色彩。
夢主は気後れしながらも、新しく清潔な襦袢と着物に袖を通した。
「どうしよう、お部屋以外のこと何も聞いてない」
帯を締め終えて気が付いた。
例えば厠の場所。一番大事ではないか。
世話役が付くそうだが、それまでにもよおしてしまったらどうすれば。夢主は急にそわそわし始めた。
旭はまだ近くにいるだろうか。
恐る恐る廊下に出た夢主は迷わないようこの扉が見える範囲で行動しようと、扉を開けたまま廊下を進んだ。
角を一つ曲がるだけなら確実に戻れる。
そう考えて怖々と顔を覗かせた角で、予想もしない硬い何かにぶつかった。
「痛ぁっ……」
「オイ、気ぃつけェや!」
「ひっ」
赤くなった額を摩る手の向こうに見えたは斎藤の未来の部下、沢下条張だった。
急に現れた何かに反応して張が振り上げた腕の籠手にぶつかったのだ。
腹に巻かれた薄刃乃太刀にぶつかったと勘違いした夢主は驚くより早く慌てて頭を下げた。
「大丈夫ですかお腹、ごめんなさい!」
「はぁっ?」
薄刃乃太刀の下に腹を守る武具を付けていると知らず、反射的に張の腹が傷付いていないか心配してしまった。
女がぶつかったぐらいで怪我するかいな、張は顔を歪めるが、夢主が腹の武器に気付いていると察して俄かに瞳孔を開いた。
「ほぉん、おもろいなアンタ」
「あっ」
角を曲がって部屋のある廊下へ押し戻された夢主、壁を背に立ち、迫る張の顔色に怯えた。
張の夢主への興味からくる感情を、気が立って機嫌が悪いのだと誤解した。
「ご、ごめんなさい」
「由美姐さん以外にこんな別嬪さんがおるなんて聞いてへんで、なぁアンタ誰や」
「あの……」
真っ直ぐ逆立った髪が張の体を大きく見せる。斎藤より四寸は背が低いはずだが、近付く存在に圧倒されてしまった。
体中に仕込まれた武器が硬い音を鳴らし、夢主を強張らせる。
「なぁ、ワイ一番乗りで暇もてあましてんねん」
「や、やめてください」
張が気晴らしに何を求めているか感じてしまう。
息が掛かるほど距離を詰めてくる張から逃れたくて顔を背けるが、体を押し離そうと出した手は掴まれてしまった。