61.馬鹿な人
夢主名前設定
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律儀に変装小道具のハンチング帽をかぶったまま帰宅した斎藤は、鍔の下から夢主を見た。
怒ってはいません、でも悲しいです。そんな目をしている。
「お帰りなさい」
「そんな顔をするな、着替えたら出る」
「わかっています、制服に着替えるんですよね……用意してあります」
気丈に言い廊下を行こうとした夢主が ちらと振り返った。
心配で仕方ないと嘆くように弱々しく斎藤のこけた頬に触れる。
「痛くありませんか……」
「あぁ大丈夫だ」
斎藤は頬にだけ注目する夢主に驚いた。頬は喧嘩屋の拳を試しに受けた場所だ。
部屋に入るなり鏡台で己の顔を確認する。薄暗くとも間違いない、痣など出来ていない。
それなのに何故頬だけを案じたのか。あの場を見ていたとでも言うのか。
「一さん、制服に白いシャツですか」
「あぁ」
日頃黒いシャツを着込み白い襟シャツに袖を通す機会は少ない。だが用意された制服と共に白いシャツが置かれていた。
これも把握済みか。
火熨斗が掛けられたシャツが全て把握している夢主を物語っていた。
障子を閉めると横額にはめられた硝子越しに入る光は殆どない。
夢主は行灯に火を入れた。
灯りを待たずに着替え始める夫。温かい火が灯ったのに、衣擦れの音で心は淋しく冷えていくようだ。
着替えで空気に触れると、隠れていた血の臭いが漂い始めた。
「今夜……お仕事に出た後は戻れるんですか」
「さぁて、状況次第だな」
「そうですか……」
薬屋に変装し神谷道場を訪れ、仕事を果たした斎藤。
これから警官の姿で招かれた酒席へ出向く。
夢主は記憶にない今宵の行動を訊ねてみたが、答えは分からなかった。
分かっているのは道場でした事と、これから暗殺稼業を請け負う男に会い、人斬りを利用してある人物を誘い出すこと。
夢主は無意味を承知で訊ねた。
「神谷道場で何をしてきたんですか」
「若い喧嘩屋が一人、寝付いただけだ」
「寝付いた……一さん、傷つけないって約束……」
「約束などしていないが」
「あっ」
斎藤の手にあったハンチング帽が夢主に乗せられ視界が真っ暗になる。
見えない帽子の向こうで斎藤が笑っているのを感じた。
「もうっ一さんたら!」
「安心しろ、怪我一つで済んだんだ」
「怪我一つって、寝ついたって本当は喧嘩屋……左之助さんを気絶させたんでしょう、知ってますよ」
「だったら聞くな阿呆」
「んっ……」
「っつ……」
黙れと夢主の口を塞ぐ斎藤だが、俄かに顔をしかめてすぐさま離れてしまった。
誤魔化しや八つ当たりの口吸いは少々荒くなるのが常。
無意識に悟っている夢主は夫の異変を察した。
怒ってはいません、でも悲しいです。そんな目をしている。
「お帰りなさい」
「そんな顔をするな、着替えたら出る」
「わかっています、制服に着替えるんですよね……用意してあります」
気丈に言い廊下を行こうとした夢主が ちらと振り返った。
心配で仕方ないと嘆くように弱々しく斎藤のこけた頬に触れる。
「痛くありませんか……」
「あぁ大丈夫だ」
斎藤は頬にだけ注目する夢主に驚いた。頬は喧嘩屋の拳を試しに受けた場所だ。
部屋に入るなり鏡台で己の顔を確認する。薄暗くとも間違いない、痣など出来ていない。
それなのに何故頬だけを案じたのか。あの場を見ていたとでも言うのか。
「一さん、制服に白いシャツですか」
「あぁ」
日頃黒いシャツを着込み白い襟シャツに袖を通す機会は少ない。だが用意された制服と共に白いシャツが置かれていた。
これも把握済みか。
火熨斗が掛けられたシャツが全て把握している夢主を物語っていた。
障子を閉めると横額にはめられた硝子越しに入る光は殆どない。
夢主は行灯に火を入れた。
灯りを待たずに着替え始める夫。温かい火が灯ったのに、衣擦れの音で心は淋しく冷えていくようだ。
着替えで空気に触れると、隠れていた血の臭いが漂い始めた。
「今夜……お仕事に出た後は戻れるんですか」
「さぁて、状況次第だな」
「そうですか……」
薬屋に変装し神谷道場を訪れ、仕事を果たした斎藤。
これから警官の姿で招かれた酒席へ出向く。
夢主は記憶にない今宵の行動を訊ねてみたが、答えは分からなかった。
分かっているのは道場でした事と、これから暗殺稼業を請け負う男に会い、人斬りを利用してある人物を誘い出すこと。
夢主は無意味を承知で訊ねた。
「神谷道場で何をしてきたんですか」
「若い喧嘩屋が一人、寝付いただけだ」
「寝付いた……一さん、傷つけないって約束……」
「約束などしていないが」
「あっ」
斎藤の手にあったハンチング帽が夢主に乗せられ視界が真っ暗になる。
見えない帽子の向こうで斎藤が笑っているのを感じた。
「もうっ一さんたら!」
「安心しろ、怪我一つで済んだんだ」
「怪我一つって、寝ついたって本当は喧嘩屋……左之助さんを気絶させたんでしょう、知ってますよ」
「だったら聞くな阿呆」
「んっ……」
「っつ……」
黙れと夢主の口を塞ぐ斎藤だが、俄かに顔をしかめてすぐさま離れてしまった。
誤魔化しや八つ当たりの口吸いは少々荒くなるのが常。
無意識に悟っている夢主は夫の異変を察した。